長編、企画 | ナノ

猫かぶりな木兎くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


「ぎにゃあぁぁぁ!」

頭上に響くものすごい鳴き声にギョッとして思わず上を見上げれば、木々の間から降ってきた何かが顔にビタリと貼りついた。

『っ!?!』

一瞬で真っ暗になった視界と降ってきた重量感に、私は無言のまま反射的にバリッと顔からそれを引きはがす。
ファサッとした柔らかい毛並みとふにふにした温かい生き物の感触。
声もなく、というよりもあまりに驚きすぎて声すら出なかったというのが正解だ。

そりゃ顔に何か得体のしれないものが突然くっついてくれば、誰だってめっちゃ驚くと思う。
心臓が胸を押し返すくらいにドクドクいってる。
普段は大人しくナリを潜めているが、今は"あっ、私生きてる"なんて改めて思うくらうの存在感を放っていた。

そんな心臓を落ち着かせようとふぅと深く息を吸い、引きはがしたモノと目を合わせる。
それは結局、鼻息荒くプルプルと震える一匹の猫で。
何と言うか…顔面蒼白というのが見て取れる、人間味溢れた猫だった。

『な、なんだ猫か…ビックリした。』

安堵とか疑問とか何だか色々な感情が混ざり合って、私は複雑な表情のまま思わず手の先の猫に話しかける。
というかあの勢い、下手したら首いってたんじゃないの?

『って、君、何で降ってきたの?』
「うにゃ…。」

私の目線から逃げるように、猫がスーッと顔を背けた。
なんだか気まずそうに目を逸らすその姿に、木兎の姿がダブる。

この目の逸らし方…貸したモノ忘れたり、何かをやらかした時の木兎にそっくり。
猫のくせに冷や汗すら見えそうだ。
あっ口も尖らせてる。そのうち下手くそな口笛とか吹きだしそう。

『…猫よ、何かごまかしてない?』
「?!」

私の言葉を受け、わかりやすく体全体でビクリと反応した猫が目を見開いた。
まるで"何でわかるんだ?!"とでも言いたげな顔と目が合い、私は小さく笑ってしまう。
ほら、やっぱり冷や汗かいてるし。

『知り合いが仕出かした時の顔とそっくりなんだけど。』
「っ!」
『まぁあっちは人間だけど…いや、梟かな。』
「…跳子さん?」

ブツブツと猫に話していると、後ろから知っている声が聞こえた。
呼びかけられた名前に答えるように振り向けば、赤葦くんが微妙な表情で立っていて。

『赤葦くん。どうしたの?』
「いや、木兎さんを探しにきたんですが…ついに独り言まで言うようになりましたか。」
『失礼な!猫がいたから話しかけてたの!ほら!』
「動物相手でもあまり変わらないかと…、」

失礼な視線を向けてくる赤葦くんに証拠の猫をつきつけると、その視線を私の手元に移した彼がピタリと言葉を止めた。

「…あれ。その猫…、」
『あ、赤葦くんの知ってる子?』
「いや、そういうわけじゃないんですが…。」

私の手元にいる猫をまじまじと覗き込む赤葦くん。

何も言わないままスッと手を伸ばして猫を引き取ったかと思えば、何かを確認するように何度か顔を見た後で一人頷き、赤葦くんはその猫の正面をくるりとこちらに向けた。
私は猫が返却されるのかと手を出しかける。

「跳子さん、すみません。ちょっと失礼します。」
『え、何……、んん??!』

そのまま赤葦くんは何故か猫を私の顔に押し付けてきて。
猫の唇が私に触れた瞬間、思わずギュッと目を瞑った。

「……やっぱり。」

一体赤葦くんは急に何をするのか。
猫とは言え人の唇を何だと思ってるのか。

聞こえてきた赤葦くんの呟きに「何が?!」と思いながら目を開ければ…、彼に両脇を抱えられた木兎が目の前に。

「うーっす!赤葦!跳子!」
『?!?』

明るく挨拶をしてくる木兎に、私は何も言葉は返せない。
対して赤葦くんは、はぁとため息だけを返した。

それをキョロキョロと見回した木兎が「ん?どうした?」なんて言っているけど、やっぱり私の言葉は出なかった。

だって意味がわからない!
イリュージョンなの?赤葦くんはそういう方なの?!
だったらそれっぽいリアクションをして欲しいんだけど。


唖然とする私を放置して、彼らは目の前で会話をし始める。

「…身軽だからと調子に乗って、木登りでもしてたんじゃないですか。」
「さすが赤葦!わかってんねー!すっげー高いとこまで登れてよー!」
「それで降りれなくなった、と。」
「いや、体がちっさいと地面までの距離感はんぱねーな!」

