長編、企画 | ナノ

あの日の痛みは今日のため


※短編 "髪を切るのはまた今度"の続編です。


放課後の教室の片隅。
今日一日の授業を終え、特に何をするでもなく友達とただおしゃべりに花を咲かせる。
会話が一瞬途切れると同時に、友達がふと私の髪に手を伸ばし、「随分伸びたねー」と一束つまんだ。

『そうなんだよね。ここまで来ると、切るタイミングがつかめなくてさ。』

そんな言葉を返してみれば、そのまま自然と友人が私の髪をいじりだす。
かなり高い位置にゆるいお団子を作ってみたり、サイドをねじってピンでとめてみたり。
アップにしたことで空いた首元に、空気の通り道ができた。
それが案外気持ちよくって、夏になる前に一度切ろうかなぁ、なんて考える。

器用な彼女の興が乗ってきたのか、そのうちなんだか凝った編み込みやらなんやらが始まって。
頭上で「やりがいあるわー」なんてブツブツと言っているのを聞きながら、されるがままに任せて私は優雅に携帯をいじる。

「…最近機嫌いいわね。跳子。」
『えっ、そうかな?』
「スマホ片手に鼻歌なんか歌っちゃって。」
『えっ、ウソ?!』

無意識のうちにどうやら鼻歌が漏れ出ていたらしい。
そんな指摘に焦った私が、わたわたと握りしめていた携帯を落としかけると、とうとう声に出して笑われてしまった。
それにちょっとムッとして振り向こうとすれば、「あ!ちょっと!こっち向かないでよ!」と割と本気で怒られてしまう。

まぁ実際に、最近嬉しいことが続いているのは事実だ。それに彼女には全部話しているのだから、別に隠すこともない。

ふくらましていた頬をゆるめて、締まりなく「へへへ」と笑ってみた。

『…青根さんから、昨日も返信がきてたから。』

そう言葉にしたら、胸元に押し付けられている携帯が少し熱を持ったように感じた。


名前も知らなかった青根さんに、迷惑ついでに無理矢理連絡先を押し付けたのは、まだ桜が咲き始めたばかりの頃だった。
あんな状況で渡された連絡先なんて、普通捨て置かれてもおかしくない。
しかしその翌日、律儀にも彼からメールが届いた。
勝手に信じて待っていたとはいえ、それを確認した瞬間、私は興奮のあまりつい大声をあげそうになってしまったくらいだ。

−【青根、と言います。昨日の怪我は、大丈夫ですか。】

送られてきた初めてのメールは、速攻で保存した。
よく考えてみれば、一方的に名乗られた相手へのメールなんて、何と入れていいかかなり困っただろう。
前日の様子を見ても明らかに無口な青根さんが、この一文を送信するまでにどれだけ葛藤したかと思うと、ものすごく申し訳なくなる。
それでも心配してくれている様子のメールに、やっぱりすごく優しい人だと改めて思った。


あれから一日に一回、青根さんからメールが届く。文章は相変わらずすごくシンプル。
動く絵文字もなければ、顔文字だってない。それでも温かく感じるのは、相手が青根さんだからだろう。
それに"届く"と言っても、私が送ったメールに返信してくれてるだけなんだけど。
それでも丁寧に返された一文字一文字が私には嬉しくて。

あまりしつこくしたくもないから、1日に1回だけと決めている彼へのメール。
今日は何を送信しようかと携帯を片手にあれこれ迷う。

とにかく青根さんのことを知りたくて、でもなかなか聞く事もできなくて。
何かの話題にかこつけて、「そういえば青根さんは〜」と聞ける時があれば聞く程度。
今までのやりとりでようやく得られた情報と言えば、彼のフルネームと、伊達工の2年生(同じ年だった)でバレー部に所属しているということ。
あとはお誕生日が8月13日(しし座!カッコイイ!)で、栗きんとんが好きってことくらいか。

「で、昨日は何て返信きたの?」
『"元気です"、って!』
「…それただの業務報告でしょ。」
『ぎょ、業務報告って…。ちょっと、ひどい!』
「いや、跳子がそれでいいというならいいけど。でもそんなんじゃ何も進まなくない?」

