長編、企画 | ナノ

カッコイイヤツ


親戚から大量に送られてきたじゃがいものおすそ分け。
親から課せられたそんな使命を果たすべく、私は今【田中】と端正に彫られた表札の前に立っている。

インターホンを前に緊張をほぐすように大きく息を吸い、それから人差し指に力を入れた。
ピンポーンと少し間の伸びたような音が家の中に響いているのが聞こえ、私はドキドキとしながら声が返ってくるのを待った。

(龍は…きっとまだ部活から帰ってないハズだよね。)

そう思っているのに、期待と緊張が混ざったような気持ちが胸を占めている。
ここに来るのは随分と久しぶりだった。

いつからだろう。
隣に住む龍の家に、気兼ねなく来れなくなってしまったのは。
前まではもっと、気軽に遊びに来ていたハズ。
ずっと龍のことが好きだというのは変わっていないのに、いつからか妙にそれを意識してしまったせいかもしれない。

そんなことを考えながら応答のないインターホンをじっと見つめていたが、しばらく待ってみても一向に声は聞こえてこず、私は小さく首を傾げた。
カーテンの隙間から部屋の電気が漏れているのに、もしかしたら留守なんだろうか。
大量のジャガイモが入ったビニールを一度持ち直して、もう一回だけ押してみようとボタンに指をかけた時、ガチャリと直接玄関のドアが開いた。

「すいませーん!お風呂出たばっかですぐ出らんなくて…!」
『冴子さん!こんばんは!』
「おろ?なんだ跳子じゃん。」

濡れた髪をガシガシと拭きながら顔を出したのは冴子さんで。
私の姿を見てニッと笑った顔が相変わらず龍にソックリで、思わず女の人相手なのにドキッとする。

「久しぶりだね。どしたの?」
『毎年恒例のじゃがいも祭りですよ。』
「おっ!もうそんな時期か!ラッキー!」

玄関先で袋を掲げて見せれば、「まぁあがんなよ」とドアを大きく開けてくれた。
そのまま「今、誰もいなくてさー」とリビングの方に向かっていく冴子さんに着いていきながら、"やっぱり龍はいないんだな"と小さく息をつく。

久しぶりにお邪魔する田中家は、私の記憶からあまり変化はないようだった。
昔よく座ったソファに腰掛けると、冴子さんが冷たい麦茶と一緒におせんべいを出してくれた。
そのうちの一枚を口にくわえつつ斜め前に座ろうとする冴子さんの、タンクトップからこぼれんばかりの豊満な胸が目に入る。

『冴子さん、相変わらずセクシーすぎ…。私が配達の男の人とかだったらドキドキやばいと思う。』
「おっ、サンキュー。跳子だって、…あんま成長してないか。」
『うぅ、ほっといて…。』

自ら墓穴を掘ってしまった私を見て、冴子さんが楽しそうにカラカラと笑った。
昔から面倒見のいい冴子さんは、龍と同じ年の私にとっても本物のお姉さんのようで。
龍とギャーギャーケンカする度、喧嘩両成敗!とばかりに二人揃ってよく怒られたものだ。

「ま、これから何とかなるっしょ。そういや最近、龍に会った?」
『っ、いや。…学校が違うと、お隣でもなかなか会う機会ないよ。』

突然出てきた話題に内心ドキッとしながら、私は平静を装ってそう答える。
実際高校が別になってから、龍に会う機会はどんどんと減っていた。

「まぁ、あの子ますますバレーにハマッてるみたいだからなー。」
『へぇ。そうなんだ。』
「休みもほとんどなさそうだし。私もたまに試合とか観に行ってやってるけど楽しそうだわ。」

龍の近況を聞きながら、楽しそうな龍の姿が思い浮かんで私は小さく笑ってしまう。
自分の口元がニヤけているのに気付いて慌てておせんべいを頬張るが、冴子さんは特に気にしていないようだった。

