長編、企画 | ナノ

真面目な下心です


古びたスピーカーから救いのチャイムが鳴れば、教室内は授業から解放された生徒たちの声で一層騒がしくなる。
それは、ここ伊達工1年A組でももちろん同じだ。

ガタガタと教室から飛び出して行くクラスメイトたちを横目で見送りながら、詰めていた息をはぁーっと一気に吐き出した。
実習ならまだしも、ただただじっと座って受ける普通授業は本当に性に合わない。
そのまま机にゴロンと顔を投げ出すと、隣の席にドンとどでかいお弁当箱が置かれたのが視界に飛び込んできた。

『わ、すご。でか。』
「ちゃんと"い"まで言えよ、鈴木。っつか女子なんだから、そこは普通"デカい"じゃなくて"大きい"だろ。」

私の呟きにそう返しながら、その席とお弁当箱の主である黄金川くんがちょっと眉をひそめる。
私達の声が聞こえていたのか、前に座る作並くんもお弁当片手に振り向いて苦笑を浮かべた。

「黄金川くん、そういうのはよくないよ。」
『そーだそーだ。差別、いくない!』
「別に差別とかじゃねーし!ちょっと気になっただけだ!」
「何気に女の子に夢見てるよね、黄金川くんって。」
『ん、んん?』

何だか、私バカにされたような?
ちょっとだけ作並くんの言葉に引っかかりを覚えるが、グーッとお腹が鳴ってしまったので考えるのをやめにした。
そして私も鞄からお弁当とお茶を取り出す。

学食に行かない日は、この席のままお昼ご飯を食べるのが習慣となりつつある。
というか、私が勝手に習慣にしているだけなんだけど。
それもこれも、私が隣の黄金川くんを好きになったからに他ならない。

隣なのだからちょこちょこと話す機会はあるし、別にそこまでしなくても…なんて友達は言うが、実はゆっくりと話せるのはお昼休みくらいしかない。
実習や授業中はそんな余裕はあまりないし、放課後には彼は速攻で部活へ向かう。
となると、比較的長い休み時間であり、かつ優しい作並くんがいることにより会話も弾むお昼休みは、色んな黄金川くんを知るチャンスなのだ。

そんな私の愛しの黄金川くんが夢中なのは、言わずもがなバレーボールだ。
自然と話すことも部活関連の内容が多くなるのは当たり前で。
特に最近試合にも出るようになってきたらしく、キラキラした目で熱く語ってくるのだ。

「青根さんが、マジですげーんだよ!」
『アオネさんっ?!…クールビューティーそうな名前!それってまさか…、』
「…クールだけど、男のひとだよ。」
「でもその時に二口さんがさー、」
『フタクチさんっ?!…なんかしゅっとした美人そう?!』
「いや、確かにキレイはキレイだけどさ…。」

出てくる名前が女の人なんじゃないかとすぐに不安になる私の言葉に、作並くんがフォローしてくれる。
黄金川くんは話をするのに夢中であまり気付いていないみたいだけど。

見た目よりもずっと生真面目で、まっすぐな黄金川くん。
むしろ不器用なほど前しか見てなくて融通が利かないとでも言うのかも。
そんな黄金川くんのことだから、バレーボールと同じで誰かを好きになったらとことんその人しか見えなそうで。
工業高校だから全体的に女子は少ないのだけれども、とにかく一番彼に近そうなのは"部活のマネージャーさん"で、その存在が私の恐怖を煽るのだ。

「んで、結局滑津さんが止めてくれてさ。」
『ナメツさん…。ん、メンズっぽいからよし。』
「…判定基準がよくわかんないよ、鈴木さん…。」
『えっ?』

どうやら私には「女の直感」みたいなものが備わってないらしい。
その"ナメツさん"が美人マネージャーさんだという事実に衝撃を受けている私を見て、「どうした?」なんて不思議そうな顔をしている黄金川くんもたいがい鈍いと思うけど。

