長編、企画 | ナノ

魚気分な俺とお肉確定な君


高校生活最大のイベントと言っても過言ではない、修学旅行がやってきた。

普段クラスが違うせいで、跳子ちゃんと学校行事を共に過ごせる機会はなかなかないけれど、今回ばかりはチャンスだ。
何種類かあるグループ選択は同じものを選べば選択毎の行動だし、何よりも自由行動にクラスは関係ない。

というわけで俺は様々な手口を使い、事前に跳子ちゃんたちの班の自由行動予定スケジュールを手に入れていた。
そして自由行動を共にする岩ちゃんやマッキー、まっつんの冷たい視線にもめげず、全く同じスケジュールで先生に提出した結果、スタート地点で無事眉をひそめた跳子ちゃんに遭遇。

『……。』
「わぁー跳子ちゃん、偶然だねぇ。」

俺の後ろでまっつんがボソリと、「白々しい…」と呟いたのは聞こえないフリ。
岩ちゃんは美味しい食べものさえあればいいみたいだし、マッキーは…ため息はついてるけど特に何も言ってはこなかった。

『…見せて。』
「ん?何?」
『及川たちのスケジュール。』

憮然とした表情を変えないまま、跳子ちゃんが手を出した。
「ん」と言いながら素直にその右手にスケジュールを乗せれば、それをザッと見た跳子ちゃんが冊子を持つ手をプルプルと震わせた。

『ちょ、何これコピー?ってくらい一緒なんだけど!』
「あ、そうなんだ?ますます偶然だねっ!というか運命?」
『んなわけないでしょ!どっから手に入れたのよ!』

そう言った後、跳子ちゃんは何かにハッと気付いたように勢いよく後ろを振り向く。
彼女の友人が小さく笑いを浮かべたのを見て「うー…」と苦々しげに唸ったところを見ると、何となく状況は理解したみたいだ。
それもわかっていながら、俺はそちらに向けて明るく声をかけた。

「それなら。どうせ行き先同じだし、俺たちも一緒に行動していいかな?」
「もちろん。」
『っちょ、何を、』
「ほら、お友達はいいってー。」
『…。』

俺と友人の笑顔に前後を挟まれ、ようやく跳子ちゃんは諦めたのか、しぶしぶと言った感じで頷いてくれた。

まぁ確かにどうしたって俺から逃れられるわけはないんだし、遅かれ早かれ諦めることになるのだからとっとと頷く方がいい。
なんて悪役じみたことを考えながら自分より随分低い位置にある仏頂面に微笑みかければ、「笑顔が胡散臭い…」なんてひどい事をぶちぶち言う彼女にキッと睨み返されてしまう。

「胡散臭いとはヒドイなぁ。」

歩き始めた跳子ちゃんの背中にそう語りかけながらため息をついてみせるが、それでも俺としては気分は上々だ。



「…あれー?」
『……。』
「うーん。どうやらこれは、はぐれちゃったみたいだね。」
『…及川。』
「ん?」
『…腕。』

跳子ちゃんの目から送られる点線を追うと、彼女の腕を掴む自分の手にたどり着く。
ガッシリと掴んだ手は、その視線を感じても離れることはないままで。

『…これは"はぐれた"とは言わないと思う。むしろ私的には"拉致"です。』

ひんやりとした視線を俺の手から外し、そのままこちらを見上げてくる。

「えー?そんなことないよ。」
『…じゃあ解散ね。私、一人で友達探すか、このまま最終集合場所に戻る。』
「ごめんなさい。一緒に過ごしたくて、岩ちゃんたちにも跳子ちゃんのお友達にもお願いしました。」

跳子ちゃんの言葉を聞いて、俺は慌てて手を合わせて頭を下げた。
友達探しはまだしも、さすがに帰られてしまっては困る。

腰に手をあてたまま暫く黙っていた跳子ちゃんが、はぁーと大きなため息をついた。
携帯をチマチマといじって、ブクマしてるらしいページを印籠のように俺に突きつける。

『…後で、このご飯屋さんには行きたい。』
「!もちろん!それくらいおごるよー!」
『奢らなくてもいいから、ここにだけは絶対行きたいの。』

あげた顔をパァッと綻ばせたのを見て、跳子ちゃんが「う」と小さく後ずさる。
「なんて顔してるの…」と照れたように言った声がなんだかすごく愛しくて、俺はお礼の言葉を口にしながらついその髪に手を伸ばしていた。


手持ちの小さなガイドブックを片手に、跳子ちゃんと並んで歩く。
その途中に小さな縁結びの神社があったから、自然を装って二人でお参りした。

(バレーは実力で勝つけど。こっちはもうちょっと協力してもらえると嬉しいかなぁ神様。)

