長編、企画 | ナノ

猫かぶりな夜久くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


放課後、特に用もなくプラプラと廊下を歩いていたら、目の前からすごい早さで駆けてくる小さな影。
目を凝らしてよく見てみれば、それはシュッとしたキレイな猫で。

猫が学校内にいることに驚いていると、駆けてきたその猫が器用に私の胸に飛び込んできた。

『わっ!』

突然のことに慌てながらも落とさないように抱き抱えれば、ポスンとちょうど私の腕の中に納まって。
ホッと一息ついたのもつかの間、猫がきた方向から女の子たちが走ってくるのが見えた。

「っあー!跳子が抱いてる!」
「ズルいー!なんで跳子はOKなの?!」
『?!な、何?何なの?』

先頭を切って走ってきた友人たちの言葉の意味がわからずにいると、あっという間に取り囲まれて。
どうやら彼女たちはこの猫を追いかけてきたようで、私の胸元にいる猫を見ながら女の子たちが騒ぐ。

「さっき昇降口で見つけたの。すっごいキレイでふわふわで可愛くてさー。」
「一番に見つけたの私なのに、するすると避けて全然抱っこさせてくれないんだもん。」

そう口々に言いながら「こちらに寄越せ」と言わんばかりに手を伸ばす女の子を見て、猫が私にしがみつくような仕草を見せる。

きゅんっ

これが庇護欲とでもいうのか、それにものすごーくときめいた。
そりゃ怖いよね。
だってこのギラギラ感、今取り囲まれてる私も怖いもん。

『だーめ!』
「「「えーーっ!?触りたいー!」」」
『ていうか追っかけたらダメでしょう?めっちゃ怖がってるんだもん。』
「「「う…。」」」

不服そうな表情を浮かべながらもさすがに何も言えないのか、言葉に詰まった女の子たちがすごすごと引き下がって。
そのまま「じゃあね」といつも通りの言葉を交わし、手を振って彼女たちの背中を見送った。


『さて、と…。君はどこの猫なのかな?』

そうは言ってもずっとこのままってわけにはいかない。
通じるわけもないのに独り言のように聞いてみれば、猫が返事をするようににゃあと一言鳴いた。
けれど当然なんて答えてくれたかは私には解らなかった。

見たところ首輪はないし、でも野良にしてはすごくキレイだ。
とりあえず外に連れていけばいいのだろうか。

『それにしてもキレイだねぇ…。−あ、オスだ。』
「に゙ゃっ!」

猫の両脇を抱えるように持ち上げてみれば、自然と視界に飛び込んできたソレで性別を確認。
そうか、男の子なのか。猫界のイケメンくんだ。
ボソリと呟いたらその体勢が相当嫌だったのか、猫くんがジタバタと暴れ出してピョイと器用に廊下に降り立った。
やだちょっとさみしい。

(私もさっきの子たちの事言えないなぁ。)

そんな風に思って苦笑いを浮かべ、そのまま猫が外に駆け出していくのであれば放っておいた方がいいのかと目で追っていると、予想外に彼はすぐそこの教室に入ってしまって。
そこはうちのクラスで、最後に出たのは私だから誰もいないハズだけどさすがに教室は色々とマズイような。
私は慌てて後を追いかけるように教室に向かう。

『ちょ、ダメだよー!』

逃がさないように、でも驚かせないように教室に足を踏み入れそっと扉を閉めた。

しかし猫は解ってるかのように机の上にチョコンと座り、まるで私の様子を伺うようにこちらを見ていて。

その席は…夜久くんの席だ。
小さいのに姿勢がよくて、本当に夜久くんみたいに見えた。

『…君も、夜久くんが好きなの?』

ふと息をついて、私はその前の自席に腰を落とす。
そう、今は夜久くんの前の席なのだ。
すごく幸せなことなのに、でも緊張してなかなか後ろを振り向けないから困った席でもある。

