長編、企画 | ナノ

ワンコな俺とニャンコな君


部活が始まる前の体育館に、跳子ちゃんが珍しくひょっこりと顔を覗かせた。
キョロキョロと遠慮がちに館内を見回し、知ってる顔しかないことに少し安心したように一歩身体を前に出す。

『すいません、失礼しま−、』
「跳子ちゃん!」

俺は飼い主を見つけた犬のごとく、ピクリと反応して素早く扉に向かった。
尻尾があったらちぎれんばかりに振ってそうだ。

『あ、及川。部活前にごめん。』
「別にそれは全然いいよ!どうしたの?練習見に来たの?」
『いや、貴大くんに少しだけ急ぎの用事があって…、』
「おー、どした跳子。」
『あ、貴大くん。』

跳子ちゃんが言い終わらないうちに、マッキーが気怠そうに歩いてやってくる。

…まぁそんなことだろうとは思ったけど。
何度誘ったって跳子ちゃんが首を縦に振ってくれたことなんてないし。
試合はまた別みたいで来てくれたりもするけどさ。

(でも俺なんてマッキーと違って走ったんだけど?)

そのまま退散するのも悔しくて、隣でじっと見つめる俺を気にせずに二人は何か話をしている。
どうやら親戚内で何かの集まりがあるのか、「食事会の人数、今日までだったみたいで−…」なんて声が聞こえた。

「あーでも俺、やっぱ部活あるし不参加だわ。」
『だよね。そうだろうとは思ったんだけど一応確認と思って。』
「いや、わざわざ悪いな。」

優しげな顔で、マッキーが跳子ちゃんの頭にポンと手を置いた。
対する跳子ちゃんも別に照れるでも怒るでもなく、「んーん、別に」と笑ってる。
…すっごい自然なところがなんか嫌だ。

モヤモヤを胸のうちに隠しながら立っていた俺の方に視線を向け、跳子ちゃんが申し訳なさそうに眉根をさげる。

『及川も、邪魔してごめんね。』
「全然邪魔なんかじゃないよ。」

珍しくしおらしいというか、素直というか…。
きっと本当に部活の邪魔をしてしまっているとか思ってるんだろう。
そんな彼女にちょっとイラついて、さっきマッキーが手を置いた場所をグィと指で押してみた。

『イッタ!何?!』
「っていうか、いつも俺跳子ちゃんに"観に来てねー"って言ってるじゃん!」
『だからいつも私"行かない"って言ってるじゃん!』
「何でそんな頑ななのさ!」
『だって…、』

そこまで口にしてからグッと言葉を詰まらせて彼女は押し黙ってしまった。
目線で続きを促せば、気まずそうに視線を逸らした跳子ちゃんが口元でボソボソと言い訳するように呟く。

『…皆が真剣に頑張ってるのに、無関係な私が何もせずにただ見てるのってどうなのかなーって思うし…。』

何故か少し怒ってるような、ふて腐れてるような姿を見てふと力が抜けた。

(…なんだ、そんなことか。)

まぁ彼女らしいと言えばらしいけど。

ため息をつきながら頭を一つ掻いて、俺は下を向く跳子ちゃんの旋毛を見下ろした。

「応援してくれれば、何もしてないわけじゃないよ。」
「まぁそりゃそうだな。」

俺の言葉にマッキーが同意すれば、跳子ちゃんがピクリと耳をそば立てた猫のように背筋を伸ばした。

『それは−、』

顔をあげた跳子ちゃんが何かを言いかけた時、彼女の後ろからチリンと言う鈴の音と「ニー」という鳴き声が聞こえた。
皆揃ってそちらを見れば、縞模様のキレイな小さな猫が首を傾げるように座っていて。

「え、子猫?!こんなところに?」
「珍しいな。首輪してるし、飼い猫が紛れ込んだのか?」
『…。』

自分のことを話しているのが解るのか、佇んだままの猫がフサッとした尻尾を一度振ってもう一度鳴いた。

「可愛いねぇ。でもちょっとこれから流れ弾とか飛んでくるかもだし、ロードワークの部活連中とか来るから危ないかもね。」
「まぁそうだな。…跳子、学校の敷地の外まで出してやってくんね?無理そうか?」
『…うん。まぁそれくらいなら、大丈夫かな。』

思わず跳子ちゃんの言葉に驚いて振り向く。
そんな俺と目が合った彼女は、微妙な顔をしながら口を尖らせた。

『…何。』
「跳子ちゃん、猫キライなの?」
『キライっていうか…。あの気まぐれっぽいところがちょっと苦手。』
「へぇ。初めて知った。跳子ちゃんっぽいのに、意外。」
「同族嫌悪ってヤツじゃね?」
『え?っていうか私、猫っぽいの?!』

