長編、企画 | ナノ

ふざけるあなたと焦る私


イライラした気持ちをぶつけるように、私は焼けた砂浜の上を大股で歩く。
わかってはいたが、改めて持て余している気持ちまで痛感してしまったじゃないか。

すると、サンダルを砂に引っ掛けたまま足を一歩出してしまい、目の前を歩く全然知らない男の人の足に砂をザッとかけてしまった。

「うぉっ、何だぁ?」
『あっ!ごめんなさい!大丈夫ですか?!』
「わ、女の子だ。可愛いじゃん、女子高生?」
「…ふーん。まぁ別にいいけど。」

砂がかかってしまった男の人と一緒に、隣に並んでいた人も振り向いて明るい声をあげた。
慌てて頭をさげている私を見て、砂をかぶってしまった方の人も足を払いながら声を和らげる。

「…んじゃ、お詫びに俺らと一緒に遊ばねー?」
『えっ?』
「おーっ!それいいね!」

驚きの提案に顔をあげると、二人ともニッコリと笑っていた。

『…あの、本当にゴメンナサイ。でも私、一緒に来ている人がいるので…。』
「でも今一人じゃん。」
『う。』
「ね、だったらさー…、」

確かに今は一人だし、連れであるはずの及川がさっきのお姉さん達と一緒に楽しそうに笑っている姿が頭に浮かんでしまって、私は思わず口を噤んでしまった。
もしかしたら及川は、私がいない方が楽しめるのかもしれない、なんて考えが一瞬頭を過った。

かと言って知らない人と遊ぶ気になんてとてもなれない。

ニコニコと笑いながら話しかけてくれる二人を見て、私はもう一度謝罪の言葉を口にしようとした。

『あの、でも−…わっ!』
「ハイ。そこまでー。」
「はっ?」

急に後ろに肩を引かれて、私は大きく体を傾ける。
足を後ろにつける前に背中を温かい感触で支えられて、倒れることはなかったけど。
首をあげてみれば、爽やか笑顔全開な及川の顔が見えた。

「どこに行っちゃったかと思ったよ。追いついてよかった。」
『お、いかわ…。』
「というわけで、彼女には俺という連れがいるので、下手なナンパは退散してね。」
「「……。」」

なんというか、笑いながらシッシッと追い払うような仕草をする及川から、妙なオーラが発せられてる。
それに気圧されるように、男の人たちが一歩後ずさった。
そのまま小さく口元で舌打ちをしてくるりと振り向いた背中に、私は慌てて声をかける。

『えっと、砂をかけてしまって本当にスミマセンでした。』
「別に海だし、気にしてねーよ。」

砂をかけてしまった男の人が顔だけ振り向き、そう言ってくれた。
そのまま及川の方に、睨みつけるような視線を向ける。

「…連れっつーんなら、あんな顔させてんなよ。」
「…関係ないでしょ。」
「まぁ、確かにそうだけどな。」

ヒラヒラと手を振って、今度こそ彼らが立ち去っていく。
悪い人たちではなさそうでよかった。

その背中をすっかりと見送ってから、「…跳子ちゃん」と不機嫌そうな声が頭上から聞こえてきてハッと気づく。
背中を、及川の胸に預けた体勢のままだということに。

『っと、ごめっ、』
「そんなのはいいから!」

慌てて離れようとする私を、及川が後ろからギュッと抱きしめた。
肌に直接あたる部分の熱がカーッと上がる。

『お、及川?!ちょ、は、離して。』
「やだ。」
『やだって…?!』

周囲を行く人の目線が集中しているように感じて焦る私を余所に、及川の腕にはさらに力が籠る。
私の首元に顔を埋めているせいか、声が、息が、耳にかかる。近すぎる。

「…本当に焦ったよ。あんなに気を付けてって言ったのに。」
『…!?』
「でもその表情、俺のせい?何か俺、気に食わないことした?」

恥ずかしすぎてジタバタと暴れる私を抑え込みながら、及川が「言ってくれないと、このままだよ」とだけ言った。
それは立派な、脅し文句だ。

『〜っ!!』

ほどけない及川の腕を掴みながら、私はようやくそこから抜け出すことを諦めた。
恥ずかしすぎて、顔が熱すぎて、今にも気を失いそうだ。
とにかくこの状況を打破することだけを考えて、私は小さく言葉を紡ぐ。
あまりの事態に、判断能力が低下していたとしか思えないような言葉を。


『…っ及川、が、』
「うん?」
『きれいなお姉さんに、ナンパ、されてたから…。』
「…へ?」

マヌケな声をあげた及川の腕が一瞬緩み、私はチャンスとばかりに抜け出そうとするが、さらにその腕がグッとしまってしまった。

『うぐっ!』
「ちょ、跳子ちゃん。今のホント?」
『な、何が?』
「こっから抜け出すためのウソ、とかじゃない?」
『そんなわけないでしょ!』
「!!」

今度こそダラリと緩んだ及川の腕から、私は無事脱出する。
密着していた肌にはすっかり汗をかいていて、夏の空気すら涼しいと感じるくらいだった。

(何、今の何なのもう〜っ!!)

いつもの冗談にしては性質が悪すぎる。
バクバクと鳴る心臓を押さえつけて、泣きそうになりながら及川の方をキッと睨みつけるが、私の目に映った意外な光景に次の瞬間には思わず目を見張ってしまった。

私に負けないくらいに真っ赤になった及川が頭を押さえてしゃがみこんでいたのだ。

『?!及川、どうかしたの?!』
「いや、ちょっと衝撃的に嬉しすぎて…。」
『は?』
「跳子ちゃん、さっきのって嫉妬−、」
『−あっ!』

体調でも悪いのかと慌てて近寄った私の目に、及川の足元に砂まみれになった焼きそばとたこ焼きが飛び込んできた。
どうやら及川が落としていたらしい。

『ちょっと及川!食べ物を無駄にしたわね!』
「えぇ?跳子ちゃん、気になるのそこなの?今はそういう場面じゃないでしょ!?」

あまりの悲しさに、それまでのことは全部吹き飛んでしまった。
砂にまみれたたこ焼きたちを拾いながら泣きそうになっていれば、隣でため息をついた及川も焼きそばを拾い集める。

「わかった!ごめんって!買い直しに行くから。」
『うぅー…。』

子供をなだめるような口調で及川が言い、ブツブツと「せっかくのチャンスが…」とか呟きながら立ち上がる。
並んでゴミ箱に向かう途中、未だに口を尖らせている隣の及川の顔を見上げた。

『及川。…私も、一緒に行く。』
「えっ。」

目を見開いた及川が私の顔を凝視するから、つい居たたまれなくなって「何、イヤなの?!」と大きな声を出してしまえば、ブンブンと首を振った及川がくしゃりと笑った。

「嬉しいよ。一緒に行こ。」



−その後、せっかく買い直した焼きそばもたこ焼きも、ニコニコと上機嫌な及川が調子にのって「あーん」とかしてふざけてくるから、ろくに味もわからなかった。

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