長編、企画 | ナノ

猫かぶりな花巻くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


選択授業の関係で、授業と授業の間にぽっかりと空いた一時間。
いつもだったら友達と話したり、たまに図書室で勉強したりしているんだけど、今日はそのどちらの気分にもなれなかった。

何となく自販機で買ったジュースはまだ冷え切ってなくて、中途半端に生ぬるい。
別に真夏でもないからそれでもいいのだけど、気分をシャキンとさせたかった私としてはちょっと残念だ。

行儀悪くも飲みながらフラフラと歩いていれば、いつの間にか第三体育館の前に着いていた。
意図していたわけではないのに足が勝手にここに向かっていたなんて、私はどんだけさっきのことを気にしているんだろうか。
別に決定的に何かあったわけじゃないのに。

少しだけ開いていた扉の隙間から中を覗いてみるが、無人の体育館からは静けさだけが伝わってきて。
放課後になればあんなに熱気に満ちているのに、誰もいない今は昼間なのにどこか薄暗く、私のネガティブになっていた思考をより一層落ち込ませる。

勝手に入るわけにもいかずに扉の前にずるずるとしゃがみ込んでみれば、頭に浮かぶのは好きな人がボールを追う姿。
嬉しそうに仲間とハイタッチをする花巻の笑顔と、たまに見せる意地悪な顔。
優しくて甘い声も好き。でも口にする言葉は結構キツかったりする。
それでもその大きな手がクシャリと私の頭に触れると、それだけで全部チャラになってしまうんだけど。

目の前にいないのに、頭の中でぐるぐると切り替わる彼の姿に、ギュッと胸が締め付けられる。
気分は落ちているのにどこか幸せめいたモノも感じて、湧き上がる感情を処理しきれない。
ふいに泣きそうになってそのまま顔を膝に埋めていたら、「ナー」と小さく呼びかけるような鳴き声が耳に入った。

『…ネ、コ…?』

顔をあげてキョロキョロと声の主を探すと、無人だったハズの体育館の入口からキレイな細身の猫が顔を覗かせている。
無意識に手を伸ばすと、スルリと隙間から抜け出して私の手にすり寄ってきてくれた。
別に何も食べる物とか持っていないのに、とちょっと嬉しくなる。

『こんなにキレイなのに、首輪がないってことは野良なのかな…?』

でもそれにしては人なつっこい気がする。大人しいし。
そっと両手で抱き上げてみると、猫は暴れる様子も見せずにじっと私を見つめていたかと思えば私の目元をペロリと舐めた。
…もしかして、慰めてくれてるのかな?

そう思ったら何となくその温もりを手放したくなくて。
もういいやと体育館の扉をちょっとだけ開けさせてもらい、その段差にペタリと腰を落とした。
そして足の上にそっと猫を置けば、彼はくるりと丸まってその場に落ち着いてくれた。

『ありがと。ちょっと凹んでたから側に居てくれて嬉しいよー。』
「にゃ。」
『ついでにちょっと聞き流してくれると助かるかな。』

返事をせずにちょっと耳を動かした猫を見て、私は勝手に"了承してくれたのか"と小さく笑う。
右手で顎の下を撫でてみると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。

『…花巻の好きな人って誰なんだと思う?』

私の膝の上で猫がピクリと反応したのがわかった。


今日、クラスで男の子たちがはしゃいでたのを思い出す。
どうやら花巻に好きな人がいることが発覚したらしい。
あのクールな花巻が珍しく「お前らいい加減にしろ!」とか言って怒っていたからきっと事実なんだろう。

「バカだねー、男子。」
『…ねー。』
「でもあんな花巻くん、珍しいね。」

それを見て余裕そうに笑っていた女子の中で、内心焦っていたのは私だけ、じゃないと思う。


『…まぁ、そりゃいるよね。当たり前か。』

引き続き猫の顎に触れながら、私はため息と共にそんな言葉をボソリと落とした。
考えた事なかった。というか考えないようにしていたのかも。
花巻を好きな子はたくさんいても、花巻の好きな人はたった一人なんだ。

結構仲が良いという自信はある。
けどそれが女子として見られてるかどうかは完全に別モノで。
バカをやり合うだけの私が、そんな高倍率の抽選にひっかかるとは到底思えない。

『諦めるの、ヤダなぁー…。』

私の言葉に反応するように、蹲っていた猫が私の膝の上で立ち上がった。

「にゃー!」
『…うん、ありがと。』

言葉が通じるわけもないのに、私はそうお礼を言う。
言ってくれていることは解らなくても、私を癒してくれているのは確かだし。

そのままさわさわと触れていると、くすぐったいのか猫が少し身をよじった。
かと言って手を離せば「なー」と鳴いて手にすり寄ってくるから、あまりの可愛さにすっかりと心を掴まれてしまった。

『猫くん、うちに来る?』
「に?」
『大事にするよ?』

そう言って抱きあげたら、首を伸ばした猫にチュとキスをされた。
また慰めてくれたのかと私もお返しのキスをしようと目を瞑れば、耳に届いたのはあの大好きで意地悪な声。

「−へぇ。」
『っ?!!は、花巻?!』
「飼われてやってもいいけど?そんかし、ちゃんとエサよこせよ?」

いつの間にか目の前で、私の顔を覗き込むように笑っている花巻のどアップに私はただ唖然としてしまって。

「跳子、お前…一人で勝手に思い込んで凹んでんなよ。」
『え、あの。』

スッと伸びてきた花巻のキレイな指が、私の目元をぬぐうように触れた。
視線が合ったまま、私は瞬きすら忘れてしまって。

「…俺だって、ちゃんと大事にするよ。」
『花巻…?』
「それに、まだ何も言ってねーのに、お前に諦めてもらっちゃ俺が困るわ。」

この甘い空気は何なんだろう。−願望がカタチになったのかな。
これがいわゆる白昼夢ってヤツだろうか。
だとしたらさっきまでいたハズの猫がいなくなっているのも納得が出来る。

「−跳子。言っとくけどこれ、夢じゃねーからな。」
『え。』

頬に触れていた花巻の手に少し力が入ったかと思ったら、キレイな顔がグッとより近くに寄ってきて。
後ずさりするのも許されずに、私の口に先ほどとは違う柔らかいキスの感覚。
確かにそれだけはやたらとリアルだ。

ゆっくりと目を開ければ、花巻がもう一度ニッと笑った。

「というわけで。さっきの話の続きを、ゆっくりと聞かせてもらおうか。」


花巻の短い髪の下で、耳だけが赤いのがやけに鮮やかに映った。

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