長編、企画 | ナノ

猫かぶりな赤葦くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


先生の都合で授業時間の交替があり、急遽できてしまった空き時間。
友人は彼氏とイチャイチャして過ごすと言うし、とりあえずめっちゃヒマ。
なので部室に置いてある木兎のマンガでも読もうかとそちらに向かって歩いていたら、物陰から「ナァ」と控えめな鳴き声が聞こえた。

『?』

ぐるんと声の聞こえた方に顔を向けてみれば、壁から顔半分だけ覗かせている猫がじっとこちらを見つめていて。
「可愛い!」なんて勢いよく向かいそうになる自分をグッと押さえ、私は黙って猫を見つめ返した。

警戒心は強そうなのに、どこか求められているような不思議な視線。
いや、そんなわけないんだけど、何故かそう見えてしまう。

とりあえず、抱っこしたい。
でも目を合わせたまま向かっては逃げられてしまいそうだから、一度視線をスッとはずしてみた。
視界の端っこで私を見上げている猫にあまり興味のないフリ。
そのまま何気なーく横を通り過ぎようとしてから、バッと体を反転して捕獲にかかる。

「っ!」
『アダッ!』

その瞬間、猫は鳴きも焦りもしなかったが、ただ条件反射のように猫パンチされた。

多分実際には結構ビックリしたんだと思うけど、それにしても見た目に出ないなこの子。

そんな勢いで捕まえたけれど、その後も嫌がる素振りを見せずに全然大人しいまんま私に抱かせてくれた。
だったら普通に近づけばよかったのかも、なんて思いながら頭をそっと撫でてみれば、気持ちよさそうに目を細める。

『君、学校に迷い込んできたの?』
「…。」
『お腹、すいてる?』
「……。」

私の質問に声を出すことなく、ただたまに小さく首を振って答える。
腕の中の猫が見えない人から見たら、ただの怪しい独り言をつぶやく女になってそうだ。
周囲に人影があるわけではないけれど一応猫の存在アピールのためにひょいと眼前まで持ち上げてみても、特に猫に大きな反応は見られない。
なんか妙にクールというか、落ち着いてる猫だ。

…まぁでも性格の悪いことに、私的にはそういう相手ほど構いたくなるんだけど。

『猫くん、猫くん。』
「…。」
『…いないいない、ッヴァー!!』
「………。」

渾身の変顔も空振りに終わる。
…これ、赤ちゃんにギャン泣きされるくらいの自信作なんだけど。
というか猫相手何してるんだ、私。
猫からの呆れるような目線が痛い。この刺さり具合は…赤葦のそれに似ている。

『んんー…?』

そう思って見てみると、顔立ちも赤葦っぽいような気がしてきて。

目の前の猫をより近づけてガン見してみると、覗き込んだ目に少し動揺の色が見えた。
うん。やっぱり赤葦にかなり似てるかもしれない。
同時に猫くんの顔に赤葦の呆れ顔がダブって見えて、私は思わずクスリと笑ってしまう。

バレー部の後輩で、でもそう思えないほどしっかりしている赤葦。
バカなことに乗ってきてはくれないけど、ちゃんとツッコんだり、相手にはしてくれる優しい人。
無表情な中に小さく見える感情の起伏とかに気づくと嬉しくなって、私はついついいつもやりすぎてしまうんだけど。
そのせいか、最近いよいよ木兎とセットでかまいに行こうとすると、サッと素早く逃げられるようになってしまった。
つまり何が言いたいかと言うと…、個人的に赤葦不足中なのだ。

『赤葦…。』
「?!」
『あーもう!赤葦が好きすぎてこう堪らないんだけど!わかる?この滾る感じ!』
「……。」

勝手に私の赤葦愛の行き場に決定されてしまった猫くんをぎゅうっと抱きしめ、早口で語りかける。
相変わらず鳴きもせずされるがままの猫の目が何か言いたげに私を見つめた。

"すいません、わかりません。"

猫くんの目を見たら、どこからかそんな赤葦の声が聞こえた気がして。
でも気にしない。

『海とかにはさー、押してダメなら引いてみればいいんじゃないかな、なんて言われたけど。』
「…。」
『赤葦見たらこうウズウズしちゃって耐えられないんだよねぇ。所詮私みたいな凡人には、海みたいに悟り開けないし。』
「…ッ。」

