長編、企画 | ナノ

同居、始めました。


(ま…まぶし…、)

カーテンの隙間からチラチラと差し込む光で目が覚める。
それと同時に枕元のあった携帯から耳障りなアラーム音が鳴り響いた。
よくわからないけど、あまり好きな音じゃないと思った。

(もうちょっと、こう、鳥のさえずりとか…、)

確かにその方が耳なじみはいいかもしれないが、自分がそんなもんで目覚めるわけもないな、とすぐに思い直す。
だからこれくらいの音の方がきっとアラームとしては有能なんだろう。

無意識に手を伸ばしたのか、いつの間にかアラームは止まっていた。

『ふぁぁ…。』

案の定もう一度眠りにつこうという私の意に反して、身体の方はムックリと起き上がった。
ぼーっとする頭で考えても理由はわからず、出ていたあくびを止めて私はとりあえず目を開けてみる。

それでわかったことといえば。
現在地:ベッドの上ってことくらい。

「んん…。今日から学校か。」

その時、身体が大きく伸びをすると同時に、男の人の声が聞こえた。
いや、正確には聞こえたという表現は間違っているかもしれない。
だって自分の口から発されたような。
でもあくび以外に私は声を出した覚えはない。

自分以外の声が自分の中に響くのは、一体どういうわけだ。
それにやっぱり私は、私の身体をこう動かしているつもりはない。
不思議な感覚に陥り、私は何度か首を捻る。

意味がわからないまま身体は動き、部屋から出て大きな洗面台に向かっていった。
到着した私の視界に飛び込んできたのは、覗き込んだ鏡と、その中央にドーンと映った強面の大きな男の人の姿。

(っ誰!?)

…誰かも知らないし、ちょっと顔が怖いんだけど!
この人一体いくつ?!

「髪伸びたなぁ。」

寝起きで乱れた少し長めの髪を引っ張りながら、今度は間違いなく口に出して鏡の中の彼は言った。
彼の、だけど、感覚的には私の口。
そのまま動かした手に伸びたヒゲが当たって、私はさらに混乱する。

何なの、コレは!どういう状況なの?!
だって私女子だし!ヒゲないし!
この方がどこのどなたか知らないけど、とにかく私には女らしい名前だって−、

(…あれ?)

ふと、考えが止まる。

(私の名前は、……私、は、誰だっけ?あれ、思い出せない…。)

別に暑くも寒くもない気温で身体には全然かいていないのに、私の心には冷や汗が流れ出した。

自分が何者かわからない。
そしてこの私を搭載した体の人が誰かもわからない。
でも私は私でここにいるけど、この人はこの人の意思で行動してる、みたいだし。
あれ、じゃあ私は、何?

(…もしかして私、知らない男の人の頭の中にいる−?)

ありえない答えを導き出した自分の頭に、「あははーまさかねー」と乾いた笑いを浮かべながら何度か否定の言葉を思い浮かべてみるも、目の前の現実が否定の言葉についてこられずますますそうとしか思えなくなってきて。

『何コレ!何なの、どういうこと?!』

思わず大きな声を出すけど、それに対する答えはどこからも返ってこない。

そして気付く。
私がこんなに大声を出しても、この身体は何も反応していないことに。
声を出す反応も、声が聞こえた反応もない。

(つまり、私の声は、誰にも聞こえないということ…?)

パニックを起こしかけた私の顔に、ばしゃりと冷たい水が浴びせられる。

『ぎゃっ!冷たッ!』

それにビックリしているのはどうやら私だけで、彼の身体はそのまま気にせずバシャバシャと顔を洗っていた。
強制的に目覚めさせられはしたが、私はそれでもただ呆然とするだけ。

そんな私の存在なんて露知らず、彼は水気を拭きとった顔を鏡に向けてもう一度髪の毛に触れた。
私の指先にもそのふわりとした感触が伝わり、思ったよりも柔らかいそれに妙に安心したのかそれとも逆に混乱したのか、私はどうやら彼の頭の中でバタリと気を失って倒れ込んだようだ。


プツリと途絶える記憶の最後に残ったのは、彼がボソッと呟いた言葉。

「今日切りに行くか。…どうせヒマだし。」

その時の私には、彼のどこか自虐を含んだような苦笑には全然気づけなかった。


同居、始めました。
 −ただし、脳内です。

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