長編、企画 | ナノ

やわめな俺とバリカタな君


部活帰り。
皆と手を振り合って一人家に向かう途中、俺の腹が何ともひもじそうな音を立てた。
さっきまで一緒にいた皆でコンビニに寄って軽く食べたのに、アレが変に呼び水になってしまったらしい。

家に帰ればちゃんとご飯が待っている。
それは十分わかっているし、もちろんそれは美味しくいただくつもりなんだけど…。
こうするするっと小腹に入るモノ…そう、例えば細麺のとんこつラーメンとか食べたい。

(にんにくは我慢したとしても、後半戦には紅ショウガと高菜も入れて…、)

やばい。
頭の中に映像が流れれば脳を通って味覚が刺激される。
一度そんな考えに囚われると抜け出すのは至難の技で。
ラーメン…それはまさに魔性の食べ物なのだ。

我慢はよくないよね〜なんてあっさりと欲望に負けた俺は、商店街の方に足を向けた。
皆でもたまに行くお気に入りのラーメン屋さんがあるからだ。

商店街に入って目的地まで真っ直ぐ向かっていくと、ピークの時間はもう過ぎているハズなのに一組の男女が外に並んでいるのが遠目に見えた。
すんなりと入れないのかと少し残念に思いながら、ここまで来て食べられないのも嫌でその後ろに並ぼうと決める。

(まぁ回転も早いし、大丈夫でしょ。)

そんな風に考えながら近づいていけば、男の方がうちの制服だということに気づいた。というかめっちゃ見覚えのある背中。
そしてその背の高い男の陰に見え隠れしていた女の子の正体に、俺は大きな声を出してしまって。

「って、あーーー!!」
「『あ。』」
「マッキーと跳子ちゃん!!」

駆け寄る俺を見て「めんどくせぇ…」とマッキーが小さくおでこを押さえた。
バッタリと会えたのは嬉しいけど、この状況はあまり嬉しくない!

「何?まさかとは思うけど、デートとかなの!?」
『ちがっ…!』
「んなわけねーだろ。」
『うちの親から、貴大くんとこのおじさん達にばったり会って飲んで帰るから、二人でご飯食べとけって言われただけだし!』

慌てて口にする跳子ちゃんの言葉を聞いてちょっとだけホッとしつつも、俺はキッとマッキーの方を睨みつける。

「なぁんだ…って、どっちにしてもズルイよマッキー!誘ってよ!」
「ずるくねー。お前らと別れた後に連絡きたんだよ。」
「じゃあ跳子ちゃん、俺にも連絡ちょうだいよ!」
『なんでよ!』

まぁ確かに"デート"って感じの恰好ではないとは思ったけどさ。

…でも、初めて見る跳子ちゃんの私服!いや、私服の中でもむしろちょっと油断したような部屋着感!
女の子が頑張っておしゃれしてるのも好きだけど、これはこれでなんかいいよね。

思わず抱きしめたくなるのをグッと堪えて、跳子ちゃんの頭をぐりぐりと撫でる。
こんな時にはつい戸惑ってしまうのか、ハテナマークを浮かべたまま固まってしまって攻撃してこないことも知ってるんだ。

「−というわけで、俺も一緒に食べるからね。」
『どういうわけか全然わかんないんだけど…。』
「まぁいいんじゃね?あー腹減った。俺やっぱライス大盛りにするわ。」

間もなくガラリと扉が開いて、4人組のお客がぞろぞろと出て行った。
そして続いて顔を見せた店員さんの「何名様ですか?」の声に、一番後ろからビシッと「3人!」と言ってやる。
あ、むしろ跳子ちゃんと二人ってことにすればよかったかも。
ぼそりと口にした言葉はしっかりと二人の耳に届いていたみたいで、なんだか冷たい視線を送られてしまった。

カウンターしかない店内に通され、3人並んで座る。
メニュー数はそんなに多くない。いつも通りのラーメンをそれぞれ注文し、あとは好みを言うだけだ。

『私、バリカタで。貴大くんは?』
「俺は普通でいいわ。」
「俺、やわめでよろしくー。」
『うわ。許せない…。』
「えっ!?」

跳子ちゃんの目が今まで見た中で一番の軽蔑を含んでるような色を見せる。
何、俺そんな変なこと言った?

『柔らかい麺が好きとかありえない…!』
「えぇ?!いやでも、それこそ好みだし別にいいじゃん!」
『そこには相容れない…!ほんと及川とは気が合わない!』
「そんな…!」

いや確かに"とんこつと言えば固め"みたいな風習はあるのは解るけど!だからってこんなことでフラれたくないし!

そのままギャーギャーとカウンターでラーメン談義が始まった。
彼女には彼女の、そして俺には俺のこだわりがある。
別に自分たちが作るわけでもないのに、変な自分流を押し付け合う俺たちからちょっと距離を取りながら、マッキーがうざったそうにツッコんだ。

「うるせぇなぁ。どっちにしても二人ともとんこつ好きなんだから、気ィあってんじゃね?」
「『…。』」

ピタリと止まった俺たちの間にドンとどんぶりが置かれた。
跳子ちゃんのバリカタだ。
…まぁとんこつラーメンが美味しい事には確かに変わりはない。

「まぁ、伸びる前に、先に食べなよ。」
『う、ん…。』

同じ答えに行きついたのか、跳子ちゃんが急にちょっとしおらしくなる。
おずおずと割り箸を折る跳子ちゃんを見つめていたら、そんな空気を割くようにカウンターの角から知ってる声が響いてきた。

「おやじ、替え玉頼む。粉落としで。」
「って、いたの?!岩ちゃん!」
『粉落とし、だと…!?くぅっ…、岩泉くんめ…。』
「で、何で跳子は悔しそうなんだよ。」

また騒がしくなりはじめた店内で、岩ちゃんの粉落とし麺が宙を舞った。

|

Topへ