友人の何気ない一言がぐさりと刺さる。
いや、進むも何もかけひき的なことなんて、してるつもりはない。
というかそんな余裕もない。

『そんな、あ、青根さんと進展なんて…っ!…そりゃできたらしたいけど。』
「じゃあもっと積極的に行ってみればいいのに。」
『や、でもこうグイグイ行くのも迷惑かなー、とか。』
「…初対面でさんざんやらかしたくせに、今更じゃない?」
『ぐっ。』

イタイところをつくなぁと思いながら、だからこそこれ以上イメージを下げたくない、とも思う。
でも、心のどこかで"青根さんはそんな風に思う人じゃない"と勝手に信じているというのもあって。

『…よし。今日はちょっとだけ、大きく出てみる。』
「よーし行け跳子。あ、そういえばバレー部ってそろそろ大会じゃない?」
『えっ!そうなの?』
「確か。IH予選か何かが6月だって聞いたよ。」

というわけで、今日の一文が決まった。少しだけ、踏み込んでみる。
確かに今でも幸せではあるけれど、元来私は欲張りなのだ。
ずっとこのままで…なんて全然思ってないし、堪え性もない。
遅かれ早かれ勇気を出さねばならない日が近かっただろう。

【バレー部の大会があるって聞きました。よかったら、青根さんの応援に行ってもいいですか?】

少し考えて、シンプルかつ丁寧にそれだけ送ってみた。
青根さんは部活が忙しいのか、返信が来るとしたらたいてい夜だ。
そうわかっていながら、送った直後からバクバクと心臓が高鳴っていて。
こんなに返信が届くまで緊張したことはない。

友達と別れ、家に着いてご飯を食べ終え、そろそろお風呂に入ろうかという頃、携帯が小さくブブッと鳴ったのにすかさず反応して飛びついた。

【もし鈴木さんの迷惑じゃなければ。応援、ありがとう。】

『きっ…、きゃあぁぁ!!』

返信を見た私の奇声が家中に響き渡って、家族中から大ひんしゅくを食らってしまう。
しかしそれでも終始ご機嫌な私の様子を見て、すっかり小言を言うのも諦めたようだった。


そして6月2日。仙台市体育館。
私は友達と待ち合わせをした場所で、一人そわそわとしながら待つ。
目の前を通って行くのは、色んな種類のジャージの集団。
こんなにたくさん学校があったのかと思いつつ、しかしどの顔も皆とにかく気合十分という表情は同じで。
私は、その中に青根さんの姿を探したけれど、友達が来るまでに見つけることはできなかった。

体育館の中に入ると、ボールの跳ねる音やスパイク音、キュッと靴底が地面を蹴る音が耳に飛び込んでくる。
そして続いて、鼻を通るエアサロの匂い。
何といっているかわからない体育会系のかけ声は、どの学校も共通しているのだろうか?
程よく涼しい日だというのに、なんだか皆の熱気で随分と室温は高いように感じる。

ギャラリーから体育館全体を見渡せば、少し先に一際背の高い集団が目に入った。
爽やかな白地に濃いエメラルドグリーンが特徴的なユニフォーム。その胸元にあるのは「伊達工業」という達筆な文字。
その中でもさらに背の大きい"7"とつけた後ろ姿を見つけ、私は思わず隣にいる友人の身体をブンブンと揺する。

『っ青根さん、いた!7番!ラッキーセブン!さすが!』
「どのあたりが"さすが"なのかはわかんないけど、とにかく嬉しいのはわかったから揺らさないで。」

彼らのすぐ横のギャラリーに、「伊達の鉄壁」と書かれた横断幕がかけられていた。

(鉄壁?バレー用語か何かかなぁ?)