「それにしても、うちの弟は何であんなにカッコイイのに彼女が出来ないのかねー。」

「あーぁ」といかにも残念そうに伸びをする冴子さんの言葉に、ヒュッと息を飲んだ。
…その言葉には同意せざるを得ないけど、はっきり言ってできたら困る。
それと同時に、私はまだ龍に彼女ができていないことを知って内心かなりホッとした。
しかしそれを表に出すわけにもいかず、冴子さんの言葉に対する反応に勝手に困っていると、玄関が開く音が聞こえた。

「ただいまー!」
『っ!』
「あ。噂したら帰ってきたね。おかえりー。」
「腹!減った!この匂いは…もしや今日はカレー!?」

玄関に向かって声をかける冴子さんの大声に負けないような、大きな足音がドタドタと聞こえてきて。
それと同時に冴子さんが席を立ってキッチンの方へ向かう。
ご両親がいないからか、龍のご飯の準備をしてあげるのだろう。

「めしめしめしー…って、跳子?!」
『お、おかえり。お疲れ様。お邪魔してます。』
「お、おー。っつか、何して…」
「龍ーっ!とりあえずあっためてやってるから、洗濯もんはカゴにつっこんでこい!」

ドサリと大きなバッグを置いた龍が、私を見て目を丸くした。それもそうだ。
目を逸らしながらちょっとよそよそしく挨拶をすれば、龍の返事は冴子さんの声にかき消された。
それに一瞬顔をしかめたように見えたが、漂ってきたカレーの匂いにつられるように龍が言われた通り動き出す。

洗濯ものを置き、手洗い・うがいも済ませた龍がそのままキッチンへ直行する。
すぐに「あ!俺のカツ!」「よそってやったんだから等価交換でしょ」などという声が響いてきた。
久しぶりに聞く田中姉弟の仲良さげな言い合いに、私は一人でニマニマと笑ってしまう。

やがてブーたれたような顔の龍が、超特盛りのカツカレーを手にキッチンから出てきた。
そのままダイニングテーブルに座るかと思えば、予想外にまっすぐこちらに向かってくる。
どうやらリビングで食べることにしたらしい。
リビングの低めのテーブルにカレーをドンと置いた龍が、ソファに座る私の足元近くに直接座って手を合わせる。

「いただきます。」
『はぁ、どうぞ。』
「なんで跳子が返事すんだよ。何もしてねーじゃん。」

目の前で言われたからついそう答えてしまっていたが、確かに何もしてない。
顔だけ振り向いて口を尖らせた龍が、文句を言いながらももう一口目を口に入れていた。

「龍ーッ!サラダと飲みもん忘れてるー!」
「んぐ。跳子、頼んだ。」
『はい?何で私が?』
「とりあえず身体にカレー入れないと動けねぇ。」
『あーはいはい。仕方ないなぁ。』

カレーをかきこむあまりの勢いに押され、私はしぶしぶと席を立った。
ついでに自分も麦茶のおかわりをいただこうと、グラスを持って冴子さんの声が聞こえたキッチンの方へ向かう。

「お。跳子、ありがとね。」
『いえいえ。ついでに私ももらっていい?』
「好きなだけいーよ。」

トポトポとグラスに麦茶を注いでいれば、それを見ていた冴子さんがニーッと笑った。

『…何?』
「私、ちょっとコンビニ行ってくることにしたから。跳子、後よろしくー。」
『えっ、何で急に。』
「これこそ姉の気遣いってヤツよ。」
『なっ、んぎゃっ!』

冴子さんの言葉に焦った私はつい麦茶をこぼしてしまって。
そんな私を横目に、冴子さんはとっとと背を向けて出て行こうとする。
こぼしてしまった麦茶を拭きながら、慌てて「冴子さん!」と声をかけても、彼女は楽しそうに手をヒラヒラさせながら廊下に続く扉に向かった。
出て行く瞬間にこちらを向いて、「弟の彼女は誰でもいいってわけじゃないしね」と意味ありげに笑った。

