長編、企画 | ナノ

猫かぶりな澤村くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


今日から始まったテストのために、昨夜もかなり遅くまで起きていたせいで、つい歩きながらも大きなあくびが出てしまう。
一応手で押さえてはみたけど、隠し切れずに手から声が漏れ出した。

『眠…、』

何とか今日の科目は乗りきったけど、これじゃ明日からもちそうもない。

かと言って赤点は勘弁だ。
部活に出れなくなるのは嫌だし、全国優勝を狙うバレー部としては、今は一日だって惜しい。
それに…片想いの相手である大地くんとはクラスも違うから、部活に出ないと会うことだって難しいのだ。

しかし、このままじゃリアルにガチでマズイ。

ふと足を止め、ポケットから携帯を取り出した。
潔子とは選択も違うから教えてもらえないしなぁ、と考えながら友達の名前をめくってく。
ピタリとスガくんの名前で手が止まり、昨日の部活後の彼の言葉をふと思い出した。


"なら大地に教えてもらえば?"

赤点ヤバイと頭を抱える私にスガくんはニヤニヤしながらそんなことを言った。
…それが出来たら苦労しない。
キッと睨み付けながら「バカなのが大地くんにバレたら困る」と反論すれば、「…それは手遅れなんじゃ…」と呟かれた。
ひどすぎる。
ちなみに、隣で苦笑いを浮かべていた旭くんも私的には同罪だ。


(…くっそー。)

友達を頼るのはやめにして、私は携帯をしまいこんだ。
図書室で参考書片手に自力で頑張ってやる、と気合いをいれる。
ただ、今のフラフラ状態で勉強しても、きっと何も身に付かないことは確実で。

(…図書室行く前にちょっとだけうたた寝しようかな。)

しかし教室は勉強する子たち(しかも主にカップル様)でいっぱいだったし、そんな中で寝るのは気が引けるしなぁ、と外に視線を向けてみれば、チラチラと木々の間から東屋の屋根が見えた。
…うん、ちょっと気持ち良さそうかも。


外に出てみれば、眩しい光が飛び込んできて思わず目を細める。
しかし東屋では程よく陽射しが遮られ、気持ちのいい風だけがゆっくりと流れていた。
人もいないしちょうどいいと静かな木のざわめきの中、ブレザーを脱いで木製のベンチに無遠慮にゴロンと横たわる。

すると、横になったために意外な先客が目に入った。
設置されたテーブルの足元にくるりと丸まった猫が、驚いた表情をこちらに向けていて。

『わっ、ごめん。先客がいたの気付かなかった。』

慌てて私が体を起こすも、猫は声も出さずにピクリとだけ反応を示した。

『お邪魔しちゃって申し訳ないけど、私もここにいていいかなぁ。』
「…にぃ。」

ため息をつくように返事をしてくれた猫を見て、私はつい小さく笑ってしまった。
何だか"仕方ないな"と呆れながらも微笑んでくれる、大地くんのように見えたからだ。

『ありがと。あ、じゃあお礼に牛乳をあげよう。』

ここにくる途中に買ったパックジュースを見せると、「にゃあ」と鳴きながら猫が立ち上がる。
「ちょっと待ってね」とパックにストローをさすと、猫が器用にそれに吸い付いた。
…猫、すげー。

幸せそうに喉を鳴らす猫を見ながら、私はもう一度ベンチに横になる。
靴を脱いで足ものせてしまうと、猫がブフッとミルクを吹いた。

『えっ、何!?』
「ぎにゃ!にゃーっ!」

突然のことにビックリしていると、猫が抗議するようにタシタシと足側のベンチを叩いた。
目線をそらしながら必死な様子のそれは、猫なのに赤くなってるように見える。

「にゃ!にゃにゃ!」
『え?え?…あ、足?』

上半身だけ起こした私は、猫の様子を確認しながら、むき出しだった足にブレザーを掛けてみる。
するとフンッと鼻を鳴らした猫が、コクリと頷いて再びミルクの元に向かうから、今度は私が吹き出してしまう。

『あっははは!きみ、男の子なんだねー。可愛い!』

言われた猫くんは少しムッとしたように目を向けた。
私は構わず手を伸ばして、猫を手元に持ち上げた。

『ごめんごめん。お見苦しい物をお見せしました。』
「…にゃ。」
『ふふっ。』

優しい猫が否定するようにフルフルと首を横に振るのを見て、私はますます大地くんみたいだと思った。
彼が怒るのも、大抵は優しさからだ。

『"可愛い"じゃなくて、きみは"かっこいい"かな?男らしい感じ。私の好きな人に似てるよ。』
「っ?!」
『ありがと。』

ちゅ、と触れるだけのキスをして私は猫くんを足元のミルクのところに戻した。
そしてもう一度横になろうとブレザーを引き戻した時、ゴンッという鈍い音が耳に入る。

「いてっ、」
『?!!』

音の元に視線を向けてみれば、机にぶつけたらしい頭を擦る大地くんの姿があって。

『えっ、だい、えぇっ?!』
「うわ、戻った…!」
『"戻った"って、大地くん?や、猫、はどこ…、』
「いや、鈴木、それはその−、」

意味もわからず私はその場に立ち上がった。
靴も履くのを忘れて。
その途端、目の前の状況に対して色々と考えたいのに脳みそがグラリと湯だったように揺れて。
突然、目の前がブラックアウト状態になった。

「っ鈴木!!」

フッと頭が冷えて体が支点を失ったように斜めになっていく。
それなのに何故か身体はふわふわと温かくて心地よかった。



「…お、起きたか。」
『え…。』

ゆっくりと浮上する意識に逆らわず、うっすらと目を開ければ、蛍光灯の眩い光がチカチカと瞬く。
そこから聞こえてきた声は、スーッと耳に溶け込むように気持ちいい落ち着いた低音で。
私は愛しさで心が温かくなる。