バレーボールについての知識はほとんどない私は、ただ首を捻るだけで終わってしまう。
まだ試合は始まっていないものの、当然話しかけられるわけでもなく、その後ろ姿を見つめていたら、ふいに青根さんがこちらを向いた。

『っ!』

思わず背筋をピンと伸ばした私に、目を見開いたように見えた青根さんがペコリと会釈をしてくれた。
それに慌てて返すように私も丁寧に腰を折る。
ゆっくりと姿勢を戻してみればまだ私の方を見ててくれたので、思わず手元だけで小さく手を振ってみた。

すると青根さんも、たどたどしく同じように手元を動かしてくれて。
嬉しくてつい頬を緩めれば、そんなやり取りを見ていたのか、周囲の同じユニフォームの人たちが驚いたような様子で、詰め寄るように青根さんを囲んでいくのが見えた。
そのうちの一人はこちらを指さしていたようだし、余計なことをしてしまったのかもしれない。

心配で少しそのまま見つめていたら、ようやくばらけた集団から戸惑ったような表情の青根さんが解放されて。
それにホッとしたのもつかの間、青根さんが大きな身体を揺らしながら、私たちのすぐ下までやってきた。

「鈴木、さん。」
『あっ青根さん。お久しぶりです。あの、本当に来ちゃいました。』
「いえ…。ありがとうございます。」
『えと、頑張ってください!青根さんのバレー姿、楽しみにしてます!』

実際に話をするのは、初めて会ったあの日以来だ。
まさか近くに来てくれるとは思っていなかった私は、嬉しくて身を乗り出しながらも、ちゃんと顔を見ることが出来ない。

「…あの、」
『は、はいっ!』
「試合、観終わった後も、待っててもらえませんか。」
『えっ、』

カラカラに乾いた喉から漏れた声が裏返って。
思わずビックリして青根さんの顔を見返してみれば、青根さんはこちらを見上げながら、への字口で私の答えを待っていた。
不機嫌そうに見えるけれど、その耳はものすごく真っ赤で。

『−いっ、いいんですか?!あの、絶対待ってます。全然ヒマなのでいつまでも待てますから!慌てたりしなくても大丈夫ですから。』

むしろ私が慌てすぎて何を言っているかわからないまま、必死でそう答える。
早くしないと「やっぱりなしで」とかなりそうで怖かったのかもしれない。
そんなちょっとおかしい私の答えにも、青根さんはコクリと小さく頷いてくれた。
あの日と同じく、目元にすごく優しい色を浮かべながら。

仲間の元へ戻って行く背中を追いながら、ドキドキしつつもきゅうっと締め付けてくる器用な胸を上から押さえこむ。
戻った青根さんがまた背の高い集団にとり囲まれて、首に手を回されたり頭をぐしゃりとされていたり。

(…いいなぁー。)

私には到底届かない青根さんの首や頭。
それは物理的な意味でもあり、存在としての距離でもあった。
簡単に触れられる人たちを羨ましく思うなんて、我ながらバカな考えだ。
でもその仲良さそうな雰囲気に、"あぁこれが青根さんの世界なんだな"と思った。
優しい青根さんの周りもすごく温かいんだなぁと思ったら、なんだか胸がほっこりとして。
それと同時に、そこに入りたくても入れない寂しさも感じた。

『…友よ。人間なんて、こんなにも簡単に矛盾するもんなのね。』
「−は?」

隣で状況を見守ってくれていた友人に、かっこつけて言ってみる。
「何言ってんの」と呆れた声を出されたから、「哲学チックじゃない?」なんて哲学が何たるかも知らずに言ってみれば、ニヤリと笑った友人が顎に手をかけながら続けた。

「−跳子くん。恋とは常に、矛盾してるものなのだよ。」

言っている意味は全くわからなかったけど、笑ってしまったからには私の負けだ。


その後、初めて観るバレーの試合に私たちは圧倒され続けた。
生で観るボールの勢いや音は、人が生身で戦っているとは到底思えないほど。

青根さんたちからも、先ほどまでの温かい空気など微塵も感じられない。
ピリピリとした闘争心と、どん欲なまでの勝利への渇望。
全てを断絶するような、高い高い壁。
先程の横断幕の意味を今さら理解する。
相手に対するプレッシャーが観ているこちらまで届いて、思わず両腕をさすった。
そんな中でも信頼し合って、フォローしたり笑いかける姿が見えれば、少しだけホッとする。

