長編、企画 | ナノ

祈る俺と信じる君


目的だったご飯も食べ終わり、すっかり満足気な跳子ちゃんと適当に町をぶらつく。
なんだか町の雰囲気も相まって、それだけでも充分絵になる気がした。

もうすぐこの幸せな時間も終わりだ。

町中に立つ大きな時計が間近に迫った集合時間を知らせてくる。
ポケットを探れば、先程買ったお守りの袋が指先に当たった。

「跳子ちゃん。」
『んー?』
「これ、あげる。」

もっと雰囲気とかを考えて渡すこともできたと思うが、俺はサラリと渡す方を選んだ。
だってお守りだし、気兼ねなく受け取って欲しいし。

立ち止まって不思議そうな表情を浮かべる跳子ちゃんの手に、神社の名前が入った小さい紙袋を乗せる。
小さく目を見開いた彼女がそのまま袋を開けると、藤色のお守りが姿を見せた。

(あれ?色が違…)

違和感にハッとした俺が止める間もなく、彼女がそれをくるりとひっくり返す。
そこにあったのは【安産祈願】という文字。

『……。』
「わぁーっ!ちょっと間違えただけだから!引かないで!」
『及川、もしかしてパパに…?』
「違うって!それ姉ちゃんにやるヤツなの!」

俺、思わず涙目。
スマートに渡すこともできないのかと慌てて鞄を漁ると、姉のと間違えてしまったお守りがすぐに見つかる。
また怒らせてしまったかもしれないと思いながらおずおずと正しいお守りを渡せば、予想外に跳子ちゃんは素直にそれを受け取ってくれた。

『…すごい可愛い。』
「気に入ってくれた?」
『うん。って、私が貰っていいの?』
「もちろん。一目見て、可愛くて跳子ちゃんっぽいなーって思ってさぁ。」
『っ、だからすぐそういう…!』

恥ずかしそうにバッと顔をあげたかと思えば、すぐに言葉を飲み込むように下げられてしまう。
そしてモゴモゴとお礼の言葉が続いた。

『…その、ありがとう。嬉しい…。』
「え。あ、うん。どういたしまして…。」

何コレ。なんだかくすぐったい感じ。
でも割といい傾向なような。

跳子ちゃんの照れた顔が見たくて、腰を少しかがめるように彼女の表情を追う。
すると、意を決したようにギュッと目を瞑ったのが見えた。

『あの、あのね!』
「ん?」
『私もさっき、コレ、及川に…。』

手渡されたのは、俺が跳子ちゃんにあげたのと同じ神社の名前が入った紙袋。
その中には、シンプルだけど淡いミントグリーンのお守りが入っていて。

(あ。うちのユニフォームと同じ色…!)

ドキドキしたまま手元でお守りを裏っかえせば、何故かそこには【無病息災】って書いてあった。

「ん、んん?」

ちょっとそれが予想外で、思わず声に出てしまったらしい。
それに気付いた様子の跳子ちゃんが言い訳をするように慌てだす。

『あ、その。本当は【必勝祈願】とかの方がもちろんいいだろうとは思ったんだけど!』
「うん。」
『思ったんだけど…、それはたくさんもらうだろうし、それに…。』

言いにくそうに口ごもる跳子ちゃんの言葉を、促すように黙って見つめる。
チラリと見上げた彼女と視線がぶつかって、そしてまたそらされた。

『…私が願うまでもなく、及川たちは自分らの力で勝利をもぎ取るだろうから。だったら怪我とか、そういうのがないようにと思って…。』
「!」

彼女の信頼と気遣いの両方が嬉しくて、俺はほんの少しだけ泣きそうになった。
何故かと問われてもわからないけど、じんわりと温かくなった胸の熱さがその答えのような気がする。

「…ありがと。」

互いに、ちょっと普通よりズレたお守り交換。
そんなのも、微妙にかみ合わない俺たちらしい気がして、まぁそれはそれでいいような気がした。

ちょっと照れくさくなるような空気が流れる。
それに耐えられなくなったらしい跳子ちゃんが、「そういえば」と再度鞄を漁り始めた。

『そのお守り、お財布とかに入れられるサイズなんだけど、なんか小さいケースもくれたんだった。』
「へぇ?」
『えっと…、あった。はい、コレ。』

目的のケースを取りだした跳子ちゃんが、お守りを持ったまま差し出した俺の掌にチョコンとそれをのせた。
すぐに離れていきそうな彼女の手を、俺はすかさずギュッと握りしめる。

『なっ、ちょ、何?』
「んー?ちょっとご利益をさらに倍にしようかと。」
『意味がわかんない!離してって!』
「いいからいいから。ほーら、気持ち込めてー。」

ふざけた声でなだめすかすように言う俺の言葉に、戸惑ったようなうなり声をあげる跳子ちゃん。

「そしたら東京に連れてってあげるから。」
『…。』

ニッコリと笑ってみせれば、彼女のうなり声がピタリとやんだ。
絶対にそのままブンブンと暴れて手を離されると思い力を入れて構えていたのに、跳子ちゃんはしかめっ面をしながらもフッと手の力を緩めた。
俺がちょっとあっけにとられていると、さらに想定外に握った手を両手で包みこまれる。

『…及川が、ケガとか病気とか何事もなく、全力で挑めますように…。』

跳子ちゃんの口元だけで小さく小さく紡がれた言葉は、きっと普通だったら聞こえなかったと思う。
でも驚きついでにじっと彼女の唇を見つめていた俺には、はっきりとわかってしまった。
バクバクと心臓が動きを急速に早めたのをバレたくなくて、俺はつい自ら手を離してしまう。

(ずっるいなぁ…。)

跳子ちゃん専門の読唇術にまで長けちゃって、なんだかいよいよヤバイような。

熱を持った右手にお守りを持ったまま、緩む口元を押さえてみれば、すっかりいつも通りに戻ってしまった彼女が怪訝な顔で俺を見上げた。

『…あげたお守りにキスされんのとか、なんかヤダ。』
「っ、してないって!」

メダルじゃあるまいし、自分のキスなんて俺だって嫌だし。
まぁ確かにきみからもらったお守りは愛しくはあるけれど。

「じゃあ跳子ちゃん、してくれる?」
『っ?!絶対いや!』

…ですよね。
調子に乗りました。

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