長編、企画 | ナノ

猫かぶりな孤爪くん


※特殊設定のお話なのでご注意ください。


研磨くんが部活に来ない。

教室では姿を見たからお休みではないハズなのに。でもそういえば帰りのHRではもう姿がなかった。
確かに"普段からやる気まんまんです"とはとても言えないし、部活に限らず何につけてもそんな姿は見たことなかったけど、それでも彼がサボったことなんてなくて。

山本先輩とかが「研磨が来ねぇ!」なんて騒ぎ出す中、黒尾先輩だけが妙な表情で「…まぁそんな騒ぎたてんなよ」と言った。
研磨くんに関しては黒尾先輩が一番よく解ってるハズだから皆ちょっと落ち着いたけど、やっぱりどこか少し心配で。
研磨くんに限って変な行動はとらないと思うけど、だからこそ非常事態でも起きてるんじゃないかとか思ってしまう。

『私、ちょっとだけ探してきます。どこかでゲームしたまま寝ちゃってるのかもしれないし…。』
「…そうだな。跳子、頼むわ。」

ちょっと思案した後に黒尾先輩はそう言って私の肩に手を置き、「適任だしな」と何故か最後にニッと笑った。
隣にいたマネージャーの先輩にもそれを伝えれば、少し困ったような顔で逆にお願いされる。
「はい」と返事をしながら彼女を見上げれば、先輩は黒尾先輩の方をキッと睨みつけるように見ていて。

「…黒尾。まさか飴って…、」
「おーし、先に部活はじめっぞー!!」

黒尾先輩が珍しく慌てるように視線をそらしてコートに向かっていくのを、私は疑問顔で見つめてから体育館を出た。



(…うーん。いないなぁ。)

心当たりというほどでもないが、研磨くんがいそうな場所(=ゲームがしやすそうな場所)を何か所かまわる。
と言っても座れる環境さえあれば彼はどこでもゲームできそうでもあるし、とりあえず捜索範囲は学校内だけに絞っているとは言え結構広い。
でも研磨くんはあまり知らない場所には近寄らなそうな気がするので、思いつく活動範囲だけしか探していないけど。

ポカポカ陽気の気持ちいい中庭に出て、何か所か置いてあるベンチを巡った。
重点は、ゲーム画面に日の光が反射しないほどよい日陰加減。
でも遠目に見ても人が座ってる感じはなくて、一応近寄りながらあたりを見回し、最後にふぅと一つ肩を落とした。

『…あれ?』

人の気配のない明るい緑の草むらから、ガサッと小さな音がした。
腰を屈めて音のした方を見てみれば、オズオズと影から見上げてくる猫が一匹、「にー…」と小さく控えめに鳴いた。

研磨くんはいないかわりに、研磨くんそっくりの真ん中わけの猫を発見です。

『うわ!かわいっ…!』

あまりの可愛さに思わず大きな声を出してしまったせいか、猫がビクリと肩を震わせ草むらの影に身を潜める。
それでも気になるのか、逃げずに半分顔を出してこちらの様子を伺う様子に胸がきゅーんとなってしまった。

『ごめんごめん。怖くないよー…。おいでおいでー…。』

猫にも人見知りってあるんだなぁなんて思いながら、手を出してちっちっちと呼び寄せてみる。
エサになるようなモノは何も持っていなかったけど、その猫は小さな歩幅で私の方へ向かってきてくれて。
最後にそっと抱き上げれば嫌がって暴れるような素振りはなかった。

『見れば見るほど似てるなぁ…。』
「…。」

頭のてっぺんだけ黒い毛並みは、まるで研磨くんのプリン頭のよう。
目の高さまで持ち上げてじっと顔を見つめてみれば、大人しいまんまだったけどフイッと視線をそらされた。
なんだか見た目だけじゃなくて性格も似てるみたい。

研磨くんと同じクラスになって2年目。つまり、私の片想いも2年目。
最初は視線も合わせてもらえなかった事を思い出して、私は小さく笑った。
部活も一緒になって、少しずつ仲良くなって、立場上他の女の子よりは仲良いと自負している。
それでも告白なんて未だ出来る気がしない。

(…ちょっと練習しようかな。)

猫の喉をさすりながら、私は側にあったベンチに腰を掛けた。
ゴロゴロと私の腕の中で気持ちよさそうに喉を鳴らす研磨くん似の猫くんを見ていたらそんな風に思い始めて。

『ごめんね、ちょっと練習させてね。』
「?」

触れていた喉から離れていく手を目で追う猫くんを、もう一度目の高さまで持ち上げ、私はスッと息を吸った。

『…研磨くん、好きです。』

チュ

猫を研磨くんに見立てて告白の練習。
まぁ実際告白本番でキスなんてできるわけないけど、ほらそれはなんというか勢いと言うか−…、

「…跳子。」

練習とは言えものすごく照れ臭くて、猫をベンチに置いて一人悶絶していたら、ふと知ってる声がすぐ近くから聞こえた。

『っ?!え、研磨、くん?』
「…うん。」
『って、何、何で、というかもしかして今の…?!』

熱かった私の顔が急激にサーッと冷えていく。
何でいるのか、とか、いつからいたのか、とか聞きたいことはたくさんあるけど、とにかく今私が一番気になるのは、"今の告白が聞かれていたのか"だ。

「……うん。」

あたふたした私の言葉に返ってくるのは、研磨くんの二文字の返事だけ。
それだけでもしっかりと聞かれていたという事だけはわかってしまった。

横並びの研磨くんの顔が見ていられなくて、私はバッと俯くようにジャージを握りしめる自分の手だけを見つめる。

「…跳子。聞いちゃってごめん。」
『…。』
「でも、猫になんて言わないで、直接おれに言えばいいのに。」

研磨くんの言葉にゆっくりと顔をあげれば、表情はあまり変わらない研磨くんの耳が赤くなっているのがチラリと見えた。
そのままこちらを向いた研磨くんの大きな猫のような瞳に、囚われたように動けなくなる。

「おれだって、跳子が好きだよ。」
『え…うそ?!』
「嘘じゃない。…証拠だってあるし。」
『しょ、証拠…?』

研磨くんの言葉の意味が解らなくて、私はただ単語をボソッとオウムのように返すだけ。
そんな使い物にならない私の口を塞いだのは、近づいてきた研磨くんの唇。

「さっき。キス、したら戻ったでしょ。」
『??!』

"さっき""キス""戻った"の単語で浮かぶのは、猫=研磨くんと言うありえない図式。

それがぐるぐると頭を回って10周くらいした時に、研磨くんのふきだすような声が聞こえてきて。

とにかく今確実にわかるのは、目の前には今までで一番男の子の顔をした研磨くんが笑っているということだ。

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