長編、企画 | ナノ

猫かぶりな菅原くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


本日の部活も無事終了。
帰り支度を済ませ、まだ談笑している皆に「お疲れ様ー」と声をかけて先に部室を出た。

いつもだったら同じ方向の皆と一緒に帰るけど、今日は個人的な用がある。
と言っても本当に野暮用も野暮用。
同じクラスのスガくんに借りたノートのコピーを取るために、コンビニに寄りたいだけなのだ。

残念ながら家のプリンターは去年の年賀状を作った時に故障してしまって。
その時にさっさと修理に出せばよかったのに、なんだかんだで使う機会もないまま放置状態となり、結果いざこういう時に困ってしまうのだ。

(もう絶対今週末には修理に出してもらおう…!)

力強くそう決意するも、きっとまたずるずると先延ばしにしてしまうんだろうなーと心のどこかで解っていた。


コンビニに到着すると早速コピー機を占有し、スガくんのノートを見開きでコピーしていく。
「必要なページだけな」とか言われていたけど、どれもこれも必要そうで。

ページをめくる度に男の人にしてはすごくキレイな文字が目に入って、何だか彼らしいなと微笑ましくなる。
反面たまにあるイラストはちょっとどこかおかしくて、私はコピー機で一人肩を震わせて笑いを堪えるのが大変だった。


「ありがとうございましたー。」

コピー機を独り占めしていた私のようなお客にも、店員さんはそう声をかけてくれる。
でも一応申し訳なくて、お菓子とかジュースとかもちょっと買ったし。
ビニールに入った最近お気に入りのチョコレートを覗き込むように確認し、明日スガくんにノートを返す時にお礼として渡せたらいいな、なんて考えていた。

(…ちょっとショボいかもしれないけど、あまり気張ってもスガくんは遠慮してくれちゃいそうだしな。)

うん、と一人で頷いて勝手に納得してみたり。
それに、これくらいの方が私もあまり緊張せずに話しかけられるような気がする。
またこれで想い人に話しかけるキッカケが出来たと、私は袋を閉じながら小さく笑った。

『…ん?』

そんな私の視界の隅っこを、何か小さな影がスッと横切った気がして。
それを追うように視線を動かせば、その先に佇んでいたのは真っ白い猫。
月明かりを受けて毛並を輝かせるそれは、すっかり日が落ちて暗くなった夜道にポゥっと浮かび上がるようにキレイだった。

『うわぁ。キレイな猫−…。』

息を飲むように思わずそう呟いた私がそっと近づいても、猫はそこから逃げようともしなくて。
むしろそろそろと進む私に痺れを切らしたかのように、最後には走り寄ってきてくれた。

気まぐれと言われる猫にそんなことをされたんじゃ、もう堪らない。
迷わずそのまま抱き上げれば、白猫が「にぃ」と短く一声鳴いてからニッと笑った気がした。
それが大好きなスガくんの大好きな笑顔を彷彿とさせ、私は猫相手に思わずドキンとときめいてしまった。

『飼い猫かなぁ?ね、お腹すいてる?とりあえずうちに来てミルクでも飲む?』
「にゃ!」
『あはは、返事した!頭いいね。そっかーじゃあ一緒に帰ろう。』

一人寂しい帰り道が一気に楽しいものに変わって嬉しくなる。
猫のぬくもりを腕に感じながら、私は家路を急いだ。

『ここがうちだよー。…ってアレ?君尻尾だけ汚れてるね?』

家について玄関先の灯りの下で見てみれば、ブンブンと左右に揺れる尻尾だけかなり泥で汚れていた。

『これはご飯の前にお風呂かなぁ…?』
「?!」
『ただいまー!』

玄関を開ける私の腕の中で、猫が驚いたようにビクッと反応をしたのがわかった。
ドアをバタンと閉めると同時に、お母さんがパタパタとスリッパの音を鳴らしながら出迎えにきてくれる。

「おかえりー…ってあら?どうしたのそのキレイな猫くん。」
『さっき外で見つけたの。野良ではないと思うんだけど…とりあえずうちでミルクくらいと思って。でもその前に一緒にお風呂入ってくる。』
「?!!」
「じゃあ跳子もご飯はお風呂の後ってことね。」

さっきまで大人しかった猫がまたビクリとして、今度はくりくりの目をさらにまん丸くして私の顔を見上げてくる。

−もしかしてお風呂嫌いなのかな?

