長編、企画 | ナノ

海派な俺と山派な君


「デートに行くならどこがいい?」

たまたま見かけた食堂で、オムライスを食べる跳子ちゃんの隣を陣取り、頬杖をつきながらそんなことを聞いてみた。
俺の唐突な質問に、跳子ちゃんは食べている手をピタリと止めて、怪訝な表情でゆっくりと俺を横目で見上げる。

『なんでそんな事聞くの?』
「そりゃぁ気になるからじゃん。」

合った視線を逃さないよう、俺はニッコリと微笑み付きで返した。
オムライスが運ばれるために空いていた跳子ちゃんの口が、少しイラだったように歪む。

『…及川のいないところ。』
「そういうことじゃなくて!!跳子ちゃんって食べてる時に邪魔すると、より一層辛辣になるよね!」

まぁ解ってたけど。

「いい加減泣くよ!」なんて言ってみても、跳子ちゃんはふんっと鼻を鳴らして引き続きもくもくとスプーンを口に運び始めた。
でもじっと見つめているこちらにはしっかりと気づいていて、なんだか気まずそうに一瞬チラリと見てからため息とともに小さく呟く。
−そう。完全にスルーも出来ないってことも、知ってる。

『別に、場所なんてあまり考えたことないけど…。』
「そうなんだ?んー、じゃあもうすぐ夏だし、海と山だったらどっちがいい?」

小学校の時、林間学校と臨海学校のどちらがいいかアンケートがあったなぁなんて思い出しながら、俺は質問を追加する。
あの時俺は迷わず臨海学校に○をしたのに、結果的に林間学校になったんだっけ。

『えー…?別にどっちでもいいかな。というかどっちも行きたくない。』
「跳子ちゃん、もうちょっと若さを見せてよ…!」

適当な答えとは裏腹に、跳子ちゃんが真剣な顔でお皿の隅っこに残った最後のオムライスを一生懸命スプーンに乗せようとしている。
寄った眉間がちょっと可愛い。

『…あんま興味ないし。』
「そう?跳子、前に山に行ってハイキングとかたけのこ堀りとかきのこ狩りとかBBQとかやりたいって言ってなかった?」
『ちょっ!…アレはデートとかじゃなくて、おいしそうだなってだけだし!』

向かい側に座っていた彼女の友人が笑いを堪えるようにそう言うと、跳子ちゃんは慌てたように顔をあげた。
カシャンと勢いよく置かれたスプーンが、お皿の上で左右にコロコロと揺れている。
…せっかくご飯粒全部乗っかったのに、残念だね。

「えー…。つまり跳子ちゃん、山派なんだー。」
『べ、別にそういうわけじゃ…!』
「絶対海のがいいと思うのになー。ねっ!」

キラキラと目を輝かせる俺の様子に、跳子ちゃんが少し何かを考えてから視線が合う。
おっ、もしかしてちょっと乗り気になった?

『…潮干狩り?』
「違うよ!」
『じゃあ…海釣り?』
「違うって!跳子ちゃんいい加減食べ物から離れて!泳ぐの!水着で!!」

不思議そうにしていた跳子ちゃんの表情が、俺の最後の一言で急激に冷めたものになった。

いや、別に変なつもりで言ったわけじゃないんだけど。
だって夏の海なら普通泳ぐし、泳ぐなら普通水着でしょ!

仕切り直すようにふぅと大きめにため息をついて、俺は言葉を続ける。

「小学校の時もさー、アンケートの結果とかで海じゃなくて林間学校になっちゃったんだよねぇ。何で皆海が嫌なのかわかんないんだけど。」
『動機が怪しい人がいるからじゃない?…小学校の時から、女の子の水着が好きとか…。』
「ちょ、それまさか俺のことじゃないよね?!言葉に気を付けて!もっと純粋な気持ちだよ!」

