長編、企画 | ナノ

皆の前で話をしよう


「跳子。今週末も観に来るつもり?」
『うん。行くつもりだよ。え、もしかしてダメなの?』
「…別にそんなこと言ってないけど。」

跳子の席の横に立って話す月島の声は、心なしかいつもより嬉しそうだ。
しかし眉間に寄った皺は相変わらずで。

少し離れた席で二人の会話を聞いていた山口は、月島らしいそれについ小さく笑った。
しかしそのまま二人の方に視線を向けたら、聡い月島に後で怒られてしまいそうだと、顔を隠すように机の中を確認するフリをする。

そんな山口の肩を、トントンと合図をするように呼び掛ける感触が触れた。
慌てて顔をあげれば、隣の席の女子が手を伸ばしていて。
山口と違って、遠慮ない視線を月島と跳子の方に向けている。

「ねぇ山口くん。…あの二人って、付き合ってるの?」
「えっ。」

驚いた声を出せば、「あれ」と追い打ちをかけるように彼女は二人の方を指さした。
俺に聞かれても、と思いながら、山口は少し困ったように眉根を下げる。

「…うん。あ、でも俺もはっきりそうと聞いたわけじゃないけど。」

少し考えてから、山口はそう言葉を返した。
ここで自分が否定したところで、どうなるわけでもない。

実際につい先日から付き合い始めた…ハズだ。
月島からは、ただ一言「…そういうワケだから」と言われただけだけど、それはつまり、月島なりの報告ってヤツで。
わかりづらく照れている月島と、その隣ですごく幸せそうな跳子を見て、「わっ!おめでとう!」と思わず大きな声を出した山口に、「…やっぱり」とため息をついた後にいつもの台詞を口にした月島の口元はほんの少しだけ緩んでいた。


「やっぱりそっかぁ。−あっ、ごめんね急に。部活の後輩に聞かれちゃってさ。」
「そうなんだ。ツッキー、かっこいいもんね!」
「んーまぁね。でも跳子ちゃんと一緒にいる時が一番柔らかい空気出てる気がしてたし、これは時間の問題だなーとは思ってたけど。それにしても、付き合う前と全然変わらなくない?」
「うーん。そうかな。」
「同じクラス内で見ててももしかしたら…くらいだもん。ま、言ってても仕方ない。後輩には正直に言っておくわ。ありがと山口くん。」

優しい目をして月島たちを見つめるクラスメイトの女の子を見て、彼女自身の話じゃなくてよかった、と山口はホッと息をついた。
それでも、その後輩の子にとっては決して喜ばしい答えではないだろう。

月島がこうして幸せになったこと自体はすごく嬉しかったが、昔から月島のことを女子に聞かれる機会が多かった山口にとって、それを口にする時には、ほんの少しだけ苦い想いも伴うことでもあった。


「また何か頼まれてるわけ?」
『んーっと。田中さんに、わらび餅食べたいって言われてるなぁ。』
「……。」
『痛っ!月島くん、今変なツボ押したよね?!』

再び聞こえてきたやりとりに、山口は先程の会話を思い出す。

(−確かに付き合う前とあまり変わってないかも。)

月島にバレないようチラリと目だけを動かして二人の姿を視界に入れ、山口は「んー…」と小さく声に出した。



「ツッキーは、鈴木さんとデートとかしないの?」
「何なの、急に。」

その日の部活の帰り道。
隣を歩く山口の問いに、月島が眉根を寄せる。
チラリと視線を向けてみるが、特に山口は何も気にしていないように変わらず歩みを進めていた。

「…そんな時間、全然ないし。」
「まぁそうだよね。」

聞いておいて答え自体は予測していたのか、山口も肯定の言葉を返した。
昨年度の春高全国覇者である烏野バレー部は、当然のように練習で年中無休状態だ。

「二人とももっとこう、"付き合ってます"みたいな感じ出せばいいのになって思って。」
「…別にわざわざ公言することじゃないでしょ。」
「んーそういうものなのかな?お昼も結局相変わらず俺も一緒しちゃってて…。」
「そんなの気にする必要ないし。」