冴子さんの言葉の意味を理解して、私はその場に立ちすくむ。
そのうち龍の「跳子ー?茶ァくれー!」と騒ぐ声が耳に届いて、慌ててトレーを持ってリビングに向かった。

「随分かかってたけど、姉ちゃんと何かしてたんか?しかも出掛けたみてーだけど。」
『な、にも?麦茶こぼしちゃったから拭いてた。』
「ははっ。どんくせ。」

龍の言葉に腹が立ちつつもその笑顔に何も言えなくなった私は、龍の分の飲み物とサラダをドンッとテーブルに力強く置く。
が、龍は特に気にしていない様子で「サンキュ」と早速グラスを手に取った。

「んで?跳子がうちに来るなんて珍しくね?どうしたんだ?」
『イモよイモ。毎年もらってもらってるヤツ。』
「あぁ!うまいよなーアレ!何?すぐ食えんの?食いてぇ。」

龍の期待でキラキラした顔から目をそらしつつ、私は今度はソファではなく龍の斜め前の位置に座った。

『生の丸かじりでよきゃあるよ。』
「素材かよ!おばちゃんが加工してくれたのも欲しかったぜ…!」

カツカレーを食べ終わった龍がもしゃもしゃとサラダを咀嚼しながら嘆いた。
確かに去年は生のじゃがいもだけじゃなく、お母さんが大量に作ったコロッケも渡してたっけ。

べ、と舌を出してみせれば「ちくしょー…」とブツブツ言いながら、龍はすっかり食べ終わったお皿を下げにいなくなった。

会ってみればこうして普通に会話が出来ていることに一人でホッと胸を撫で下ろす。
…可愛げの有無に関してはこの際置いておこう。

しかしここからどうしたものか。
冴子さんの言葉もあるし、すっかり帰るタイミングを失ってしまった。
むしろ、久しぶりに顔を見てしまったら、もう少し龍と一緒にいたいなんて思ってる自分もいる。

(…少しくらい可愛らしく素直になってみたい。そしたら龍ももしかしたら…。)

一人でうんうんと唸っていたら、急に首筋にヒヤリと冷たい何かの感触があてられ、私は思わずのけぞるように背筋を伸ばした。

『ひょえっ!!』
「ぶはっ!"ひょえ"って何だよ!」

慌てて振り向いてみると、いつの間にか真後ろにいた龍がものすっごいムカツク顔で笑っていた。
その手には半分ずつ分けられるアイスを持っていて。どうやらこれを当てられたらしい。
そのまま元の位置に戻った龍が「食う?」と言いながら渡してきたので、無言で奪い取りながらついでに龍の頭をはたいた。
−あぁ、ついさっき自分で思ったことは何だったのか。

「てっ!…相変わらず手ェ早ーな。」
『龍が普通に渡せば済むことでしょ。』
「全く。お前は本当に女子か。麗しの潔子さんと同じ人種とは思えねー。」
『…。』
「いや、同じじゃねーな。潔子さんは女神だったわ。」

アイスを咥えながら、龍がキシシと笑う。

(…誰よ、"潔子さん"って。)

知らない女の人の名前に、思わず言葉を失う。

どうせ龍のことだから、また勝手に美人の虜になって、遠巻きに追いかけまわして、適当にあしらわれてるんだろう。
小さい時から見てればそれくらい簡単に想像ができたし、「女じゃない」なんて前もよく言われてた。
その度に「うるさい」とケンカ腰に返して、互いにほっぺたをつねりあったりして。
私たちの間では、よくあるふざけ合いだった。

それでも、同じ学校じゃなくなって側にいない今の私には、相手がどんな人かもわからない。
もしかしたら、本当にいい感じの女の子が出来たのかもしれない。
そんな風に考えてしまえば、ただただその言葉が不安となって重く胸にのしかかった。

