●●●猫かぶりな灰羽くん
※特殊設定のお話なのでご注意ください。
(リエーフめ…。日直サボってどこへ行きやがった…。)
そんな風に思いながら日誌にペンを走らせていたら、ビッと書いていた文字がはみ出してしまった。
ふぅと落ち着かせるように息を整え、私は消しゴムを取り出すためにペンケースを漁る。
まぁ先ほどの問いに対する答えなんて、実は考えるまでもない。
すっかりバレーにハマっているリエーフのことだから、日直だということを忘れて意気揚々と部活に行ったんだろう。
(それは別に、いいんだけどさ。)
消しゴムをちまちまと動かしながら、自分の中のイジけた気分も消すように"本日の総評"の欄を全部真っ白に消した。
別にそう大したことを書くつもりもないが、あまりにも取り留めがなさすぎたからだ。
リエーフが部活が好きなのは知っているし、実際その時が一番輝いていると思う。
たまにバレーをする姿を覗いてみるくらいだけど、本当にいつも楽しそうで見ている方が嬉しくなる。
夜久先輩にシゴかれて地べたに臥せっていたとしても、それはそれで面白いし。
ただ片想いをしている身としては、好きな人との日直なんてなかなかないラッキーチャンスなのだ。
月に一度ほど回ってくるそれだって、席が隣の間だけだし。
私は指折り数えるくらいに楽しみにしているこのチャンスタイムを、リエーフも少しは気にしてくれてもいいのに、なんて勝手な思いだとは理解しながらも望まずにはいられなかった。
(…ちょっと息抜きしよっかな。)
誰もいない教室で一度日誌を閉じてから、今度はサイフを取り出す。
売店はまだやってる時間だから、飲み物とちょっとしたチョコレートでも買えたらいい。
そう思って扉に近づいていくと、なんだか廊下が騒がしいことに気付く。
何かと思いそのまま耳をすませれば、大きな声と共にバタバタと走り回る足音が聞こえた。
「いや、あれ絶対ライオンだったって!子ライオン!」
「捕まえろ!」
その音からしてちょっとここからは遠そうだけど、あれはうちのクラスの男子の声だ。
(ら、ライオン?!)
よもや動物園でしかなかなか聞かない単語を耳が拾ってしまった。
学校にライオン。なんて不釣り合いな単語だろうか。
しかしすぐにアホくさいと私は鼻を鳴らし、当初の目的を果たすべくガラリと扉を横にスライドさせる。
(馬鹿馬鹿しい。学校にライオンがいるわけな−、)
ドア口から足を一歩踏み出そうとすればそこには、茶色い猫のような小動物がお座りで待機していて。
踏み潰しそうになるのをつんのめるようにして留まり、間一髪のところで耐えた。
『な、何?』
なんでこんなところに動物が?!
扉にしがみつくようにしながら凝視をしていると、ニッとヤツが笑ったように見えた。
途端にさきほど聞こえてきた男の子たちの声が頭に響く。
いやいやまさか、これは子ライオンじゃなくて猫−、
「がぅ。」
『…。』
いや、ライオンだわ。
だって猫よりも耳とかもこっとしてるし、ちょうど昨日やってた動物モノのTVで見た画像にそっくりだ。
数秒の邂逅の後、ハッとして私は足を引っ込めて扉を閉める。
が、閉まる瞬間に子ライオンはするりと身をすべらせて中に入ってきた。
えと、うん。プチぱにっくナウ。
やっぱりこれはライオンだ。まごうことなき子ライオン。
可愛い、けど安全なのか、この状況は。
恐怖、というわけではないが何だかヘナヘナと足の力が抜けてしまって、私はその場に座り込んだ。
嬉しそうに喉を鳴らして私の周りを走り回るライオンは、獲物を見つけて喜んでいるようにも見える。
(いやいやいやそんなわけないし。しーんぱーいないさー…!ってヤツはもう大人ライオンだったっけかなー…?)
盛大に現実逃避に走り始めた私に、子ライオンが飛び付いてきた。
素早いソレを避けることも出来ないまま、条件反射で受け止めつつ私は後ろにのけ反るように地面に倒れ込み、教室の固い床にしこたま後頭部をぶつけてしまった。
チューッ
ゴンッ
『あいたたた…。』
星がチカチカと瞬く。
まるでマンガのようだけど、頭をぶつけた時ってほんとそんな感じになるんだ。
そんなどうでもいい体験をしながら、ブツけた後頭部をさすって起き上がろうとする。
しかし身体の上にはなんとなく違和感が。
痛みの衝撃でおもわず瞑った目を開ければ、私に覆い被さる満面の笑顔のリエーフの姿があった。
『?!』
「跳子!ありがとう!助かったー!」
『はぁ?!』
私の上から退こうともしないデカいロシアンな男に、その体勢のままギューッと抱きしめられる。
体重をかけられているわけじゃないけど、驚きとかドキドキとか諸々で私は自分を支えることができず、もう一度地面と衝突するハメになった。
『イッタぁ!』
「どんくさいな、跳子。」
少し力を緩めたリエーフが事もなげにそんな言葉を口にする。
悪気がなく素で言っているから余計に性質が悪い。
痛みと恥ずかしさで顔が熱くなってきた。
『ちょ、というか今の何なの!リエーフ、ライオンだったよね?!』
「あー、そうみたいだ。」
そう言ってリエーフが「すごくね?」と続けざまにニッと笑った。
あまりの近さに私がリエーフの顔を追いやれば、リエーフの両手がその私の手を掴む。
だから近いんだって!!それに何でそんな普通なの!外人か!外人だからか!
『ってどういう原理なの?!』
「さぁ?あ、じゃあもっかいちゅーしたらまた変わるかも?」
『は、い?』
何も言えずその体勢のまま、もう一度押し倒されるようにリエーフが首を伸ばした。
今度は後頭部をしっかり守ろうとしたら、リエーフの片手が既にそこにあって。
目を見開いたまんまの私の眼前には、目を瞑るリエーフのどアップとキスの感触。
何も考えられず、パタパタと近づいてくる足音が耳には入っていたがフリーズした脳には届かない。
そしてガラリと扉が開いた。
「うぉ!お前ら…!!」
「っおーい!鈴木とリエーフがキスしてんぞ!!!」
『!!?』
聞こえてきたのは、先ほどリエーフライオンを探していただろうクラスメイトたちの声。
ハッとしてジタバタと暴れるようにリエーフを引きはがせば、ペロリと舌をなめずって彼は笑った。
もう変身していないはずなのに、私を見下ろすその姿は獲物を目の前にした肉食獣のように見えた。
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