長編、企画 | ナノ

エピローグ


今まで俺の中で"クリスマス"というものは、そんなに重要性を持っていなかった。
まだいたいけな子供の頃には、"プレゼントをもらえる日"という最大の楽しみがあったけど、それもなくなってからは特に強い思い入れはなくて。

まぁサンタクロースにお願いはできなくなったけど、大人になったらなったであの頃とは違う楽しみはあるし、別にキライってわけでもない。
"恋人たちのクリスマス"なんて言われるように、きっと女の子たちにとっては特別な日で、もちろん俺だって彼女がいた時には色々と楽しんだりもした。

とはいえ、彼女がいようといまいと結局たいてい部活はあって、その後に仲間うちで騒ぐ方がよっぽど楽しかった気がする。
おかげでクリスマス後にフラれる確率が高かったような…?

口では「クリスマスまでに彼女作らないと!」なんて愚痴りあったり、「岩ちゃん今年もクリぼっちー?寂しいねー」なんてからかったりしてた(そしてもちろん殴られた)けど、実際には別にそこまで…というのが正直な感想。
その当時の彼女には申し訳ないけど、クリスマスなんてそんなもんだった。


でも、今年はちょっと違う。
跳子ちゃんと付きあって約2か月。はじめてのクリスマス。一大イベント。
部活も引退して時間もあるし、ゆっくりと二人っきりで過ごせるというそんな状況。

そりゃウキウキもするよね!
というかするのが普通だよね!

…それなのに、隣を歩く跳子ちゃんと言えば、ビックリするくらいいつも通りで。

「いやぁいいね!イルミネーション!」
『…。』
「どうしたの?渋い顔して。」
『いや、これだけついてると、電気代と地球の環境問題が気になって…。』
「跳子ちゃんそんなこと考えてたの?!大丈夫だよ、LEDだから!」
『ってか目が痛い。チカチカする。もう向こう行く。』
「ちょ、もう、今これすっげーいい雰囲気になるところだよ?!」

今日という本番のためにキレイに飾られたイルミネーション。
それなのに跳子ちゃんはとっととその場を去ろうとする。
ここは「キレイ…」「君のほうがキレイだよ」「えっ…ドキドキ」とかやるところじゃないの!?
や、そんな寒々しいことやらないけどさ!

慌てて追いかけてはじめると、思いの外すぐ途中で彼女はピタリと足を止めた。
それにホッと安心しかけるが、その視線は格安の牛丼チェーン店の看板に釘づけで。

『…及川。牛丼食べたい。』
「ほんともー何なの!安上がりな子だね全く!」

牛丼!?
いや美味しいし、いつもめっちゃお世話になってるし、ディスるつもりはさらさらないけども!
でも別にクリスマスの今日、食べないといけないもんでもないよね!?

かと言って所詮高校生だし、おしゃれフレンチのフルコースを食べさせてあげられる甲斐性もないわけで。
しかもこの匂いを嗅いだら俺のお腹も見事に反応してくれちゃってるけど。

条件反射でグーッとなったお腹を慌てて抑えるが、しっかりと聞こえていた様子の君は不思議そうに首を傾げる。
まるで「食べないの?」とでも問いかけてくるよう。
いつだって自然体でいてくれるのはすごく嬉しいし楽しいけど。
たまにはロマンチックな我儘も聞いてみたいよ。

「もう、あっち行くよ。」
『えー…?』

とにかく、ここにいてはいけない。
そう思って跳子ちゃんの手を引っ張って、その場を離れた。
名残惜しそうに牛丼屋さんの方を振り向きながら歩く彼女を連れて、俺ははぁーと大きくため息をつく。

今日こそは。
こう、普段あんまり出ない"恋人っぽい雰囲気"を出したいのに。
そうじゃないと勢い余って買ったプレゼントを渡すこともできない。

ポケットの中で指にあたる小さな箱をいじりながら、妙に緊張している自分に呆れる。
いつから俺ってこんな風になったんだっけ?
前ならサラっとスマートに渡せていたかもしれないのに。
余裕ない男なんてカッコわるい。そう思うのに、跳子ちゃんに見られるのはそんなとこばっかりだ。


『…及川。』
「…何?今度はラーメンでも食べたくなった?」

つい尖らせた口から出たのは、そんな言葉。
別に跳子ちゃんが悪いことなんて一つもないけど。気合いが空まわってちょっといじけた気分で。
何となく言葉尻がとげとげしいというか、冷たくなってしまったかもしれない。

わかってるよ、きみがそういう子だっていうのは。そんなところも好きなんだしね。
ただただ期待しちゃう俺が悪いんだ。
足を止めた跳子ちゃんのほっぺたが赤く見えるのだってただ寒いからだろうし、俺のコートをおずおずとひっぱるのだって、どうせ足が痛いとかそんなんでしょ。

『…今日、ずっと一緒にいたい、な。』
「!!」

かじかんだ耳に届いたのは、そんな跳子ちゃんの信じられない言葉で。
バッと彼女の顔を見るが視線は合わない。
嬉しすぎる、というかビックリしすぎてしばらく反応ができなかった。
ようやく震えそうになる手で、コートの袖を掴む彼女の手を包み込む。

よし、今ならきっと−、

「跳子ちゃ…、」
『まぁでも急すぎて無理か。』
「ちょ、そこでリアリストに戻るのやめてー!」

キョトンとした表情の跳子ちゃんと目が合えば、もう俺の負けだとばかりに笑うしかない。

それが気に食わなかったのか、跳子ちゃんがプーっと頬を膨らませる。
そっぽを向いたまま「だって緊張してるんだもん…」と小さく呟いたのを見て、あぁ、やっぱり気持ちは一緒だな、なんて。

とりあえず抱きしめさせて。
ポケットで転がる感触も、後でカッコ悪く渡そう。
きっと君は怒ったように照れながらも、大事そうに受け取ってくれるだろうから。

こんな特別な日には、磁石のSとNが惹かれあうように正反対の俺と君も同じようにくっついちゃえばいい。
きみの温もりを感じながら、そんな風に思ったりするんだ。


End.
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