●●●猫かぶりな黒尾くん
※特殊設定のお話なのでご注意ください。
いつもは比較的長い帰りのHRが、今日はすごく早く終わった。
おしゃべり大好きな担任の先生が出張で、副担任の先生が代わりにやってくださったからだ。
(今日は一番のりかもしれないな。)
廊下に出ても更衣室で着替えていても、他に人の気配があまりない。
なんだか寂しいような新鮮なような不思議な気分のまま、私はバタンとロッカーをしめた。
いつもの体育館に来てもバレーボールコートにはやっぱり誰もいなくて。
"黒尾も海もいないなんて珍しいなぁ"と思いながらシューズを履き替え、まだ静かなそこに足を踏み入れればふと過る何かの気配。
よく見れば、コートに一つ転がっていたバレーボールに黒猫がじゃれついていた。
『わーっ!ッコラコラコラ!だーめ!』
そんなにヤワではないはずだけど、爪なんか立てられたら堪ったもんじゃない。
というかボールが出しっぱなしになっている時点で猫又監督に見られたら怒られてしまう。
慌てて猫をボールからひきはがし、右手に猫を抱えたまんまとりあえずボールの確認。
…うん、よかった。大丈夫そうだ。
倉庫のボールかごにボールを戻しながら、一体この猫はどこからきたのかと不思議に思い再び扉へ向かう。
『君、どっから入ったの…?』
「にーっ!」
後ろ手で扉を閉めながら右手の猫に話しかければ、吊り上った目を細めて一声鳴いた。
返事をしながらニッと笑ったようにも見えて、私は少しビックリする。
見おぼえのある、どこか人を食ったような笑い方。
(…黒尾っぽい…。)
実は…私は猫はそんなに得意じゃないんだけど。
でもこの黒猫は、どことなく密かに憧れている黒尾に似てる気がして。
思わず両手でいつもの黒尾の目線まで持ち上げれば、ますますそう見えてきた。
『黒猫さん、ほんと黒尾にソックリ。この目つきといい髪型といい。』
「にゃー。」
『猫になってもイケメンとかずるいなー…。』
「…。」
『怒ってる?まぁ黒尾に似てるなんて、君には失礼だったかな?』
クスクスと笑っていたら、黒猫が黙って私の目を見つめてきて。
笑いを止めて見つめ返せば、何故か私はその目に吸い込まれるように無意識に顔を近づけていた。
そして間近で首を伸ばした黒猫にチュッとキスをされ、私はビックリして抱いていた手を放してしまう。
『ちょ、今…って、ごめん!』
猫は着地が得意だと聞いたことがあるけど、私の猫の知識なんてうろ覚えだし正しい情報なのかもわからない。
慌てて地面を見てみれば−…、そこにいるのは何故か黒尾だった。
『…は?』
「ッテー…。お前急に放すなよ。」
『え、え?』
頭が目に追い付かない。
黒尾が何故そこに?ずっといたの?ってでも猫がいないし、なんてドッキリ?
ポカンとしたまま、目の前で頭をさする黒尾を見つめる。
(…やっぱり似てる。)
私と視線を合わせた黒尾がニッと笑って、人差し指でちょいちょいと私を呼び寄せた。
私は何も考えずに、身体だけ言われた通りにしゃがみ込むように黒尾の方に寄って行く。
すると頬を固定するように手で押さえた黒尾が、もう一度唇を寄せてきて。
チュ、という音は先ほどと一緒なのに目の前にはあの黒尾の顔。
…ん?もう一度って何だ私。さっきのは猫のハズ。
「…猫ん時よりコッチのがいいだろ。」
『…え。…んと、……えぇぇぇぇぇーーーーっ!?』
「っるせぇよ跳子。」
フリーズしていた思考と空気が一気に動いた。
黒尾にキスをされたという事と、先ほどの黒猫が黒尾だったという事。
信じがたい事実をダブルで食らって私の思考回路は破裂したようにすら感じる。
なのに目の前の男は普通にいつもの表情で立ちあがるから、私の方がおかしい人みたいだ。
「いや、助かったわ。跳子じゃないと無理だったからさ。」
『???』
黒尾の言っている意味がわからない。そもそも何もかもわからない。
色々と聞きたい。でも何から口にすればいいのか。
頭の整理整頓がまったく追いつかない。
『って、黒尾、猫に…?』
「あー。みたいだな。」
『"みたいだな"…じゃねーわ!なんでこんなことになったのかって聞いてるの!』
頭をポリポリと掻きながら悪びれもせずに目の前に立つこのでかい男に、なんかだんだんと腹が立ってきた。
「俺だってよくわかんねーけど…。心当たりっつーと、化学のヤバ先にもらった飴を食ったことくらいか?」
『ヤバいで有名な矢場先生の?!それはまたチャレンジャー…って危ないからやめてよね!試合に影響したらどうすんの?!』
「いやだってまさかなぁ…。」
さすがにちょっと悪いと思い始めたのか、黒尾が少し眉根をさげた。
ほんと、あの先生が渡したもの食べるとかアリエナイでしょ。
はぁーっと脱力するように大きなため息をつくと、黒尾がククッと今度は喉を鳴らした。
顔をあげれば、何とも悪そうな笑顔で楽しそうな黒尾さんのお姿。
何を笑っているのかと呆れた視線を向けてやれば、それに気づいた黒尾が口を開いた。
「にしても、ヤバ先も意外とロマンチストだよなぁ。」
『…何がよ?』
「戻るキッカケが好きなやつのキスってとことか。おとぎ話みてぇじゃん。」
『?!!』
そ、そそそそうだ!キス。
私黒尾にキスされたんだった。
猫と人間と、合計2回も!
その感触を思い出せば途端に再びパニック状態が戻ってきて、私の顔がボフンと蒸気を発する。
というか今、「好き」とか一瞬聞こえたような。
それにおとぎ話と言えば、変身を解くのはいつだって愛する人のキス。
もしかして、もしかして、それって聞いてもいいですか?
『く、黒尾は、私のことを愛しているのですか?!』
「ぶはっ!愛って!」
思わず口から出た私の言葉に、黒尾がお腹を抱えて笑い出した。
うぅ、言葉を間違えた。
でも、そんな笑うことないじゃんか。
あまりの恥ずかしさにふくれっ面を全開にしていたら、笑いすぎて浮かんだ涙をぬぐいながら黒尾が「跳子」と声をかけてきた。
「悪かったって。そんな怒んなよ跳子。」
『…。』
そんな猫なで声になんて今更騙されない。
勝手にキスして無駄に期待させて挙句に大笑いとか。
ふんとソッポを向けば、黒尾がグィと無理矢理私の頭を正面に向けた。
それでも負けないと視線をそらすが、それを追うように覗きこむのは大好きなあの黒尾の顔。
「…愛してマスよ?」
『っ!』
三度目のキスで、また私は魔法をかけられてしまったみたいに動けなくなる。
…おとぎ話だとしても、コイツは王子様じゃなくてきっと悪魔か魔法使いだ。
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「…あ。」
『今度はなに?黒尾。』
「…いや、なんでもねー。」
(飴食ったの、俺だけじゃねーわ。…でもすげー怒られそうだしだまっとくか。)
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