長編、企画 | ナノ

状況、把握しました。


ここ何日か過ごしてみて、私は少しずつ色々なことを理解し始めた。
理解と言ってもあくまで状況把握だけで、決して納得ではないけれど。

−まず、私がお邪魔している"彼"のこと。
東峰旭くんという名の彼は、意外にも高校生だった。
こう言っては失礼だが…最初は制服を着ていることに結構本気でビックリした。とても大人びていらっしゃる。
烏野高校という学校に通っているピカピカの3年生だ。クラスは3組。
そしてもっと意外なことに、彼は見た目よりもだいぶへなちょこというギャップの持ち主だった。

−そして、"自分"のこと。
こちらはあまり目新しい進展はないが、とにかく私には私自身に関わる記憶(家族や友人など)はほぼない。
でも日常的な物事は普通に覚えているようだ。
自分に関しては、感覚的に"女である"ということと、何となく"高校生っぽい"というくらい。
年齢に関しては覚えているというよりも、旭くんが受ける授業を一緒に聞いていて、彼と同じかもうちょっと下くらいなんじゃないかと感じただけなんだけど。

どうやら私は、何らかの理由で旭くんの頭の中に意識だけ間借りしている状態のようだ。
しかも不法侵入な上無断滞在という。…これ、無意識でも犯罪かな。
だから私には彼の身体を動かしたりするような主導権はないし、私の言葉が彼に届くわけではなくて。
彼の身体の感覚と感情を一方的に共有しているとでも言うのか。


「−よし。じゃあ今日の欠席者は二人だけだな。春休みに自転車の曲芸乗りなんてやってこけたおバカなヤツは、来週には来れるらしいから歓迎してやってくれ。」

旭くんの担任の先生の言葉に他のクラスメイトがクスクスと笑う中、旭くんは困ったように微笑みながらも心配しているような感情が広がる。

そう、だいたいこんな感じ。
心の中で考えていることまではわからないけど、喜怒哀楽とかはわかるというか。

…それにしても見た目に反してこの人は本当にすごく優しい人だ。
私には、春休み明けからまだ来ていない彼らがどんな人かは全く知らない。
まぁそこまで大きなケガじゃないらしく、理由が理由なだけに先生もこうしてネタにしているだろうに、彼は本気で心配しているみたいだ。


本日も無事に一日を終え、旭くんはクラスメイトたちと挨拶を交わしながら帰り支度を始めた。

一つ気になるのは、毎日放課後になると彼の心は少し曇ること。
何だかモヤモヤとしているのは感じるけど、私にはもちろん理由はわからない。
普通学生というのは、放課後になれば授業から解放されて喜ぶものだと思っていたのだけど。

「今日、部活の場所変わるってコーチが言ってなかったっけ?」
「あぁそういえば…、」

教室から出て行く男子の会話が耳に入り、私はふと疑問を持った。

(そういえば、旭くんは部活には入っていないのかな?)

体育の時間を見る限り、旭くんは運動が得意だし本人も好きなんだろうと思う。
背も高くガッシリとした大きな体躯を持っているし、彼はどんな部活でも出来そうだ。
私には関係のない話ではあるが、何だかもったいないなぁなんて思った。

帰り支度を終えた旭くんが鞄を持った手をヒョイと持ち上げ、まだ教室に残っている友人の声に手を振って廊下に出る。
しかし足を一歩踏み出したかと思ったら、何故か旭くんはバッとその足を教室内に戻してしまった。
旭くんに続いて教室を出ようとしていた子と思わずぶつかりそうになり、「ごめん!」と旭くんは慌てて先を譲る。

数秒固まった後、恐る恐る顔だけを出した彼の視線の先には二人の男の子の背中があった。

(…?)

胸に広がる苦い思い。
これは…後悔と自責の念のように思えた。
旭くんはそれを抑え込むように唇を噛みしめて彼らの背中を見送る。
ぐっと手に力が入ったせいで、握っていたドアがミシリと軋んだ気がした。

「…隣のクラスとは言え、部活に行かないとなかなか会わないもんだな。」

ボソリと呟いた声は他の誰にも聞こえてはいないけど、彼の中にいる私にはしっかりと届いてしまった。

(…部活、入ってたんだ。)

先ほどの疑問の一つに答えは出されたけれど、さらに大きな疑問が生まれてしまう。
こんなに胸が痛くなるほど、彼に何があったというんだろうか。

見つめていた背中はもうそこにはいない。
でも、旭くんは何かに足を絡めとられているかのようにその場から動けそうになかった。


状況、把握しました。
−でもまだまだ込み入った事情がありそうです。

|

Topへ