長編、企画 | ナノ

素直な君と天邪鬼な俺


高校バレーが終わった。俺たちの高校バレーが。

まっすぐ上を見上げれば、晴れ渡った秋空がまぶしくて目の奥が痛くなる。
せめて雨が降ってくれていれば、このやり場のない思いも紛れさせることができるのに、残酷なほど空はスッキリと青かった。

あの有名な歌では涙がこぼれないように上を向くとあるのに、俺の目からはしょっぱいヤツがとめどなく溢れる。
むしろ上を向いているせいで耳に流れ込んで気持ち悪い。
それでも下を向くことはもっと出来なかった。

(負けて、ないし。俺たちは、負けてなかった。)

ただ、今日は少し烏野の方が運がよかっただけ−

だがそのほんの少しで結果は大きく変わるのだ。
コートに残るか、立ち去るか。
道が続くか、途切れるか。

何度となく味わった勝利と敗北。その度に強くなってきたハズなのに。

どんなに強がったってかっこつけたって言い訳じみた後悔が頭を過っていく。
なんだか自分が居たたまれなくて、持っていたタオルを目元にかけた。


ずびっと鼻を啜りながら少しそのままで居ると、小さな足音が聞こえてきた。
自分には関係ない音だと思っていたのに、それは遠慮がちにこちらに近づいてくる。

(…この足音は、もしかして…)

フッとタオル越しに光が遮られたのが解って、そっとタオルを外して起き上がると、予想通り跳子ちゃんが泣きそうな顔で立っていて。
少し落ち着いたと思っていたのに、彼女の顔を見たらまた胸が痛くなって、苦くこみあげるものがあった。

『及川…。』
「なん、でっ…」

それ以上言葉が続かなくて、俺はしかめっ面を隠すように手で覆った。
漏れ出そうな嗚咽を必死に喉の奥に押し込める。

いつもは会いたくても全然会えないのに、なんで来ちゃうの。
今は会いたくなかった。カッコ悪いから。
約束は守れなかった。ごめん。謝るよ。

うまく言葉にならないソレらは、どうやら彼女に伝わったみたいで。
跳子ちゃんが俺を守るようにギュッと抱きしめて、「来てごめん」と小さく言った。
彼女の小さな肩が俺と一緒に震えているのがわかる。

「こんなかっこ悪いトコ、見せたくなかった。」
『及川…。』

責めるような言葉が俺の口から洩れ出てしまい、一瞬跳子ちゃんが驚いたように息を吸い込んだ。
そしてくしゃりと顔を歪める。
ふるふると首を横に振りながら、もう一度俺の背中に強くしがみつく。
君を泣かせたかったわけじゃないんだ、ごめん。
また心の中で謝った。

『今までだってかっこよかった事なんてないから、大丈夫だよ。』

慰めてくれるのかと思ったのに、彼女の口から出たのはそんな甘くない言葉。
俺は思わず泣きながら笑う。

「ヒドイな。そんなこと言うの君くらいだよ。」

そう恨み言を言いながら彼女の涙を拭った。
泣き顔の跳子ちゃんは、いつもみたいに怒った顔をしながらもう一度首を振る。
噛みしめた唇が痛そうだなんて無意識で手をのばすが、触れる前にゆっくりとそれが開かれた。

『…嘘。嘘だよ。及川はいつでもカッコイイよ。』
「っ!」
『バカなこと言っても何をしても、いつも頑張ってる及川はずっとカッコいいよ。』
「っこんな時に…嬉しくないよ、そんなの。」

急に素直になった跳子ちゃんにそんな事を言われ、何故かここに来て俺が天邪鬼になる。
だって悲しくてやりきれなくて、でも嬉しくて。
俺も君も、顔も心も、もうぐちゃぐちゃだ。

やっぱり君と俺はいつだって正反対で。
でも持っている想いはきっと同じで。

思うことは一つじゃない。
言いたいこともたくさんある。
でも今伝えられるのはたった一つだ。

「ありがとう。きみが、好きだよ。」

ここに来てくれて、側にいてくれて、見守っててくれてありがとう。

少しの間二人で抱きしめあったままぐちゃぐちゃに泣いて、鼻水まで啜って、ふと同時に顔をあげた。
目の前にある跳子ちゃんの顔。泣きはらした瞳。今までにないくらい近い距離。
そのままだんだんと顔を寄せ、俺たちは自然とキスをした。
好きも嫌いもごめんもありがとうもお疲れ様も、そんな全部が詰め込まれたようなキスだった。

「跳子ちゃん…笑って欲しいな。」

いつもみたいに笑おうと思ったのに、自分で自分の表情がコントロールが出来なくて。
だから代わりに君にそうお願いしてみれば、跳子ちゃんは少し驚いた後、涙を浮かべたまま一番キレイに微笑んだ。

正反対の僕らはいつだって背中合わせ。
それでも手は繋げるし、たまに同時に振り向いて目を合わせれば問題ないと思うんだ。

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