長編、企画 | ナノ

猫かぶりな山本くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。
また、ほとんど山本さんはしゃべりません…。


クラス委員の仕事で少し遅くなってしまい、私は急いで更衣室で着替えて体育館へ向かう。
入れ違いで着替え終わった先輩マネさんたちには「ゆっくりでいいよ」なんて言われたけど、私はそんなに要領も手際もよくないし、迷惑をかけたくなくて。

(あ、じゃあ今回は直接部室に寄ってから体育館に行こう。)

いつもだったら体育館で揃って挨拶をし、色々下準備を終えてから部室に道具を取りに行くが、今日は先に道具も持って行ってしまおうと私はそのまま部室へと足を向けた。

部活前後には男子部員達が部室で着替えているけれど、この時間になればもう皆いないハズ−。

しかしそんな私の予想を裏切って、男子バレー部の部室から何だか騒がしい声が聞こえて。
聞き慣れた先輩たちの声と一緒に耳に入ったのは、聞き覚えのない動物のような声。
普段ならもう皆着替え終わって体育館に向かっててもおかしくないのにと思いながら、控えめにノックして覗いてみる。

『…アレ?皆さん体育館行かないんですか?』
「跳子。」

主将である黒尾先輩に夜久先輩。
背の高いリエーフくんと、その陰に研磨先輩のプリンヘッドが見えて。
思ったよりもたくさんの人が居たことにビックリしていると、私の方に向けられたのは困ったような表情。
皆パッと見は着替え終わっているようだし、やっぱり何かあったのだろうか?

「いや、行くには行きたいんだが…。」
「ちょっと問題が、な…。」

私の方に振り向いていた皆の視線がもう一度元に戻され、それを追うように私も輪の中心を見てみれば、「ガゥガゥー」と鳴いてジタバタしている動物がいて。
結構大きい猫のようで、でも鳴き声や縞模様がまるで小さいミニチュアの虎みたいですごい可愛い。

『わっ!猫、かな…?この子どうしたんですか!?』
「どうしたっつーか…、ここに居たっつーか…、こうなっちまったつーか…。」
『可愛い虎柄!っていうか虎みたい〜!子虎〜!』

聞いておきながら先輩の答えに耳を貸さず、あまりの可愛さに思わず皆を押しのけるようにして中央に歩み寄ってギューッと抱きしめてしまう。

ふっかふか。ふっかふかだぁ!
スリスリと顔をすり寄せれば何故か私の腕の中でどんどんと体温があがっていって、ちょっと無理矢理すぎたかなと我に返る。

『わぁ、ごめんっ!強く抱きしめすぎたかな?!』
「…跳子。」

そんな私の肩を、黒尾先輩がちょんちょんと叩いた。

「可愛いと思うならキスしてやれ。」
『??この子に、ですか?』
「そ。ソイツに。」

にんまりと笑った黒尾先輩の顔は気になったけど、いつも通りと言えばいつも通り。
後ろではリエーフくんも満面の笑みを浮かべてピースサインを送ってくるし、夜久先輩と研磨先輩は呆れたような表情を浮かべるけど止めるつもりはないみたい。

よくわからないけど私はあまり気にせず、言われた通りに子虎くんに唇を寄せた。

『んーーーっ、』
「!!」

ちゅ
ばたーーーん

『え゙。』
「ぶひゃひゃひゃひゃ!」
「やっぱり…。」
『や、山本先輩ィ?!』

目の前には目を回したように仰向けで私の膝に倒れ込んだ山本先輩。
子虎を抱き上げていた両手に急な重みを感じて離してみれば、いつの間にやらこんなことに。
見たことないけど、コレって俗に言う"瞳孔ひらいちゃってる"ってヤツじゃ…!?

『ちょ、何?何で?どうしたら…!』

しかし慌てているのは私だけみたいで、黒尾先輩はお腹を抱えて笑い続けている。

『何笑ってるんですか黒尾先輩!山本先輩、目を覚ましませんけど…!』
「えー?でも原因俺じゃねぇし。」
『そんな…!って、私のせいですか?!そもそも何ですか今の!』
「あはは。まぁ山本も幸せな夢でも見てんじゃん?」
『夜久先輩?!夢って私が夢見てるみたいなんですけど!だって今、虎が山本先輩に…!』
「跳子、起きたら連れてきてね。よろしく。」
『研磨先輩、普通すぎです!何で皆さんそんな受け入れられるんですか!?』

こんな有りえない事態なのに、皆に驚きの色は全くない。
とにかくもう一度横たわる大きな身体を揺さぶってみても何も反応はなく、そんな人相手に膝をどけるのも何だか躊躇われて。
助けを求めて先輩たちを見上げてみるも、目に映るのは私と山本先輩を置いて部室から出ていこうとする薄情な姿。

「起きたらちゃんと山本の話聞いてやれよ。また気ィ失わなければ、な。」
『ちょ、意味わかりませんー!見捨てないでくださいよー!』

ピラピラと手を振る黒尾先輩の後ろ姿に、私の声は無情にもはじかれる。
しかし一番後ろを歩いていたリエーフくんがくるりと笑顔で振り向き、長い足を駆使して2歩ほど戻ってきてくれた。

「跳子。」
『リエーフくん、やっぱり助けに来てくれ、』
「目が覚めないならさ、もっかいしてあげればいいんじゃね?」
『はい?』
「まぁあんま可愛くない白雪姫だけど。」
『…?』

リエーフくんの言葉を頭の中で咀嚼している間に、気づけばパタリとドアは閉められてしまって。
ハッと行き着いた答えと状況に、私の顔は赤くなったのやら青くなったのやら。

「……。」
『山本、先輩…。』

二人きりの部室で、じっと倒れた山本先輩を見つめていれば否応なしにドキドキしてくる。
いつもは目は合わないし、近寄ってもあまり話はできないし、こんな風に間近で見れることなんてない。

さっきの虎がもし山本先輩だったとして、どんなにふわふわで可愛くたって、やっぱりリアルなあなたが一番大好き。

(目を覚まして欲しいし、話もしたいです。)

覚悟を決めてギュッと目を瞑り、山本先輩に恐る恐る唇を寄せてみる。
息遣いが聞こえてきそうなほど近づいた時、山本先輩の口から小さな声が漏れた。

「う、…跳子?」
『!!』
「!?うお、ぉぉぉ!?」

ばたーーーん

『きゃーっ!また!?山本先輩、しっかりしてくださいー!』

今度は目だけでなく泡を吹いて倒れてしまった山本先輩を抱き上げて、私は部室の中心で思わず叫ぶ。

…リエーフくんの、嘘つき!

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