あまり言葉を発さない青根さんの、身体の奥底から発したような雄叫びを聞く。
目を奪われるってこういうことなんだ、と体感する。
私の視界は色んな青根さんでいっぱいだった。
あんなに強いのに残念ながら2回戦で惜しくも敗退してしまったが、勝手に泣きそうなくらい感動して、試合の後もその場で呆然としてしまって。
いつの間にか声を張り上げていたみたいで、喉も痛い。

「−スゴかった、ね。」
『うん。スゴかった。』

ポツリと呟いた友人の一言。
私も同じ言葉を返す。たくさんのことを感じたハズなのに、他に何と言っていいかわからなかった。

『…私、メールで色々と情報を聞くより、青根さんのこと知れた気がする。』
「そうかもね。最初は怖そうな人とか思ったけど、あれはいい男だわ。」
『…あげないからね。』

クスリと笑った友人が、「わかってるから、上手くいったら誰か紹介してよね」と私の鼻をぶちゅりと指さした。
割と本気そうだったので、私はそのまま「痛いよ」と苦笑いだけを返した。

そうこうしている合間に、携帯が震えてメールの受信を告げ、私はハッとする。
確認してみれば、やっぱり青根さんからだ。
待っている間に、彼女がやってくれた髪とかちょっと落ちてしまったメイクとか直したかったのに、いつの間にか大分時間が経っていたらしい。どんだけボーッとしてしまっていたのか。

青根さんに急いで返信をし、小さな鏡でササッと身だしなみを整える。
背中を押してくれる友人に手を振り、いざ青根さんが待つ体育館の前へと急いだ。
透明な扉の向こうに少しそわそわとした様子の青根さんの姿を見つければ、私の足は駆けるように扉を抜ける。

『青根さん!スイマセン、お待たせしてしまって…!』

情けないことに、少し急いだだけで息があがってしまっている私を見て、青根さんが慌てて手で落ち着くように示してくれる。

「こちらこそ、残ってもらって…、」

ブンブンと首を大きく横に振りながら「ヒマだし、いいんです!」と言う私を見て、青根さんがフッと安心したように肩を下した。

『試合、すごく感動しました。バレーボールってスゴいですね。』
「…次は、勝つ。」
『はい!私もまた観たいです。…この後、青根さんは何もないんですか?』

こく、と頷く青根さんを見上げていると、スッと私の視線から目を逸らした。
−真っ直ぐ見つめすぎてしまったのかも。いや、むしろ見惚れていたというか。

「鈴木、さん。よければ…家まで、送る。」
『えっ。いいんですか!』
「…ハイ。」

私の顔をチラリと見てほんのちょっと笑顔を浮かべた青根さんが、「誘ってるのは、自分なんで」と少しだけ冗談っぽく言った。


並んで歩く初めての帰り道。
私は意図的にすごくゆっくり歩いているのに、青根さんは何も言わず、自然とそれに合わせてくれていた。
大きな歩幅で、なのに私のせいでひどくゆっくりと歩くので、まるでスローモーションのようにも見える。

『…スイマセン。歩きにくいですよね。』
「いえ。」

観念してそう聞いてみるが、青根さんはやっぱり嫌な顔一つしないでくれた。

私が何かを話せば、少し考えるように間をあけて、青根さんが短く言葉を返してくれる。
私の話なんて特別面白くもない内容なのに、ちゃんと聞き入ってくれてるのがわかる。
なんて幸せな時間なんだろう。

メールの文字と同じように、丁寧に紡ぐように言葉を辿る青根さんの話し方。
あまり大きくないけれど、耳に心地よく響く低い声が、私の少し上から降ってくる。
久しぶりに間近で聞くそれに、胸がときめいて仕方がない。
こうして直接会うのは久しぶりだと言うのに、私はどれだけ彼にハマってしまっているんだろう。

そんな風に歩いていたら、あっと言う間に家の近くについてしまって。
遠回りとかしちゃえばよかったかもと悔やみながら、「すぐそこがもう家なので…」と青根さんに伝えてみれば、彼の足がピタリと止まった。

