長編、企画 | ナノ

田中龍之介



「おー、いいぞ跳子!じゃあどっか寄って帰るか!」

私の指名に田中は一瞬不思議そうな表情を浮かべたようにも見えたが、すぐにニカッと笑ってそう言った。
それは私の大好きな顔ではあったけど、今回ばかりはズーンと影を背負ってしまう。

(…ダメだ、気付いてない。)

きっとこうなるように仕向けてくれた先輩たちに視線を向けてみるも、"ダメだこりゃ"と言わんばかりに首を振られた。

私の気持ちに少しは気づいてくれてもいいのに、なんて他力本願な考えを持っているのが悪いんだろうけど、それでも田中から"全く意識してません"って突きつけられているようでさすがに凹む。
潔子さんへの熱い想いにはやっぱり勝てないのか。

(…まぁでも一緒にどこかに行ってくれるというのだから、嫌われているわけじゃないハズ。せっかくの機会だし、ここはひとつ楽しまないと損だよね。)

田中を好きになってから随分と打たれ強くなったものだと、自分のあまりに前向きな考えに一人でちょっと笑ってしまった。


そうして無事本日の部活が終わり急いで着替えをすませる。
別に時間とか何も決めていないし、忘れてさっさと帰られてしまってはたまらない。
しかし荷物をまとめて外に出れば、すでに田中がそこに立っていてくれて。

『田中、お待た…、』
「おっせーよ跳子!凍え死ぬかと思ったぜ!」
『…うっさいわ!だったら髪の毛生やしなさいよ!防寒用に!』
「なんだと?!うぉ!寒ぃよバカ跳子!返せ」

可愛らしく駆け寄ってみようかなんて思ったのに、田中の一言でいつもの憎まれ口に変わってしまった。
腹立ち紛れに田中がかぶっているニット帽を奪い取ってみれば、彼は慌てた様子で手を伸ばしてくる。
確かに見ているこっちが寒くなりそうなので、私はそのまま田中にニット帽を返した。

『これでも女子としてはちょっ早だと思うんですけど。潔子さんだってまだ部室にいるし。』
「潔子さんはいいんだ!女子だからな。」
『…。』

…だったら私は何だと言うんだ。
そう思うも、今のは自分で自分の首を絞めてしまったんだとそれ以上は何も言えなくなってしまった。
こんなことで凹んじゃダメだ。楽しまないと。


気を取り直して二人で歩き始めれば、特に何もなかったかのように笑い合う。
行き先も何も決まってなかったがとりあえず駅の方向に足を向ければ、だんだんと人通りが増えてきて。
やっぱり一番多いのは、寒さを感じさせないくらいに寄り添った恋人たちだ。

(いいなぁ。ラブラブですなぁ。)

自分と田中ではどうあがいてもあんな風にはなれないだろうな。
そんな風に思ってチラリと隣に視線を向ければ…恋人たちを見る田中がすっかり凶悪顔だ。
ヤンキーさながらのその姿に、目の前を横切るカップルが「ヒッ」と息を飲んで足早に通り過ぎていった。

『…ちょっと田中。その顔やめてよね。』
「ックソ。意味もなくカップルで浮かれやがって…。羨ましくなんてねーぞちくしょう。」
『…。』

−私たちだって、傍から見ればもしかしたら−

ブツブツと呟く田中にそう言いかけて私は言葉を飲み込む。
そんなことを言ったところで実際別にそういう関係じゃないし、変に気まずくなっても困る。
−でもそしたら少しは意識してくれるのだろうか。

ちょっと考え込んでしまった私の様子が気になったのか、気づけば覗き込むような田中の顔が目の前にあって。

「…?跳子、どうかしたか?」
『うっ、ううん!何でも。』
「ならいいけどよ。それにしても、クリスマスらしく〜っつったって何すりゃいいもんだべか。」

田中がそう言って困ったように頭をポリポリと掻いた。
そのせいでニット帽がちょっとだけズレて、私はそれに笑ってしまう。

『まぁ無理に何かしなくてもいいよ。とりあえず寒いし、何かあったかいものでも食べようか。あ、台湾麺とか!』
「おぉ!スープの赤とニラの緑でクリスマスカラーだな…ってそれでいいのかよ!」

