長編、企画 | ナノ

隠れるあなたと探す私


「あっ、跳子ちゃーん!観に来てくれたんだね!」
『…皆が行くって言うから。』

あぁもうやだまたやってしまった。ほんとどこまで可愛くないのか。
及川と顔を合わせるたびにそう反省するのに、私はなんでこうなんだ。
素直に応援に来たよって言えばいいだけなのに。

10月。
今日は及川たちにとって最後の春高バレーの、宮城県代表決定戦の応援にやってきたのだ。
県下の強豪として知れ渡っている青城男子バレーボール部の応援は、すでに学校行事の一部のようになっていて、有志とは言えたくさんの生徒が観に来ている。

まぁそれがなくたって、いとこの貴大くんが出てるのだから応援には来るつもりだったし、それはつまり同じメンバーである及川の応援にも繋がるということで…。

誰に対するでもない言い訳をごちゃごちゃと考えていたのに、それでも嬉しそうに及川が笑っているから、勝手に恥ずかしくなってサッと視線をそらした。

『とにかくその…頑張って。』
「うん。ありがと。」
『…あと、そんな見ないで。』
「えー?無理。」

ニコニコと微笑みを浮かべながら見つめられ続けて、なんともいたたまれない気分になる。
軽くたしなめても、及川はやめる気はないみたいで。

「あっ、そうだ跳子ちゃん!今日勝ったら何かご褒美ちょうだい。」
『は?なんで私が。そんな私にタカろうったってお金なんてないよ!』
「ちょ、そんなカツアゲじゃないんだから!」

慌てる及川にじーっと疑いの視線を送る。
私のお財布は私のご飯を賄うので精一杯なんです。
まぁでも、ジュースの1本くらいなら…とため息をつけば、及川ががくりと肩を落とした。

「そういうんじゃなくて…。あ!じゃあ跳子ちゃん、俺たちが勝ったら俺のことは"徹くん"呼びね。マッキーばっかズルいと思ってたんだ。」
『は?』
「いいね、これで決定!」
『いやいや決定じゃないから。って何それ意味ないし。』
「意味なくないよ、俄然ヤル気出てきたー!」

勝手に話を進めてグッと腕に力を込める及川。
っていうかそんなのご褒美にもならないし、といっても呼べないけど、そもそも及川たちが勝つに決まってるのに賭けなんてできない。

『やらないよ!そんなのなくたって、及川が勝つでしょ。』
「えー?そりゃそうだけど。…それになかなか面倒で厄介な相手ばっかりだから、結構大変なんだよー?」

冗談めかして言った及川の口調がほんの少し真剣味を帯びた気がして、私はついキョトンとしてしまった。

『?及川たちなら大丈夫でしょ。』
「まぁそう信じてくれてるのは嬉しいけどね。」

及川の真意を読み取るようにじっと目を見るが、いつも通りヘラリと笑われてしまい、気のせいかと思い直す。
結局腹立ちまぎれに「そんなバカな約束はしません!」と言い捨ててから、私はギャラリーに向かった。

信じて疑わなかった。
勝負に絶対はない、なんて頭ではわかってたけど、それでも大丈夫だろうって。
今までだって敗けてなかったし、決勝までは心配ないって思って。
だって皆ただでさえ強いのに、それに甘んじることなく努力もし続けてた。


(ウソ、でしょ…?)

だから今、目の前の光景が信じられなかった。
でも確かにそこに激闘はあって、今それが決したのだ。
青城の敗北という形で。

(なんで―?)

いくら問いかけても答えはない。
だって今まで観たどの試合より、皆スゴかったのに。
烏野も確かにスゴかったけど、まさか及川たちが負けるなんて思いもよらなかった。
でも偶然とか奇跡とか、そんなんじゃなくて。

最後に勝利を呼び寄せたのはなんだったのか。
なんで私は必勝祈願のお守りを渡さなかったんだろう。
彼らの力に私の祈りなんて無関係なのはわかってるけど、それでも何か小さな運の一つにでもなれたかもしれないのに。

そんなどうしようもないことを思い浮かべながら呆然としていたら、隣から遠慮気味に「…跳子」と声をかけられる。
ハッとして顔をあげたら、涙を溜めた友人が顔でコートを示した。

―整列、だ。
私も慌てて立ち上がる。

先程まで泣いていたはずの皆が、まっすぐこちらを見据えていた。
しかしよく見れば、噛みしめた唇も握った拳も震えている気がした。
それでも、及川の、変わらない凛とした声が響く。

「―っありがとうございました!」

それに続くようにバッと頭を下げた選手たちに、ギャラリーから必死で拍手を贈る。
かける言葉が見つからない。けど、何か伝えたかった。
合間に鼻を啜る音が聞こえる。けど拍手はやまない。
堪えきれず溢れた涙はあったかかった。


選手たちがコートから去り、ようやく辺りがざわめきを取り戻した頃に私は迷いながらも下に降りた。
多分、皆は色々片付けて落ち着いたら学校へ戻るんだろう。
会ってどうするかなんて決めてないけど、それでも探してしまう。

階下から角を曲がったところで、汗をぬぐう貴大くんの姿を見つけた。
近づく私の足音が聞こえたのか、タオルから顔を離した貴大くんがこちらを向いた。

「―跳子。」
『お疲れ様、貴大くん。』

他に言うべきことなんていくらでもあっただろうけど、私が口にしたのは普通にそれだけ。
でも貴大くんは「サンキュ」と笑ってくれた。

「―及川探してんの?」
『っ、…うん。』
「後輩に指示出してから、どっか外行ったっぽいな。…会ってどうすんの?」
『…わかんない。』

ふぅ、と小さく息を吐いてから、貴大くんは気まずそうに頭を掻いた。

「いくら及川でも、今会いたがってっかわかんねーよ。」
『う、ん。…でも、側にいたい。』
「…。」

つい言ってから"しまった"と思った。
恥ずかしいことこの上ないし、なんて我儘な発言。
こんな時には一人になりたいのかもしれない、と俯くが、私の頭にポンと優しい手が置かれる。

「ま、会いたがってないとも言えないしな。どっちにしろ跳子が行きてーなら俺が止める理由はねーよ。」
『…ん。ありがと貴大くん。』
「おっ。俺のいとこはいつの間にかずいぶん素直になったもんだな。」

あったかい手。
いつもは冷たい貴大くんの手がちょっと熱っぽいのは、試合の余韻だろうか。

「多分体育館の裏手にいると思うわ。時間はまだあるし。」
『うん。』
「あいつあぁ見えて不器用だからな。側にいてやって。」

撫でられてる頭をコクリと一つ縦に動かしたら、ゆっくりと貴大くんの手が離れていく。
何故かほんの少しだけ、それを名残惜しいと感じた。
でも結局それは言わずに「いってくるね」とその場を後にする。

(あ、)

角を曲がろうとして、走りかけていた足を止める。
私を見送ってくれる貴大くんの方へもう一度振り向いた。

『貴大くん、試合スゴかった!さすが私の自慢のいとこ!今までで一番カッコよかったよ!』
「おー。あったりまえだろ。惚れんなよ。」
『惚れ…?!っバカ!今更惚れませんー!』

くくっと楽しそうに笑った貴大くんが、右手をあげて答える。
でもすぐにその手が私をシッシッと追い払うように動きを変えた。
私もべっと舌を出して応戦し、そして今度こそ彼に背を向けて走り始める。


「…だろうな。」

だから彼のそんな呟きを、私が聞くことはなかった。

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