『送ってもらって、ありがとうございました。』

立ち止まった青根さんの方に向き直り、私はお礼と共にバッと頭をさげる。
もっと何か言わないと、と焦っていたら、青根さんの口が小さく動いた。

「鈴木さん、」
『あ、はい!』
「…。」

声をかけくれたと思ったが気のせいだったのかな、と思うくらいに、たっぷりと沈黙を含んだ時間が流れて。
でも目はまっすぐ私を見つめているから、私はそのまま言葉を待った。
彼との間だと、こんな沈黙もただ愛しいと思える。
ゆっくりと開いていく青根さんの口を、ぼーっと見つめている自分がいた。

「…以前、に。」
『?』
「以前に、言ってた人とは、どうですか?」
『…え?』

ぼんやりと青根さんの声に聞き惚れていたのか、内容がスッと頭に入ってこなくって。
ハッとして、慌ててその意味を考えてみると、初めて会った時の失態に思い当たる。

『あっ!あの時は本当に、恥ずかしい姿をお見せして…。』
「いや、そう、いうことではなく…。」

バッと勢いよく頭を下げる私を、珍しく慌てたような声で青根さんが止める。

「…好きな先輩と、言っていた…、」
『えぇ?あ、もう、全然!どうもなく!キレイさっぱり大丈夫!です!』

つい力強く答えてから恥ずかしくなって、ぼそぼそと声が小さくなる。

『あんなに泣きついていてなんですが…。元より恋、とはちょっと違ったみたいで。』
「違った…?」
『はい。だから…。今とは、全然…。』

俯いて話す私の声が、背の高い青根さんに届いたかはわからない。
伝えたい気持ちをほんの少しだけ籠めてみるも、移り気なヤツだと呆れられてしまいそうで。
そんな風に思いながら、恐る恐る目線だけを見上げてみて−、
そして私は大きく目を見開いた。

「…よかった。」

私を見つめる青根さんが、安心したように優しく笑っていた。
ドキリと心臓を掴まれたようにその場で固まってしまった私を前に、青根さんの口がきゅっと一度引き締まる。
ほんのりと、耳が赤いように見えるのは気のせいだろうか。

「俺は、−鈴木さんともっと、近づきたい。」
『!』
「そして、もっと一緒にいたいと、思ってる。」
『!?』

どこかの誰かが、私の耳に都合いいようにアテレコしたのかと疑いたくなるほど、それは信じられない言葉で。
そのせいで何も答えられずにいると、ふっと緊張していた空気を和らげて青根さんが「じゃあ、戻るんで」と背中を向けた。

『戻る…?』
「…学校。」
『えっ?!』
「その前に、どうしても話したかった。」
『そんな、それなのに私はあんなゆっくり…!』
「大丈夫。…皆も応援、してくれた。」

最後にペコッと顔だけ振り向いて挨拶をくれ、ここまで帰ってきた時と違ってぐんぐんと離れていく大きな背中に、今更手を伸ばしたところで届くハズもない。
小さくなっていく後ろ姿が照れているように見えるのは、私が照れているからなのかも。

(何、今の−!)

一人残された家の前で、私は腰が抜けたようにへなへなとへたり込んで膝を抱えた。
青根さんのストレートな言葉は、破壊力が高すぎる。ちょうど今日観たバレーボールのスパイクのようだ。

とにかく、千載一遇のチャンスを逃してしまったような気がする。
青根さんに「私も」と直接伝えるために、また会える日を聞いてみないと。

次に送るメールの内容が決まったところで、私はもう一度膝を抱え込む。
あの日、青根さんが手当してくれた両膝の傷は跡形もなく癒えていた。

今はない傷跡を撫でるように触れてみれば、ポケットで携帯が震える。
友達からの【首尾はどうよ?】というメッセージが表示されていて、私は少し考えてからこう返した。

【人生、無駄なことなんて何一つないのだね。】

答えになっていないような返信に、きっと友達は怒るか、もしくは呆れるだろう。
でもあの膝と胸の痛みと引き換えに手に入れた今を思うと、やっぱり無駄だったことなんてないんだなぁなんて考えてしまったんだ。


とくめい様、リクエストありがとうございました!


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