長編、企画 | ナノ

澤村大地に嘘をつく


『ちょ、これマジで無理!』

私がひいた紙に書かれていたのは、"彼氏に別れ話をする"という無理難題。
誰よコレ書いたの!

私は去年からお付き合いをしている大地くんの顔を思い浮かべ、思わず顔を赤くしながら拒否をする。
だってずっと好きでようやく告白して、まさかOKしてもらえるなんて思ってなかったから奇跡のような今なのに!

無理無理と繰り返す私に、女友達からブーイングがあがる。

「えー、罰ゲームに拒否権なんてありー?」
『や、だってさすがにないでしょ!』
「澤村だったら優しいから大丈夫じゃない?」
『そういう問題じゃないもん!というかいくらエイプリルフールでも人を傷つける嘘はダメだと思う!』

これにはさすがの友達も、ぐ、と言葉に詰まったようだ。
よし、と私は小さく拳を握る。

『というわけで、別のくじに…、』
「でも、澤村の気持ち、確かめたくない?跳子。」
『え。』

今度は私が思わず息を飲む。

「だって跳子から告白して、たまに昼に一緒にいるくらいでしょー?私なら無理!」
『や、でも、部活は応援したいし、それに大地くんほんとに優し、』
「澤村が優しいのって、みんなにじゃん?」
『うっ。』

悪魔の囁きに耳を貸してはいけない。
わかってるのに、わかってるのにもしかしたら普段は聞けない"好きだ"とか言ってもらえるかもなんて、考えてしまった。
そして悪魔たちがニヤッと笑う。

「1分!耐えたらすぐ嘘って言っていいからさ!」

1分くらいなら、とまんまと口車に乗せられた私は、部活前の大地くんを捕まえ、こうして今前に立っているのだ。


「跳子?何か急ぎで話があるって、どうしたんだ?」

優しくふんわりと笑いかけてくれる大地くん。
あぁもうこんな時でもやっぱりカッコイイ、なんて思っちゃう。
いやいや、そうじゃなくて。
必死に頭を切り替え、心の中でゴメンナサイ!と謝ってから、意を決して口を開いた。

『あ、あのね!』
「うん?」
『別れ、たいの…。』

大地くんの目は見れずに、俯いたままボソボソと呟いた。
言葉にすると想像していたよりも重たい。
やっぱり冗談なんかで口にしていい言葉じゃないと痛感する。

「……。」
『……。』
「…そうか、それなら仕方ないな。」

たっぷりとした間のあとに継がれた彼の言葉に、ハッと顔をあげる。
大地くんが、苦笑を浮かべながら遠慮がちに頭を掻いていた。

というかよく考えれば当然こんなパターンもあったはずだ。
むしろ確率は高かったのに、なんで思いつかなかったんだろう。

「じゃあ」と立ち去ろうとする大地くんが、背中を向ける。

やだ、だめ、無理、待って。

『まっ、』
「…なんて言うと思うか?」
『っ、え?』

そう言って、振り向いた大地くんと視線が合う。
伸ばしかけた手が、途中で止まった。

「別れないよ、絶対。跳子がそんな顔してるうちは。」

少しだけ怒ったような顔をしながらも、私の頭にポンとのっけられた手は優しくて。
そのいつもと同じ大きな感触に安堵して、私はつい泣きそうになった。

「そんな嘘つかれるとは思ってなかったから。でも悪い、意地悪しすぎたな。」
『うぅ、』

ポンポンと続けられる手に、謝ろうとする言葉が詰まる。
嘘だって、バレてたんだ。

「お前、嘘つくとすぐ顔に出るんだから。わかるよ。わかるけど、いい気分はしない。」
『ごめんなさい。』

ようやく口にできた謝罪と共に、ボロッと涙がこぼれた。
自分から仕掛けておいて泣くなんて、卑怯だと思うが止まらなくて。
もう一度「ごめんなさい」と繰り返してゴシゴシを目を擦ると、慌てた様子の大地くんが、腰を屈めてそっと目元を拭ってくれた。

「あのさ。跳子。」
『?』
「そんな風に試させるくらい、不安にさせたか?」

少し揺れる大地くんの瞳に、ブンブンと私は必死で首を横に振る。

あぁやっぱり、やめておくべきだった。
こんな顔をさせちゃうなんて。

「確かにフラレてもおかしくないよな。こんな部活ばっかりのヤツ。」

そんなことない。
ちょっと知りたくなったのは、私のただのワガママだ。

『大地くん違うの、』
「それでも、」

私の言葉を遮るように、大地くんが私の肩をひいた。
気付けば彼の胸が目の前にあって、力強く抱きしめられていて。

「俺は離さないよ。俺の方が、跳子のこと好きだからな。」

顔と耳がカーッと熱くなると同時に、きゃーっと木の後ろから小さな叫び声が聞こえる。
そうだ、皆が影で見てるんだった。

『だ、大地く、』
「ん?」

腕の中から慌てて顔をあげると、耳を赤くした大地くんが、べ、と舌を出した。

もしかして、わざとなの!?

「これで、もうバカなこと考えないだろう?」

私を腕から逃さないまま、大地くんがククッと笑った。
自分だってけっこう恥ずかしいくせに、やっぱり意地悪で優しい人だ。

後で友人たちからからかわれることはもう間違いない。
それでもこの腕から逃れたくないと思ってしまうのは、また別の悪魔に唆されてしまったのかもしれない。

|

Topへ