「鈴木?」

キョトンとしている黄金川くんの隣で、ちょっと呆れたように息を吐く作並くん。
助けを求めるように作並くんの方に視線を向ければ、ふと彼と目が合った。

「鈴木さん。とにかく、一度バレー部見に来ればいいんじゃないかな?」
『え?』
「先輩たちがどんな人かも、きっとそれでわかるよ。」
『でも、迷惑とかじゃ…。』
「割と見に来てる人はたくさんいるし、迷惑なんてことは、」
「だめだっ!!」

作並くんのお誘いの言葉を遮るように、黄金川くんが机をバンと叩いた。
珍しく怖い顔をしている。
作並くんが驚いた表情を浮かべて「え。なんで?」と聞いても、黄金川くんは「ダメだ」の一点張りで。

理由はわからないけど、とにかく私には来てほしくないというのだけは痛い程伝わってきてしまった。


なんだか悲しくて、しかもちょっと気まずくて、私はその翌日、翌々日と、お弁当を持たずに友達と学食でご飯を食べた。
作並くんはちょっと困ったような顔をしていたけど、理由はよくわかってくれているようだった。
黄金川くんは…、何を思っているかよくわからない。
授業中にチラリと盗み見た時の憮然とした表情は、いつも通りのような、そうでないような。

でも、そんな状況にすぐ耐え切れなくなったのは他でもない私自身で。
毎日話していたあの時間がないだけで、黄金川くん不足がハンパない。
どうにもそれを補いたくて、いけないと思いつつも私は気づけば放課後の体育館の扉の横に立っていた。

(ちょっと見るだけ…、)

誰でもない相手に言い訳しながら体育館の中を覗けば、コートの中で大きい人たちが真剣な顔つきでネットを挟んでいる。
黄金川くんが器用にボールをネット際にあげ、後ろから飛んできた人がそれを思い切り反対側のコートに叩き込んだ。
距離はあるハズなのに、なんだかビリビリとした振動が足元を伝わって届いてきた。

「黄金川!もっと高くてもいいぞ!」
「うす!高くッスね!」
「…あー、でも高すぎんなよ!程よく、な!」
「??うっす!!」

キレイな顔立ちの人に言われ、大きな声で返事をする黄金川くん。
彼らが持っているとバレーボールがやけに小さく見える。
それなのに、それを一瞬で操る姿に、ただただ圧倒されてしまう。

こっそりと覗いているだけのはずなのに、もっと近くで見てみたくなってしまって。
もうちょっとコート近くの扉に…と移動していくと、その扉の両脇に制服姿が3つ。男子だ。
そんな先客に紛れてもいいものかと後ろからちょこっと様子を伺うと、何やらコソコソと話している。
どうやら3年生みたいだ。

「何してんだよ、元主将。堂々と行きゃいいだろうが。」
「いや、引退したのにそんなにちょくちょく来るのもさ…。」
「んなこと言ったって、ここにずっといるのもおかしいべ。」

そのうち一人の人が姿勢を正した時、背後にいた私の気配を感じ取ったようで。

「ん?」
「誰だその子?まさか新マネか?」
「わっ、ごめん。ここ通るのかな?邪魔だったよね!」
『え、や、そういうわけでは…。』

3人とも私に気づいて、さまざまな反応を見せる。
別に関係者でも何でもないので、逆に申し訳ないと思いながらも、何となく思ったことを口に出していた。

『茂庭さん…?』
「えっ、そう、だけど…。」
『それに…鎌先さんに、笹谷さん、ですか?』
「?お、おぉ。」
「え、悪ぃ。知り合い、だっけか?」

不思議そうな顔をする先輩たちとは裏腹に、私は思わず笑ってしまった。
もちろん知り合いでも何でもない。
黄金川くんたちの話を通じて、一方的に知っているだけなのだ。

『ごめんなさい、知り合いではないんです。』
「「「??」」」
『ただ、よくお話を聞いていたので…。黄金川くんの言うイメージの通りの方だったので、つい。』
「コガネガワぁ?」