(でも入るけどねー。)

軽い足取りでとりあえずは自室に向かう。
部屋に入って床に降ろした途端、猫くんが逃げ出すようにドアの方に駆けていったけど、もう閉まってるから無駄なんです。
それにしても、慌てる姿もちょっと可愛い。

その間にフンフンと鼻歌を歌いながら、替えの下着やら部屋着やらを準備して。

『−ん、これでよし。じゃあ行こうか。』
「ニ゙ャ?!」

未だドア際に貼りついている猫くんに呼びかけるが、猫くんはブンブンと首を振った。
その姿が本当に人間臭くて、つい笑ってしまう。

『もーどんだけお風呂嫌いなの?諦めなさーい。』

ジリジリと近寄って素早く抱きしめようとするけれど、猫大暴れ。

私の手をスルリと避けたかと思えば、ピョンと器用に飛び跳ねた猫くんの唇が私の口をチュッとかすめた。

『わっ!』

思わず目を瞑ってのけぞった私が次に目を開けた時…、何故かそこにあるのはスガくんのお姿。

『?!す、ススススガくん?!』
「…鈴木。あーその、こんばんは。」
『こ、こんばんは…?』

何故かかしこまって挨拶を交わすけど、いやそうじゃなくて。
パニック状態の私を前に、スガくんがパンッと両手を顔前で合わせた。

「ホンットごめん!」
『え、そんな、何に謝って…。というか、スガくん、今猫に…?』
「…俺もよくわかってはいないんだけど。確かにさっきの猫は俺です。」

そう言ってスガくんはもう一度「ごめんな」と謝罪の言葉を口にしたけど、私は何と返事していいかわからなくて。
ただ必死に首を横に振ってみせれば、少し安心したようにスガくんが眉根をさげた。

「いや、俺もちょっとありえない状況に困り果ててたもんで。鈴木ん家で休ませてもらえるならとお言葉に甘えてお邪魔したものの、まさか風呂に入れられそうになるとは思わなくて…。」

恥ずかしそうに顔を赤らめて頬をかくスガくんの台詞に、私もようやく自分が大変な事をしでかしていたんだと気づく。

(猫だったとは言え、私は無理矢理スガくんを一緒のお風呂に入れようとしてたって事?!)

『違っ!ご、ごめん!だからあんなに嫌がって−、』
「いや、鈴木は全然悪くないんだけどさ。」

恥ずかしさと申し訳なさに泣きそうになる私の頭に、少し慌てた様子のスガくんが優しくポンと手を置いた。

「…というか実は一瞬"役得かも"とか思っちゃったし。」
『えっ?』
「でもさすがに今そこまで見る訳にはいかないっしょ。」

頭を軽く撫でるように触れるスガくんの手や、冗談っぽく話してくれる優しさにドキドキしながら、私は小さな声で「ありがとう」と答えた。

まだ色々頭の整理はついていないけど、とにかくやっぱりスガくんが好きだ。


(…まぁ、いつかもし誰かに見られるんなら、それはスガくんがいいんだけど。)

そんな恥ずかしい事を思った時、スガくんの手がピタリと止まる。
もしかして考えがダダ漏れてしまったのじゃないかと、私は慌てて顔をあげた。
スガくんの顔がちょっと赤くなってるのが見えて、あぁやっぱり漏れてしまったのかと言い訳のために口を開きかけるが、タッチの差でスガくんが話し出す方が早かった。

「…と言っても、あくまで"今は"だけどな。」
『え?』
「俺さ、鈴木のこと好きだから。いつかそういう時が来たらとは思ってるし。」
『え、えぇっ?!』

今もしかしてサラッと告白されたような?!

「ホラ、俺、さっきちゃんと我慢したべ?好きな子との風呂チャンスを不意にできる男子高校生なんてなかなかいないだろ?」
『スガくん?!爽やかになんてこと言うの?!』
「いや、だからさ。俺結構鈴木のこと大事に出来ると思うんだ。−だから、俺と付き合ってもらえませんか?」

そう言ってニッと笑ったスガくんの笑顔に、頭がグラグラして倒れそうになる。
熱が出そうな脳内で、同じ笑顔をしていたさっきの猫くんは紛れもなく彼だったんだと今更ながらに確信した。

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