『…っ、だ、大地くん!?』

ぼんやりとしたシルエットが段々と形付いていき、私の視界に飛び込んできたのは、大地くん(人間)の顔。
それを認識した途端ガバリと上体を起こせば、ほんの少し眩暈を覚えてクラリと目の前が揺れた。
椅子から立ち上がった大地くんが、私の肩に触れる。

「お、おい。あんまり無理するな。急に倒れるからビックリしたぞ。」
『倒れた…?』
「保健の先生には、多分寝不足だろうから心配するなって言われたけどな。」

大地くんの言葉に驚いて記憶の糸を辿るように目を瞑った。
頭の中の古い映写機が逆回転するように、ぎこちないコマ送りの回想録が映し出される。

そういえばフッと意識が途切れたような気がするけど、アレは一体どこでだっただろうか。

ただ、倒れたというわりにはどこも痛くなくて、そう言えば最後の記憶で、なんだか温かい何かにふわりと背中を支えられたような気がする。
同時に、焦った顔の大地くんが、私の名前を呼ぶ声が蘇った。

『うわわ!あの、もしかして大地くん、支えてくれた…?』
「まぁ近くにいたからな。間に合ってよかったよ。」
『だよね!うわぁ、ごめんなさい!ほんとにありがとうございます…!』

しかもここが保健室ということは、支えてくれただけでなく下手したら運んでくれた、という可能性もある。
覚えていなくてよかったような残念なような。
しかしさすがに恥ずかしすぎてそこには触れられない。

ベッドの上で深々と頭をさげながら、脳内の巻き戻し作業は続いていく。
が、それはとても現実とは思えない内容に繋がっていって。

大地くんが猫になって、キス、したら戻って、とかありえなすぎ。
…つまり、あれは夢ってことか。
どこからどこまでが夢だったかはハッキリしないが、とにかく確実なのは猫→大地くんというところだ。
大地くんを猫にするなんて私はどんな願望を持っているのか。…キスはわかるけど。

それにしても、寝不足って恐ろしい。
昼間っからフラフラ歩きながら寝て変な夢を見たりするから、こうして倒れて迷惑をかけてしまうんだ。

『…変な夢。まぁでもなんだ、よかったぁ…。』
「ん?」

ふぅと息をつきながら口元で呟いた声は、大地くんに届いてしまったらしい。
慌てて顔をあげれば、思いの外近くに大地くんの疑問顔があって、私はあせあせと両手を振る。

『いやっ、変な夢見ちゃってさ。』
「夢?」
『何と大地くんが猫になっちゃう夢だったよ。あははー。ないよねー。』
「…。」

…あれ?ウケない。
「何だソレ」なんて呆れたような顔で笑ってくれると思ったのに。

大地くんは一瞬何かを考えるように腕を組み、目線を上げた。
その様子に私もない頭をフル回転させる。

(あれ、もしかしてこれって、なんか悪い夢の現れとかなのかな?)

しかし私には夢占いとかの知識は全くない。

大地くんの態度を見て首を傾げていたら、「…鈴木」と低い声で名前を呼ばれる。
真剣な顔の大地くんがベッドの上に片膝を乗せて、
ギシリと軋んだ音を立てた。
−ち、近い?!

『えっ、なに、えっ?!』
「夢、か。じゃあその夢、最後はどうなった?」
『ささっ最後…?』
「そうだ。猫になった俺はどうなったんだ?」

頭の中ではハッキリと流れる映像。
猫にキスをした瞬間、人に戻った大地くんが痛そうに頭を擦ってて…、

『えっ…えっと。覚えてない、かな?ハハッ。』

私は笑って誤魔化しながら、布団を握りしめる手に視線を落とした。
顔が熱い。握った手にかいた汗がはんぱない。

(言えるわけない。っていうか何でそんなこと聞くのーっ?!)

手と同じようにギュと目を瞑る。
頼むからこれ以上突っ込まないでほしいと祈る私の耳に、フッと笑うような声が聞こえた。

「じゃあ再現してやろうか。」
『…へっ?』

史上最強におまぬけな声を出した私が、思わず顔をあげる。
理解不能で、声も顔も空気も緩んでしまった。
そんな私の頬をそっと持ち上げるように、大地くんの大きな掌が触れた。

思ったよりも冷たいそれに、小さく肩を跳ねさせる。

全然状況もわかっていないのに、私は何かを理解しているように目を閉じた。
直前に、赤くなった大地くんの顔が目の前にあるのを見ながら。

唇に、優しい感触がおりてきた。
−同時に、夢だと思っていた猫とのキスを思い出した。

「…覚えてないなんて言わせないぞ。」

ゆっくりと離れていった唇が、そう言って小さく微笑みを作る。
思わず震える手を伸ばせば、それを大地くんが両手で包み込むように握ってくれた。
先程よりも随分と温かくて、もしかしたらさっきは大地くんも緊張していたのかも、なんて思った。


「さっきは戻してくれて、ありがとな。鈴木が…、跳子が来てくれなかったらヤバかったよ。」
『大地、くん…。』
「もうわかってると思うけどさ、」

スッと一呼吸した大地くんが、また熱い目で私を覗き込む。
それなのに包み込まれた手が片方だけ外されて、ドクリと焦るように心臓が高鳴った。


−跳子が、好きなんだ。

照れたように頭を掻く大地くんの唇がそう動くのを、私はやっぱり夢見心地で見つめていて。
無意識に彼の頭に手を伸ばせば、髪の中にあった小さなたんこぶが指に触れて、それは紛れもない現実だと私に教えてくれた。


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