話を聞いてるだけの私がこんなにすぐわかるくらい、黄金川くんは先輩たちをよくみてて、本当に大好きなんだな。
未だにクスクスと笑い続けてしまう私を見て、先輩たちが呆れるように互いに顔を見合わせた時、体育館の扉から黄金川くんがひょっこりと顔を出した。
特徴的な触覚が揺れる。

「先輩っ!来てくれたんスか…、って、鈴木?!何してんだ?!」
『げっ!』
「黄金、お前この子に何言ってやがんだぁ?」
「はっ?」

言葉途中のまま、鎌先さんにヘッドロックを決められて体育館の中に連れていかれる黄金川くん。
その背中に心の中で謝罪をしていると、作並くんが顔を出して私のことも中に入れてくれた。

いいのかな、なんて思いながら流れでそのまま部活を見学をしていると、みんなすごく真剣で、でも楽しそうで。
こんな風に打ち込める何かに出会えたことを羨ましいとさえ思えた。

噂の滑津さんともお会いできて、ほんの少しだけどお手伝いしてみたら大袈裟なくらい「ありがと!」と笑いかけてくれた。
全然役に立てていないのに、続けて「マネージャーどう?」とも誘ってくれて。

『あの、でも下心満々なんですけど、いいですかね…?』
「下心?」

そう言って目を見開いた後、滑津さんがふきだした。

「最初のキッカケなんて、何でもいいよ!っていうか下心くらいみんなあるでしょ。」

美人だけどカッコよくて、優しくて。すぐに憧れの先輩になった。

私の下心は、もちろん黄金川くんだ。
彼の口からたくさんでてくる名前の一員になりたい。
私のことも、あんな風に知ってもらいたい。
教室では見ない顔の彼を、少しでも支えられたら。


結局最後まで見学させてもらったその日、帰りは黄金川くんが送ってくれることになった。
相変わらずブスーッとしている黄金川くんに、意を決して話しかける。

『今日は急にごめんね。』
「…いや、別に鈴木は悪くねーけど。」
『そっか。それならよかった。…ねぇ、黄金川くん。』
「あ?」
『私、バレー部のマネージャーになってもいいかなぁ?』

隣を歩く背の高い彼をチラリと見上げてみれば、口をちょっと尖らせながら小さく頭をかきむしる。
そして同じようにチラッとこちらを見た黄金川くんと目が合い、しぶしぶと言った感じで口を開いた。

「…いくらかっこいいからって、鈴木が先輩たちに惚れないなら。な。」
『そんな心配いらないのに。誰も黄金川くんから、大好きな先輩たちをとったりしないよ。』
「…逆だし。」

ボソリとそう言ってそっぽを向いてしまった黄金川くんの耳が、街灯に照らされて赤くなってるように見えた。

もしかして、これって期待しちゃってもいいのだろうか。
そう聞いてしまいたいけど、今はまだ少し怖い。
小さく息を飲んで俯けば、歩く二人の足元が目にはいる。

『−あ。靴ひも。』
「ん?何?」
『靴ひもとれてるよ、黄金川くん。』
「マジ?あぶね。」

その場でうずくまるようにして靴ひもを結ぶ黄金川くん。
目の前に、いつもは見ることのない彼のつむじが見えた。

『っうりゃ。』

聞きたい言葉の代わりにそのつむじをグッと指で押してみれば、「って!」と頭を押さえながら勢いよく彼が立ち上がる。

「何すんだよ!」
『いや、目の前にあったら押しちゃうでしょ。普通。』
「俺の頭はスイッチじゃねー!」

いつものように可愛げのないやり取りをして手で頭をカバーすれば、黄金川くんがその手をガッと掴んで引っ張る。

「ほら、とっとと帰るぞ鈴木。明日も朝練あんだからな。マネージャーやるんだろ?」
『、っ!』
「その代わり、さっきの約束は絶対だからな!」

思いもよらず繋がれたままの手に言葉が出なくなって、私は大きく首を縦に振った。
私の下心については、まだ秘密にしておこう。


史野様、リクエストありがとうございました!


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