そんな俺の願いを知ってか知らずか、俺の左側で手を合わせる跳子ちゃんの真剣な顔をチラリと見てもう一度神頼み。
念には念をと力を込めていたら、隣からクスリと聞こえる笑い声。
それがなんだか嬉しくて顔をあげたら…、いつの間にか願いを終えたらしい跳子ちゃんはそこにいなくて、知らないおばあちゃんがクスクスと笑っていた。

「お兄さん、熱心ねぇ。」
「あ、あはは…。」
「それだけ必死にお願いしたんだから、きっと叶うわよ。」
「だといいんですけどね。」

おばあさんの優しい言葉に、嬉しいやらはずかしいやら。
とにかく神様とおばあさんに一礼して、慌てて跳子ちゃんが立っていたお社の脇に向かった。

「ちょ、跳子ちゃん!声かけてよ!」
『え?だって及川、なんか必死だったし。』

そりゃ必死にもなるよ!…という言葉を飲み込んで、二人で社務所の方に向かえば、色とりどりのお守りが並んでいた。
さすがに恋愛ごとに縁の深い神社だと一つ手に取ってみる。
花飾りが可愛らしいそれは、華やかだけど上品で。

少し離れたところで、一つ一つ吟味するようにお守りを見ている跳子ちゃんと掌の中のお守りを見比べて、俺はつい目元を緩めた。
そして自然とそれを一つと、ついでに家族の分をいくつか選んで「お願いします」と巫女さんに渡した。



目的のご飯屋さんに入ると、ちょうど落ち着いた時間なのか、店内は多少混んでいるみたいだったが並ばずに入れそうだった。
相当楽しみだったのか、跳子ちゃんはニコニコと上機嫌だ。

「ご案内します。」

丁寧な口調の店員さんに案内されて座ったテーブル席。
ソファ席に跳子ちゃんを通してから、ゆっくりと椅子に腰を落とすと、何やら「ゲッ…」という聞き覚えのある声がすぐ近くから聞こえた。

(まさか…。)

嫌な予感を感じつつ声の方に顔を向ければ、跳子ちゃんの隣で隠れるように頭を抱えるマッキーの姿。

『貴大くん!』
「マッキー?!またなの?!」
「またって何だよ。何でお前らここ来るんだよ…!」
『いや、ここは来るでしょ!もしや貴大くんも、このグルメブロガーさんのファンなんじゃ…、って一人?皆は?』
「行きたいとこあるって今だけ別にした。人数多いと入れねぇし。」
『さすが貴大くん!わかってるね。』

明るい表情をマッキーに向ける跳子ちゃんはすごく可愛いけど、あまり嬉しくはない。

(せっかくはぐれたのに何でここにいるかなぁ。)

と恨みがましい視線を送れば、「俺のせいじゃねぇ」とでも言いたげな、あからさまなため息をつかれた。
わかってるけどさ!わかってるんだけど、その息の合った偶然が憎い!

『貴大くんもう注文済み?何にした?』
「俺は…、」
「わっ、確かにすごいうまそうだね。俺このお刺身の丼ものにしようかな。」
『っ!及川…あんたって人は…!』

メニューをパラパラと捲りながら言った俺の言葉に、跳子ちゃんがわなわなと声を震わせる。
え、またなの?!

『このお店ならやっぱ肉でしょ!レアでも行けるあっさりした鳥がお薦めで、でも牛も豚も美味しいって最強じゃない?』
「えー、でもこのお刺身の写真も美味しそうだし。今は魚気分なんだからいっかなー。」
『ちょ、信じらんない…!あんなこと言うんだけど、どう思うよ貴大くん。』
「二人ともうるせー!揃って野菜でも食ってろ!俺はデザートメインで来たんだよ!」
「お待たせいたしました。」

そこに運ばれてきたシュークリームの乗ったお皿を見て、言い争いをしていた俺たちは「おぉー」と思わず拍手する。
ブレない。それでこそマッキー。


どうやらマッキーはもう食後だったみたいで、そのデザートをペロリと堪能するとすぐさま席を立った。

「んじゃ、俺行くわ。」
『ほーい。また後でね。』
「ん。」

注文後もウキウキとメニューを見続ける跳子ちゃんが、思ったよりもサラリとしてて俺はちょっとだけホッとする。
引き止めたりされたらどうしようかと思った。

「及川。」

俺の後ろを通りすぎる時、マッキーに小さく呼び掛けられる。
顔だけ振り向くようにマッキーを見上げれば、また一つ小さなため息をつかれた。

「どうでもいいけど、俺をダシにすんな。勝手に二人でいちゃつけよ。」
「…俺だってそうしたいのはヤマヤマだけどさ。」

俺もやれやれと言った感じでため息を返せば、マッキーがククッと喉を鳴らした。
そして改めて「じゃあな」と手を振ってレジに向かっていった。

その背中が角を曲がったのを見送ってから、視線をあいむかいに座る跳子ちゃんに戻す。
メニューは最後のドリンクページになっていたが、彼女はそれでも幸せそうで。


−縁結びの神様は、一体誰の願いを聞き届けたのだろうか。

|

Topへ