私の言葉を聞いて、猫がほんのちょっと吹き出した。
ビックリして猫を見つめてみれば、気恥ずかしいのか素知らぬ感じですーっと目を逸らされる。

(猫って笑いを吹き出したりするもんなの?全然知らなかった。)

まぁでもただの私の見間違いかもしれないけど。
やたらと人間くさく見えてきた猫にちょっと気が抜けた私は、ふぅと息をついて猫を抱き直しながら小さく本音をポソリ。

『っていうか、本音を言えば、私が引いたらそこで終わっちゃいそうだし。ちょっと怖い。』
「…。」
『…まぁ実際押しまくってるのもどうなのかな、とは思うけどね。赤葦は優しいから言わないだけで、迷惑してるんだろうなー…。』

今度は腕の中の猫の方が少し驚いたように目を見張り、ピクリと顔をあげた。
その首元を人差し指でそっと撫でながら、私はため息をつく。

「…にゃー。」
『んー?あ、ごめん。くすぐったかった?』

久しぶりに鳴き声を出してモゾモゾと動く猫のために腕の力を緩めれば、猫がスッとその場で姿勢を正した。
降りるのかと思ったけどそうではないみたい。ただ私に向かって首筋を伸ばす。

ちゅ、と唇をかすめたくすぐったい感覚に思わず目を瞑る。
猫って慰めてもくれるんだなぁなんて思いながらそっと目を開ければ、何故か目の前に立つ赤葦の姿。

『?!!』
「…跳子さん。」
『え。な、ど、どういうこと?何で赤葦がここに?え。今の猫くんは?まさか赤葦が猫だったとか、』
「はぁ。」

まさかありえないと思いながら口にした言葉に返ってきたのは、これまたまさかの赤葦の肯定の言葉。

『ちょ、何で言ってくれなかったの?!』
「すみません。…好きで黙っていたわけじゃないんですが。」
『いや、まぁ、そりゃそう、なんだろうけど。』

例え猫になった状態だったとしたら、しゃべれるわけもない。
それはわかるけど、そうじゃなくて、その前提部分!
"例え猫になった状態"の方が問題なのだ。
なのに赤葦は妙に落ち着いてるし、慌ててる私の方が変みたいだ。


二の句が告げなくなって、あんぐりと口を開けた私を余所に、赤葦が何かを思い出したかのように小さく「あぁ、でも」と呟く。

「喋れたとしたもやっぱり黙ってたかもしれませんね。こんなチャンス滅多にないので。」
『は、い?』
「俺の好きな人は、なかなか本音は教えてくれないんです。」

淡々とした口調で赤葦はそう言って、私の顔をじっと見つめる。
その視線から目を逸らせないまま、頭の中では"もしや"と"まさか"が入り混じってぐちゃぐちゃになった。
それを整理するよりも先に、見つめ合ったままの赤葦が小さく微笑んだのを見て、ぶぁっと顔が熱くなる。

今そんな風に微笑まれたら、期待が大きくなってしまうんだけど。

その赤葦の口がゆっくりと開く。
何を言うの?
ドキドキする胸を無意識に押さえながら、私はゴクリと息を飲んだ。

「跳子さんが引いたって終わりませんよ。でもたまには俺にも追わせてください。」
『っ、それって…。』
「…俺も男なんですよ。」

赤葦の掌が私の頬に添えられたかと思えば、「跳子さん」と呼びながら近づいてきた唇に、私はなす術もなく食べられる。

頭がぽーっとしてガクリと膝の力が抜けてしまっても、赤葦の腕の力が弱まることはなかった。

こんな顔、初めて見る。
色っぽいような、熱っぽいような。
あ、気持ちいい。
片手で私を支える腕。力、強い。
赤葦とキス、なんて。夢かも?
息が、苦しい。でも離れたくない。

そんな幸せの断片がとめどなくどんどんと溢れてきて、私の脳内は赤葦でパンパンだ。
赤葦が男だなんてことは十分知ってるつもりだったけど、実はよくわかってなかったのかもしれない。

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