二人の会話は耳には入ってくるが、どうにも頭までは届かない。
いや、正確には頭に入ってきてはいるんだけどイマイチ意味が理解できない。
難しい単語が使われてるわけじゃないのに。

それでも、やり場のない目線を笑う木兎の顔に向けてただボーッと見つめていたら、つられて何だかこちらも楽しくなってくるから不思議だ。
私はつい頬が緩んでしまう。

(っヤバイ!こんな顔で見てたら気付かれてしまうかも。)

ハッとして木兎から視線を外し、慌てて下を向いた。

「…じゃあ俺はこれで。先に部活行ってます。」
「おー!赤葦サンキュなー!」
『……えっ。』

俯いたまま緩んだ頬を押さえるように顔をふにふにといじっていたら、何の説明もないまま赤葦くんが去っていく流れに。
バッと顔をあげれば満面の笑みで赤葦くんに手を振る木兎と目が合った。
や、かっこいいけども!
一体何が何だかわからないけど、上機嫌な木兎と二人きり。

『ちょっと待って赤葦くん!木兎がわかるように説明してくれるわけないんだけど!』

私の声は聞こえたであろうに、彼は遠目でペコリと小さく頭をさげてやっぱりそのまま去っていく。

いやいや、ペコリじゃなくて!

そう思って赤葦くんに手を伸ばしても、もう全然届くわけもない。
諦めるようにはぁぁと深いため息をついて木兎の方に改めて顔を向けると、「ん?」と笑顔のままキョトンとした表情。

…イラッ

『…木兎くん。どういうことか、私にわかるように、説明してくれるかしら?』
「どうした、跳子。変なしゃべり方して。」
『怒りというか、なんか叫びたくなる気持ちとか諸々を抑えてるのよ…。』
「あっはっは!変なヤツだなぁ!」

木兎が能天気にバシバシと私の頭をはたく。

…イライラッ

「まぁとりあえず?助かったぜ跳子。ナイス顔面キャッチだ!」
『…。』

いい顔で親指をビシッと立てた木兎の言葉は説明にはなっていない。ただただ謎を深めただけ。

だって私が顔面でキャッチしたのは確かに猫、だったハズだ。
それでお礼を言われるということは…、
っあ、あれは木兎の飼い猫か?!

無理矢理答えを見つけ出したのに、続く木兎の言葉でそれもまた崩れてしまう。

「あと戻してくれてサンキュー。猫の身体もそれなりに楽しかったけど、バレーも出来ねーしさすがにずっとは嫌だなって困ってたしなー。」
『戻…?木兎、一体何を言、』
「あれだな、次はミミズクとかになれねーかな?」
『次…??いや、ちょっと待、』
「やっぱどうせだったら空とか飛びた、」
『いい加減にしろぉ!!』

ご自慢のミミズクヘッドの分け目をグイと引っ張ると、「イテテ」と木兎がようやく言葉を止めた。

あ、この涙目。
やっぱりさっきの猫にそっくり。

「す…すみません。」
『ちゃんと説明して!要点、というか一番重要なところだけでいいから!』
「一番重要…。あぁえっと、俺がお前のこと好きだってことか?」
『はい?』
「だからこそ戻れたし、いやぁマジよかった!」

一番重要ってそこじゃなくて、あの猫が何だったのかとか、そういう…
って、えぇ?!

『ボク、ボク、木兎、が私、を?』
「ありゃ。跳子が真っ赤。めずらし。」

腰を屈めた木兎が私の顔を覗き込んでくるから、あまりの恥ずかしさにその顔を退けようと手を出した。
が、その前に両手をガシッと捕まれてどうにも逃れられなくなる。

「猫になろうがミミズクになろうが、跳子が側にいればすぐに戻れるしなー。」
『へ?』
「ま、っつーわけで!跳子、俺とつきあおーぜっ!」

とどめとばかりに木兎がニッコリと笑ってそんな台詞を吐いた。

腕だけじゃなく、覗きこまれた瞳にまで捉えられて私は全く動けない。
こんな時には、彼も立派な肉食獣なんだと痛感するんだ。

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