●●●猫かぶりな天童くん
※特殊設定のお話なのでご注意ください。
「ニャーニャーニャー。」
今日の授業を無事に終え、特に用事もないからまっすぐ帰ろうと家が近い裏門の方に向かっている途中、どこからかそんな鳴き声が聞こえて私は思わず足を止める。
(猫…?)
声が聞こえた方へ振り向いてみると、私のすぐ足元に、パッチリした目をさらに見開いたような表情の猫が私の顔を見つめていた。
想像したよりも近くにいたせいで、私はちょっと驚いてしまう。
『な…、いつの間にそんなとこに…。』
「ニーニー!」
一生懸命背伸びをしながら、私の足へよじ登るように前足をかける。
こんな知らない猫になつかれるような覚えは一切ないんだけど、とにかく爪だけは立てないでほしい。
この靴下おろしたてなんだから。
とりあえず猫の視線に合わせてしゃがみ込んでみれば、なんだかすっごく見覚えのあるような顔をしていることに気付いた。
この猫目(というか猫なんだから当たり前なんだけど)とか、アヒル口っぽいところとか。
『んー、誰かに似てるんだけどなぁー…。』
そう一人で呟いて頭の中にモンタージュを作ろうとするが、すぐに目の前の猫の鳴き声でかき消される。
おかげで思い出せそうなのに思い出せない気持ち悪さだけが残って、なんだかモヤモヤとしてしまい、かわいいはずの猫の顔が途端に小憎たらしく見えてきてしまった。
猫の通常の性格は知らないが、もうちょっと控え目な感じとかあってもいいんじゃないだろうか。
「ニャーッ!ギニャニャー!」
『あーもう!はいはい、ごめんよ。』
そんな私の考えを知ってか知らずか、抗議するかのようにさらに大きな声を出し始めたので、私は謝罪の言葉を口にした。
猫の世界にも色々あって、この猫には何か切羽詰まるような事情があるのかもしれない。
そっとそのまま抱き上げて膝を伸ばせば、もう一度何かを訴えるように鳴いた猫が、器用にタシタシと私の肩を叩きながら自販機の方へとその首を伸ばした。
『…って、やっぱ空腹かい。』
仕方ない。
諦めと呆れのおりまざったため息をつきながら、私は猫を抱いたままお財布へと手を伸ばした。
確かにここの自販機には、ミルクのパックジュースがあったハズだ。
『さて、と。』
無事にミルクを買ってから私は辺りをきょろきょろと見回す。
買ったはいいけど、お皿なんてものはもちろん今持ってはいない。
とりあえず近くにあったベンチに腰と猫を下ろし、悩みながら通常通りストローをさしてみる。
その先をどうするか悩んでいたら、驚いたことに器用にパックを抱え込むようにして猫がストローをくわえ始めた。
『えっ、うわ!可愛い…。猫ってストローで飲めるものなの?』
んっくんっくと美味しそうに喉を鳴らす猫を見て、私は小さく感動の声を出す。
『というか、君が頭いいのかな?そうだ、写メ撮っちゃお。』
ポケットから携帯を取り出してカメラを向けてみれば、カメラ目線でドヤ顔を決める猫。
その時、先ほど作成を諦めたはずの脳内モンタージュが一気に完成する。
(この、ゲスいドヤ顔は…!)