明らかに俺のことを示しているであろう跳子ちゃんの発言を慌てて否定する。
それにしても随分な言われようだ。

「俺が言いたいのはこう、海そのものの魅力だよ!青い空に白い入道雲。焼けた砂浜に眩しい太陽…!そして−、」
「色とりどりの水着たち−ってか?」
「!?」

海の魅力を必死に訴えていると、背後から嫌な声が聞こえてきて。
ゆっくりと振り向けば、でっかい3人の男が仁王立ち。

「…そんなこと思ってもないし。まっつんのムッツリー。」
「…って及川は言ってますが、実際のところはどうなんですか同小の岩泉サン。」
「ゲッ。そこにふっちゃう?」
「あぁ。同じ学年の女子っつーより、どっちかと言えば担任(女)の水着が見れねぇってうるさか−、」
「岩ちゃん、ほんとやめて!」
「ほんと、ブレてねーなぁ。小学生ん時から。」
「どういう意味さ、マッキー!」

なんて余計なことを…。
そもそも何で揃ってこんなところに、と口に出そうとするが、その前に自分で理由を思い出す。
そう言えば昼休みに、IH予選のことで監督のところに行くって言ってたっけ。

かと言ってこのイメージのまま去るなんて、ちょっと俺最悪すぎない?

「岩ちゃんだって臨海学校がいいって言ってたじゃん!」
「まぁな。だって暑ぃし。」
「まぁ岩泉はそうだろうな。」
「『うん。』」
「何で?!」

なんかちょっと納得できないんですけど!
跳子ちゃんやそのお友達までうんうんと頷くとか、何なの岩ちゃんの信用度!

腑に落ちないままぶちぶちと口元で文句を言いながら立ちあがりかけた時、「あぁでも」と岩ちゃんが何かを思い出したのか何気なく話しはじめた。
…おぉ、もしかしてフォロー?

「そういやあん時結局諦めきれなくて、及川と二人して浮き輪つけたまま林間学校行ったな。呆れられながらも意地はってそのかっこで山登って、んで無理矢理見つけた川に入って、結果流されて死にかけてすげーさんざん怒られたわ。」
「岩ちゃん?!何で言っちゃうのさ?!」
「「マジか!お前らバカすぎ!」」

信じた俺がバカだったよ!

岩ちゃんにあっさりと黒歴史をバラされ、マッキーとまっつんに思いっきり笑われる。
さらに言えば、びしょびしょで家に帰って親にもめちゃくちゃ怒られたことまで思い出してしまった。
「もう!」と岩ちゃんに文句を言おうとしたら、座っていた跳子ちゃんとお友達もブッとふき出したのが聞こえて。

『ほんと、何してんの二人とも!』
「そりゃ怒られるわ!」

−あ。笑った。すっごく普通に。
俺の性格のせいか跳子ちゃんの性格のせいか、あまりそれは普段お目にかかれないレアな笑顔。
それを見て力が抜けたようにふぅと息をついた。
これなら、あの時のバカな自分も報われそうな気がするから、仕方ないね。


−さて。
そろそろ行かないといけないし、そんな笑顔も見れたところで本題に戻しますか。

「というわけで、跳子ちゃん。夏になったら俺と海に行こうね。」
『ぶっ。今の流れで何でそうなるの?!行かないよ!』
「えぇ?−あ、まさか跳子ちゃん…泳げないの?」
『は?いや泳げるし!』

まぁそうなりますよね。
残念ながらすんなりとOKしてもらえるなんて、カケラも思ったことはないんだ。

「そうなの?いやでも実際プールと海じゃ全然感覚違うし、本当に大丈夫って言える?」
『…えっ。』
「うわ、自信なさそー。」
『だ、大丈夫だし!いいよ泳いでみせればいいんでしょ?!』

よし。これで上々でしょ。
跳子ちゃんの言葉にニッと笑って、ピースサインをしながら俺は立ち上がる。

「じゃあ決定だね。−お待たせ、行こっか。」

そして俺は、あんぐりと大きく口を開けた跳子ちゃんに手を振り、呆れ顔の岩ちゃんたちの背中を押す。
立ち去る後ろから聞こえてきた跳子ちゃんたちの会話に、思わず笑いそうになってしまった。

『−あ、あれ?』
「…跳子。あんたほんとチョロいわ。」


そんな事ないよ、とは残念ながら言ってあげられないかな。

うん。とにかく、今から夏が楽しみだなぁ。

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