少し照れているのか、月島の歩くスピードがあがった気がして山口もそれに合わせた。
こういう話題は自分もちょっと照れ臭いな、と山口はポリポリと頬を掻く。

「でもさ、ちょっと憧れない?」
「何かわからないけど、僕は憧れない。」

こういう物言いにも慣れているのか、内容を聞いてもいないのに否定する月島の言葉など全く気にも留めず、山口は言葉を続けた。

「そっかー。俺は憧れるけどな。"彼女は自分のモノだ"って堂々と言えるのとか、ちょっといいよね。」
「…。」
「別に口にして言う必要はないんだろうけどさ。そしたら変なのも寄ってこなくなりそうだし。」
「……。」
「もしそうなったら、鈴木さんすっごい喜びそうだねツッキー。」
「…うざいくらいにね。」

ボソリと呟いた月島の言葉を受けて、山口が思わず笑った。
そのままチラリと月島の方を見やり、表情を変えずにスタスタと足を進める姿に声をかける。

「…ツッキー、俺、明日お昼はずそうか?」
「…うるさい、山口。」

返ってきた言葉の裏に含まれているモノを感じ取ってしまい、山口は声に出して笑いそうになるのを必死で堪えた。


−翌日、昼。
月島がいつもの通り跳子の席の隣に立つと、「月島くん」と嬉しそうに跳子が顔をあげる。
しかしその隣にいつもある、一緒にご飯を食べるはずの山口の姿がなくて、跳子はキョトンとした表情を見せた。

『あれ?今日山口くんは?』
「…用があって他のヤツと食べるみたい。」
『そうなんだ?珍しいね。』

目を合わせずに答える月島の様子には気づかないまま、跳子は鼻歌まじりでお弁当を取り出した。
まんま信じるあたり相変わらずだな、と月島は席に座っている跳子のつむじを見下ろしながらふっと目を細める。

『どうする?今日も屋上?』
「跳子はどこがいいの?」
『うーん、私もどこでもいいけど。でも屋上ならあまり人がいないから…、』
「じゃあ中庭にしようか。」
『…−えっ?』

月島の答えが一瞬理解できず、跳子は反応が遅れてしまった。
騒がしいのがあまり好きじゃない月島にとって人の少ない方がいいだろうと思ったのに、逆に人気が多い中庭を選ぶとは思わなくて。

遅れて跳子が驚いた顔をあげるが、「何。」と目線を合わせる月島に別に特段変わった様子もない。

「行くよ。」
『え、あ、うん。』

そのまま先に歩き始めた月島の後を慌てて追いながら、"そういう気分だったのか"と跳子は自分の中で折り合いをつけた。


−しかし中庭に出て、いくつか向かい合わせに並んでいるベンチのうちの一つに座ると同時に、跳子はその考えが間違いであったと確信する。

(〜〜っや、やっぱりおかしい!!)

普段こうしてベンチに隣り合わせに座る機会などないが、教室よりも屋上よりも距離が近い。
しかも明らかに月島の方から詰めてくるのだ。

天気のいい日の中庭は、かなり人気のランチスポットで。
いくつかあるベンチは全部生徒たちで埋まっているし、ベンチのない木蔭の草むらに直接座ってご飯を食べる子たちもいる。

そんなたくさんの人たちの目がある中、体が触れるほど近距離にいる月島がなに食わぬ顔でサンドイッチをパクリと口にする。
そんな小さな動きすら振動を通して伝わってきて、跳子は自分のあまりに早い心臓の動きも逆に月島に伝わっているのではないかとさらに緊張してしまう。

はす向かいに座る4人組の女の子たちが、チラチラとこちらを見ては顔を寄せ合って何かを話しているのが、跳子の目に入った。

「跳子。食べないの?」
『たっ、食べる、けど…!あの、月島くん、どうした、の?』
「…何が。」

シレッとそんな風に言う月島を下から見上げるけれど、あまりの近さに目が合う前に跳子は視線をはずして俯いてしまう。
ほとんど手をつけていないお弁当が、膝の上で震えているのが見えた。

(絶対におかしいのに!)

また新手の意地悪だろうか。
それにしても心臓に悪いと思いながら、跳子はようやく覚悟を決めて箸を握りしめた。

何も言わずにおかずを口に運んでいると、ベンチの背もたれ越しにまわされた月島の手が、跳子の反対側の肩に触れる。
ひぇっと息を飲んで肩を揺らしたせいで、卵焼きが箸から落ちて再びお弁当箱に戻ってしまった。

しかし月島はサンドイッチを口に入れ終わり、相変わらずもくもくと口を動かしているだけ。
自分だけが動揺しているのが少し悔しくて、跳子は卵焼きを勢いよく口に突っ込んだ。