目を見開いた跳子ちゃんに、俺もマッキーもただ笑うだけで何も言わないでおいた。

するとそれにイラッとしたのか、跳子ちゃんがギリリと唇を噛みながら俺たちの肩にグーパンチを跳ばす。
−ほら、やっぱちょっと猫みたいだ。

自分から意識がそれたのが気に食わなかったのか、シマシマの本物の猫の方が俺の足元にジャレついた。
そんな猫を抱き上げながら「んー」と声に出して考える。

「俺はどっちかというと犬、かなぁ?忠犬っぽくない?」
「忠犬…。駄犬とは言えないあたり腹立つな。」
『…確かに。』
「何か失礼だよね、二人とも…。」

割と本気で言っているような二人に、俺はジトリとした視線を向けた。
すると、コートから岩ちゃんの大きな声が響いてきて。

「お前ら、今日やっぱ二年は遅くなるみてーだから、先に部活はじめっぞ!」
「おー、今行くわ。」
「ほーい。」

コートからだって岩ちゃんの大声は聞こえるのに、わざわざここまで呼びに来てくれた岩ちゃんに返事をしながら振り向くと、岩ちゃんは目を見開いて俺の手元を見た。
多分猫がいることに驚いたんだろう。

「どうしたんだソイツ。」
「迷い猫かな?跳子ちゃん、頼める?」
『ん。大人しそうだし、多分大丈夫。』

跳子ちゃんの腕に猫を手渡すと、本当に少し緊張したように顔が強ばっていて。
俺は「よろしくね」と言いながらつい笑ってしまった。

「なんだ鈴木。猫ダメなのか。」
『…ちょっと苦手なだけだってば。』
「?何で不機嫌になんだよ。」
「今その話題終わったからだろ。」
「まぁ小さすぎてどうしていいかわかんねーから、俺も触んのは苦手だけどな。」

岩ちゃんの言葉に仲間を得たと思ったのか、「だよね!」と跳子ちゃんが笑顔を見せた。
それを見て俺はふと聞いてみることにする。

「ね。じゃあ岩ちゃん的には、跳子ちゃんは何っぽいと思う?」
「あ?鈴木が何だって?」
「動物に例えるとって話。」
「ちなみに及川は例えると忠犬なんだとよ。」
「あー…じゃあサル?」
『さ、サル!?』

跳子ちゃんが大きな声を出したからか、腕の中の猫がビクリと反応して彼女の腕からするりと降り、そのまま素早く逃げて繁みの中に消えていった。

「あー…、まぁあれなら学校から出てくだろ。」
『うぅ、ごめん。』
「ショックだよねー。岩ちゃん、女の子相手に猿はないわー。」
「俺のせいかよ。」

眉を寄せた岩ちゃんが腕組みをしながら俺を見る。

「てめーが犬だとか言うからじゃねーか。"犬猿の仲"って言うだろ。」
「あぁそういうことか。」
「それを言うなら、"ケンカするほど仲が良いけどね"くらいまで言ってよ!」
『別に仲良くないから!』

騒がしくなった俺たちに向かって、今度はまっつんの呼ぶ声が届いた。
そういえば岩ちゃんは俺らを呼びに来たんだっけ。


『ごめん。練習始まるだろうし、私帰るね。』
「気を付けてな。」
「やっぱり見てってくんないんだねー…。跳子ちゃん冷たいなぁ。」

ブーブーと口を尖らせる俺を見て、「うるさい及川!」と彼女は言った。
諦めて手を振ると、跳子ちゃんの目線が何度かあがったりさがったり。
何か言おうとして迷っているのがわかった。

『…見てなくても、いつも応援はしてるよ。』

スッと息を吸い込んでそれだけ言うと、跳子ちゃんが耐え切れないとでも言うように真っ赤な顔で「じゃあ頑張ってね!!」と走り去る。

−あー、もしやさっきの気にしてた?

「…ほんと、可愛いよね。」
「ハイハイ。言ってろ。」

いつもの通り、呆れたようなため息をついてマッキーが走ってコートに向かう。
俺もそれに倣おうとするが、一度だけ振り向いてみた。
跳子ちゃんの背中も先程の猫も、もう見えない。

「…それにしても、素直じゃないなぁ。」

ボソリと呟いて、俺は自嘲するように小さく笑った。

−本当は知ってるんだ。
堂々と体育館には入ってこないけど、たまに窓のところとかでこっそり見に来てくれてること。

でもハッキリとそれを言えなかったのは、言ったらもう二度と来てくれないんじゃないかっていうのと、彼女の目が誰を見てるのか知りたくないから。

手を伸ばしたら、猫みたいな君はきっとするりと逃げてしまうんだろうな。
そしてちょっと臆病な犬のような俺は、それが結構本気で怖かったりするんだ。

|

Topへ