そうだ。
同じクラスの天童に似てるんだ。
撮り終わった写真を見て、ますますその考えは決定的なものになる。
別フォルダにあった天童の写メと見比べても、やっぱりそっくりだった。
(というか、仮にも"好きな人"に似てるってのに、すぐに思いつかない自分どーよ。)
苦笑いを小さく浮かべながら、携帯をポケットにしまい込む。
本当は友達に、"可愛い猫の写メ"を送信しようと思っていたのだけど、天童に似てると思ったらなんだか恥ずかしくてやめてしまった。
顔を再び猫の方に向けてみると、すっかり飲み終わったのか「ケフッ」なんて幸せそうに息を吐いていた。
口の周りがちょっと白くなっていて、ストローなのになんではみ出したのか不思議に思いながら、私はハンカチで優しく拭う。
教室で憎まれ口を叩きあう天童にはとてもこんな風にはできないのに、天童似の猫となるとちょっと気持ちが優しくなれた。
『お腹いっぱいになった?』
「にゃー…。」
顔いっぱいで満足感を露わにしながら、猫がフラフラと私の方に寄ってきて。
何かと思えば、私の膝の上にコテンと丸くなった。
『えっ、君、寝るの?!』
私の驚きの声は届いているのか、むにゃむにゃと寝ぼけた人間のような声を出しながら猫はスッと目を瞑る。
気まぐれで自由気ままで、感覚と本能の赴くままに生きてる感じがまた天童っぽいように感じて。
それがほんのちょっと羨ましくもあった。
気持ちよさそうに寝息を立て始めた猫は、私が少し身動きをとっても全然そこから動く気配を見せない。
少しだけ立て膝気味にして猫の顔を見つめてみれば、見たことのない天童の寝顔を見れたような気分で、ちょっとラッキーだなんて思った。
(卒業までには告白、したいんだけどなぁ。)
面倒臭そうにしながらも、天童はれっきとした強豪白鳥沢学園男子バレー部のレギュラーだ。
今のところは部活が忙しいからか、彼女がいるという話は聞いたことはない。
けどこれから高校生活最後の修学旅行やら文化祭やらが待っていて、勝負をかけようとしている女の子だって多いと思う。
(でも、フラれるのはどうしても怖いんだよね…。)
どうにでもなれ!と思うには、まだまだ一緒にやりたいこともたくさんありすぎて至らない。
それに天童に対して素直になる、ということ自体が難しくもあるのだ。
『…天童のバーカ。』
膝の上の猫の寝顔を見ながらまた素直じゃない言葉を呟いて、でも軽くチュ、とキスをしてみた。
すぐに自分がしていることが恥ずかしくなって、浮かせていた膝をベンチに戻す。
が、それと同時に全く持って予想だにしない驚きの事態に。
『っ!?て、天童!??』
膝を戻した途端、なぜかそこにいたはずの猫が、天童に変わっていたのだ。
何度見直してみても、私の膝枕でスヤスヤと寝ているのは天童その人で。
パニック状態のまま硬直した私は、起こすこともできずただその仰向けの寝顔を見つめるばかり。
でも、そうしていても今の状況を理解できるはずはなかった。
どのくらいの時間が経っただろうか。
私の膝の上の天童がうっすらと目を開け、私はビクリと肩を揺らして再び固まる。
実際は5分やそこらだと思うが、すごく長かったような、でもあっという間だったようなよくわからない感覚だ。
「ふぁぁ…。」
あくびをしながらゆっくりと起き上がった天童が、目を擦りながら「跳子、」と私の名前を口にした。
私は色々な気持ちが混ざって何も答えられなかったが、そんな私を余所に目元を和らげた天童の顔がすっと近寄ってきたかと思えば、そのままチュッと口にキスをされた。
『っ!!』
「いやぁ猫って役得…、」
天童は私の間近でそんな言葉をボソリと続けた。
目を瞑る余裕もなかった私がわなわなと震え始めた頃、天童が「あれ」と目を見開く。
『…あの、て、天童…?』
「ん?なんで俺だって…って、ゲッ!戻ってる!」
自分の手足や体を見てようやく事態に気づいたのか、天童がすっとんきょうな声を出した。
「やべっ、ちょ、今俺…?」
『……。』
いつもは飄々としている天童が、明らかに焦ってる。
ちょっと珍しいような。
でも私だって充分焦ってるし、何が何やらわからないことだらけだし、でも何から聞いていいのかわからない。
そして、気まずい沈黙が流れる。
「…あーその。跳子、ごめんねっ。」
『…ごめん、と言うのは…?』
「どうせ気付かれるわけないし、ちょっと甘えてみようかなーなんて。」
謝罪から入った天童の言葉に、私は耳を傾ける。
「いや、なんか知らない間に猫になってて。」
『…まずそれが意味わかんないんだけど。』
「んで猫だったら、素直に跳子の側にいれっかなーと思ってさ。」
その言葉にバッと顔をあげて天童を見ると、少し赤くなった天童が、何故かちょっと悔しそうに口を尖らせていた。
「跳子が好き、なんだけど。なかなか言えねーし。」
『っ!』
「でもさっき先走ってキスしちったし、もう言うしかないっしょ。」
天童と並び座ったベンチが、私の緊張でガタッと揺れた。
『わ、私もっ!』
「!」
天童の顔を見れないまま必死でそれだけを返せば、次の瞬間には肩をグイッと寄せられて「んラッキー!」と天童の大きな声が響いた。
「…にしても、おっかしーなぁ。何で戻っちゃってたんだろ。」
ベンチから立ち上がりながら、頭をガシガシかく天童がそう首を傾げる。
何となく身に覚えはあって私はカーッと顔が熱くなった。
「?どしたん、跳子。」
『な、んでもないっ!』
天童が怪しむような表情を浮かべたけれど、やっぱりその答えは暫く言えそうになかった。
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