「それ、何?」
『へ。』
「それ。」
『あ、これ?昨日バジルソース作ってみたから、鶏肉に和えてみたんだ。』

やっと普通に会話ができる、と跳子は爽やかな緑色に染まったそれを一つ摘まんで自慢げに月島に見せた。

「ふーん。美味しそうだね。」
『結構自信作だよ。パスタとか野菜とか何でも合うし…、』
「もらうよ。」

パクリ

そう言って跳子の箸に直接食いついた月島の動きが、妙にゆっくりに見えた。
すぐ隣のベンチから「きゃあ」と小さな悲鳴が聞こえた。

「あのさ、 跳子…、 」

ゴクリと口の中にあった物を飲み込んでから、未だ固まっている跳子の顔を覗き込むように月島が話しかける。
しかしその言葉は最後まで続かなかった。

「あーっ!月島が、鈴木さんとご飯食べてる!」
「…チッ。」

響いてきたのは日向の元気な声。
それにハッと跳子が意識を取り戻し、同時に月島は苦々しく舌打ちをする。

声のした方へ目を向ければ、走る日向の後ろには仏頂面の影山の姿もあった。

『日向くん、影山くんも。こんにちは。』
「ちーっす!」
「ウス。」
『二人とも、もしかしてもうご飯食べ終わったの?』
「おう!今から体育館で練習すんだ!にしても…、いいなー。すげーうまそう!」
「…。」
「ちょっと。いくら見てもあげないから。」

たった今食べ終わったと言ったくせに、二人はぐぅとお腹を鳴らした。
月島がジロリと睨み付けて追い払うような仕草を見せれば、しぶしぶと言った様子で諦めたようだ。

そしてすぐに口を尖らせていた日向が、コロリと表情を変えた。

「なぁなぁ、何でここで二人で食ってんの?」
『え、いや…。えっと…。』

あまりにど直球な質問と真っ直ぐな視線に、跳子はついしどろもどろになる。
しかし横から聞こえてきたのは、これまたどストレートな月島の答えだった。

「そんなの聞くまでもないでしょ。付き合ってるからに決まってんじゃん。」
「「『はっ?!』」」
「…何で君まで驚くわけ?」

意外すぎて3人で思わず声を揃えてしまえば、月島がチロリと跳子の方に視線を向けた。
驚かないわけがないと思いながら、茫然とする跳子から言葉は出なかった。

「ぐぬぬ…!月島が、なんか大人だ…!」
「そうか?別に付き合ったからってなんだってんだよ。」
「王様、そういうことは彼女できてから言いなよ。負け惜しみにしか聞こえないから。」
「あ゙ぁ゙?何だと?!」

ギャーギャーと騒がしくなる中、周囲からもちらほらと「付き合ってるんだってー…」という声が聞こえる。

結局「早く行きなよ」と追い出された日向たちの背中を無言のまま見送ると、急に辺りが静かになったような気がして。 
跳子がポツリと呟くように口にした声も、しっかりと月島の耳に届いたようだった。

『…本当に、今日はどうしちゃったの?月島くん。』
「別にどうもしないよ。ただ…、」
『?』
「堂々とした方が、君が喜ぶかなって。」

そう言って顔を背けた月島は、少し拗ねているようにも見えた。
自分のため、という予想外の月島の言葉に、跳子は顔を真っ赤にして慌てふためく。

『う、嬉しいよ。それはすっごく嬉しい!』
「そう?そうは見えなかったけど。」
『いやそれは嬉しいけど、月島くん極端すぎ!ただでさえ付き合えたってことに幸せ使い果たし感がすごいんだから、これ以上は本当にヤバイの!心臓もヤバイから!』
「…ふーん。」

言っている側から顔を近付けてくる月島が、跳子の間近でニヤリと笑った。

「まぁそうは言っても、自分のためでもあるんだけど。」
『な、何?』
「…虫除け。あとは支配欲かな?」
『?!!』

チュ、と軽く触れた唇に、何が起きたのかわからず跳子が倒れそうになる。
しかしその身体はしっかりと月島に支えられてて。

(も、無理…。)

意識が遠くなりかけた跳子の耳に、ククッと悪そうで嬉しそうな月島の笑い声が届いた。

「お礼は焚き付けた山口に言ってよね。」

山口に言うべきなのは、お礼なのか文句なのか。
跳子がそう思った時、もう一度唇に温かい幸せな感触が触れて、やっぱり彼にはお礼を言おうと決めた。


はる様、リクエストありがとうございました!


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