椅子の背もたれ越しに夜久くんの机にひじをつき、猫くんを見つめてそっと喉元を撫でた。
普段はできない体勢。
近いのに、声どころか息遣いも聞こえそうなくらいの距離なのに、夜久くんの姿を見ることがなかなかできない席。

『…こんな風に自然と振り向ければいいのにね。』
「にー…。」

ゴロゴロと喉を鳴らす猫が小さく一声鳴いて、私を見つめる。
頬杖をついた自分とちょうど同じくらいの高さで光る瞳がすごくキレイで、ついジッと見入っていると、隙をついたようにチュッとキスをされた。
ちょっとビックリしたけどまるで慰めてくれているみたいで、嬉しくて猫をギュッと抱きしめた。

『ありが−…、って重っ!』

抱きしめながら猫の頭に頬ずりしようとしたら、途端に膝にズシンと重みが走る。
いや、すごく重いってほど重くないけど、猫の重さじゃないし存在感半端ないんですけど?!

慌てて顔をあげてみれば、抱えていたのは猫じゃなくてがっつり人間だった。

「…ふぅ。助かったよ、鈴木。」
『な、な、な、や、夜久くん!?』
「悪い。重かっただろ?女子の膝に座るとかあり得ないよな。」

さっと目の前で立ち上がった姿はどう見ても夜久くんで。
つまりさっきの重みはどう考えても夜久くんで。

『ど、どどどういうこと?』
「いや、俺だってさっぱりだよ。」

立とうと思っているのに、驚きで腰が抜けたように私はうまく立ち上がれなくて。
そんな私を見かねたのか、夜久くんが私の両脇を持ち上げるように立ち上がらせてくれたが、力が入らなくて彼の胸に寄りかかってしまった。

『ごっ、ごめん。』
「全然いいよ。俺もさっき借りたしなー。」
『っ!そそそ、それってやっぱり…!』

理解しがたい。けど、やはりつまりそれはさっきの猫は夜久くんということで確定なんだろう。
ふらつきそうになりながらも、私はしっかり足元に力を入れて夜久くんを見上げた。
だってあのままでいるのは近すぎてドキドキしすぎて心臓がもたない。

「そ。なんかよくわかんないけど、猫になっちってさ。ちょっとパニくってたから鈴木が助けてくれなかったらヤバかったよ。」

見上げた先の夜久くんはいつも通り笑っていて、とてもヤバかったようには見えない。
むしろ今パニックを起こしかけているのは私の方だ。
口をパクパクとさせるが何も言葉は出ない私を見て、夜久くんがハハッと笑って頬を掻いた。

「それにしても、ラッキーでもあったかもなー。」
『??』
「…鈴木、結構胸あんだな。」
『!?夜久くんのバカ!』
「イッテ!」

爽やかになんて事を言うんだ。この人は。
つい勢いに任せて、普段緊張してしゃべれないなんて思っていた相手を殴ってしまった。

私に殴られた肩を擦りながら、夜久くんが赤い顔して口を尖らせる。
もしかして照れ隠し、だったんだろうか。

「だってなぁ…俺なんてもっと恥ずかしいとこ普通に見られたし。」
『恥ずかしいとこって…、あ。』
「鈴木のスケベー。」
『ちがっ!ア、アレは目に入ったっていうか、その、性別の確認というか、』

夜久くんの予想外の言葉になんて言っていいかわからずにあわあわと言い訳をしていると、ブーイングをしていたハズの夜久くんがプッとふき出した。

何で笑われているのか不思議に思いながらも、そんな夜久くんの笑顔につい見惚れて固まれば、夜久くんのキレイな顔が私の目の前に迫ってきて。

「…あんな恥ずかしいとこ見られたんだから、責任とれよな。鈴木。」

私の口が「責任とは一体」なんて聞く前に、先ほどとは違う感触が唇に触れる。
人のそれは温かくて、でも緊張しているのかどこかひんやりと冷たくて。


真っ白になった頭で一番に思ったのは、何故か「猫になってもモテるんですね」ということだった。

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