「…跳子?どうした?アイス溶けてるぜ。」
『…あ。』

握りしめた手の熱で、チューブタイプのアイスがぐにゃりと歪んでいた。
口を開けてなくてよかった。開けていたら溶けた中身が飛び出していただろう。

昔のように返事を返す気にも当然なれず、私はやっぱり帰ろうと席を立った。
怪訝な顔をした龍が、私を見上げる。

「どうしたんだよ急に。」
『っ、別にどうもしないよ。…帰る。』
「は?何だよ。…じゃあ送るわ。」
『いらんわ。隣だし。まぁ隣じゃなくたって別に平気だけど。』

どうせ女子じゃないし、なんて少しイヤミを含めてみたけど、龍にそれが伝わったかはわからない。
玄関まで黙ってついてきた龍が、空っぽになったアイスの容器をくわえながらぺこぺこと空気を入れている。

「お前さ。もっと前みたいに来りゃいいじゃん。」
『…何でよ。"潔子さん"の話でも聞いて欲しいわけ?』
「おっ、それいいな!そうすりゃお前も少しは女らしくなって、俺も言いやすく…、」
『〜っ龍って、ほんっとにアホ!!』
「あ?ッイデ!」

含めたイヤミも不機嫌な理由にもやっぱり気付かない鈍感な龍に、溶けきったアイスを投げつける。
そのまま外に出ようとしたら、一歩玄関に降りた龍に腕を掴まれてしまった。

「跳子、お前何すんだよ急に!」
『離してよ!だって龍がアホなんだもん!』
「それじゃ全然意味わかんねーべや!」

ブンブン振っても離れない手。
こんな時でもそこだけが妙に熱くって。

振り向いた一瞬かすめた龍の目がすごく真剣で、ぶわぁっと気持ちが溢れ出す。
あぁもう、限界だ。
こんな伝え方、するつもりなかったのに。

『そんなのっ、龍が好きだからに決まってんじゃん!』
「久々に好きなヤツに会えたのに、そう簡単に…っ、」
「『…って、は?』」

同時に叫んだ相手の言葉が一瞬理解できず、私たちはその場で目を見合わせて固まった。

重なった双方の声から、自分の言葉を引く作業を行う脳内。
その答えが出た頃、龍の目がまんまるく見開かれるのを見て、きっと自分も同じ表情をしてるんだろうと思った。

ゆっくりと視線を手元に下げるが、握られた手が緩むことはない。
もう一度チラリと上目で見てみれば、龍の顔は蒸気が吹き出しそうなほど赤くなっていた。

『あの、…りゅ、龍?』
「…えっ?あっ!」
『今の、本当…?』

ボソボソとそう聞けば、龍の手にギュッと力が入る。
それでも黙って次の言葉を待っていたら、突然龍が大声をあげた。

「だぁーっ!もうカッコ悪ぃ!!」
『えっ?!』
「カッコ悪いけど!…それでも俺は、ずっとお前だけが好きだ。」

ふいに真剣な目を向けられ、私は顔が熱くなる。
さっきの私の言葉は、龍に届いていたのだろうか。

『私、も。』
「!」
『私も、龍だけがずっと好きだよ。』
「う…おぉぉぉっ!マジか!聞き間違いじゃなくて?!」

頷いた私を見て、龍は裸足のまま完全に玄関に降り立つ。
それを注意する間もなく、私の身体は龍の腕の中へ。

「やべ。心臓マジでやべー。」
『私も、ヤバイかも。』
「本当に、俺でいいのかよ?」
『龍がいいの。…龍のカッコよさは、私と冴子さんだけ知ってればいいんだよ。』

私の独占欲とワガママが大いに含まれるその言葉を聞いて、龍の両腕に力が籠った。
それを堪能しながら私も腕をまわそうとした時−、


ガチャリ

「ただーいまー…、」
「『っ?!』」
「って、あんたたち玄関で何やってんの?!」

帰ってきた冴子さんが慌てて扉を閉めると同時に、龍がわたわたと「こっ、これはだな…!」と意味不明な言い訳を始める。

こう、締まらないのも私たちらしいのかもしれない。

冴子姉さんに怒られながら、私たちは目を見合わせてクスリと笑うしかなかった。


はるみかん様、リクエストありがとうございました!


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