私の言葉に笑った田中が、ツッコミついでに私の髪の毛をわしゃわしゃと混ぜ込んだ。
途中で田中の手がかすめるように耳に触れて、冷え切っていた耳がカーッと熱くなった。
やりとりはくだらない内容。それでも私はいつもドキドキしちゃうんだ。

田中の手が離れていき、乱れてしまった髪を手で直そうとしたら今度はポスンと何か被らされて。
目深に被らされて一瞬視界が塞がれてしまったが、すぐにそれが田中が被っていたニット帽だとわかった。
もぞもぞと目元から帽子をあげてみれば、少し赤くなった田中が白い息を吐きながら照れくさそうに口を開く。

「…耳、寒さで赤くなってっから。貸してやるから被ってろ。」
『うん…、ありがと。』

寒さで赤いわけじゃなかったし、絶対に田中だって寒いだろうから申し訳ないと思いつつも、私はそれを手放せなかった。
だってすごく嬉しい。
おかげで頭や耳だけじゃなくて心やほっぺたも温かくなった。

鈍いけど、なんだかんだ優しくて。
バカだけど、色々と気遣ってくれて。
やっぱり私は田中が好きなんだとこんな時に実感させられる。


そのまま歩いていったら、駅前の噴水広場で眩い光が発せられているのが見えてきた。
背の高いクリスマスツリーが設置されていて。
二人とも吸い寄せられるように向かっていけば、チカチカと色々な色に変化していく電飾がすごくキレイだった。

はぁと息をついて見惚れていたが、ふとした違和感に気づく。
すごくキレイだけど、何かが足りない。
視界をだんだんと上にあげていけば原因がすぐにわかった。
このツリーにはてっぺんの星がないんだ。

少し気になってツンツンと田中を裾をひき、大きなツリーの反対側に回ってみれば、作業服姿の男の人が脚立の上で必死に手を伸ばしているのが見えた。
取れてしまったのかつけ忘れたのか、その手にはツリートップの星がある。
あと少しだと言うのに、ギリギリで届かないみたいだ。

「…あのー、俺がやりましょうか?」

田中が脚立の上を見上げてそうさらっと声をかけたから、私は驚いて隣を見る。
確かに背も高い田中なら届きそうだけど。
だからと言って、こんな時に臆せず声をかけることが出来るのって何気にスゴイ。

下を見下ろし、少し戸惑った様子の業者の方に田中がニッと笑いかける。

「っつかやらせてくださいッス。なんか出来たらいいことありそうなんで。」

多少の強引さはあったかもしれないが、男性は本当に困っていたみたいで、結局「すみませんがお願いします」と降りてきて下でしっかりと脚立を支えてくれた。

そして代わりに田中が星を持ってスルスルと脚立を上っていく。
下から見てるよりも何倍も高そうなのに、全然怖そうには見えない。
すぐにてっぺんにたどり着いた田中がグググッと手を伸ばした。

『田中ー!頑張れー!』
「おぅよ!」

頭上から大きな返事が聞こえた時、田中の手の先でパッと星に灯りが灯った。

「おっしゃ!」

周囲で見守っていたカップルたちからもわっと拍手と歓声があがった。
それを受けて脚立の先でガッツポーズをしてみせる田中は、何かの勝負に勝ったみたいだ。
…もう、本当にバカだなぁ。

「どうだ跳子!」
『カッコイイよー!珍しく!』
「珍しくって何だコラァ!」

私達のやりとりに、上を見上げる人たちがドッと笑った。
しぶしぶと言った顔で田中が降りる体勢を取る。

『田中ー。』
「おー。」
『私、田中のことが好きだよー!』
「お…、おぉ?!」

一瞬ズルリと落ちそうになった田中に焦る。
今この時期に怪我なんてされたら大変だ。

『ちょ…!気を付けてよバカ!』
「バッ…?!誰のせいだよ!」

その後は危なげなく、田中が脚立を下りてきた。

私の告白のせいか、周囲の人たちも拍手をしながら何だかワクワクした顔で田中を待っていて。
勝手に祝福ムードの地上に、赤い顔で降り立つ田中はサンタクロースには見えないけど。
これだけお膳立てされちゃってるんだから、私に落ちてくれてもいいと思うんだ。

『たな、』
「…いいことありすぎて怖ぇーよ。」

私を抱きしめた田中がボソリと呟いた声は、ニット帽越しのせいで籠って聞こえた。

−ツリートップはきみの手に

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