●●●影山飛雄
私が名前を呼んだ影山くんは、その鋭い目を珍しくまん丸くして「は?」と言った。
それにどう答えていいかわからずにいたらそのまますぐに休憩終了となり、あんぐりと口を開いたまんまの影山くんを、菅原先輩がずるずると引きずって通常メニューに戻っていく。
私はドッドッと鳴る心臓を押さえ、プハーッと止めていた息を吐いた。
(言った…!言ってしまった…!)
北一の時からずっと好きだった影山くん。
当時から私の気持ちは真っ直ぐ彼だけに向いていたけど、彼はひたすらバレーボール一直線で。
そんな影山くんだからこそ好きになったというものの、真っ直ぐ前しか見ない彼は後ろからささる私の矢印に全く気づく様子もない。
こうしてマネージャーとして側にいられるだけで満足していたこの片想いも、もう4年目に突入しそろそろ動きが欲しいところ。
例え上手くいかなくても、いい。
もちろんフラれるのは怖いし、その時には多少の気まずさが残るかもしれないけど、互いに部活で培った信頼関係があるからきっと伝えても大丈夫だと思えるようになった。
だから告白をしようと色々とタイミングを見計らっているが…これがなかなか難しい。
実はつい先日の影山くんの誕生日にもチャレンジしたんだけど、めっちゃくちゃキレイに、フルスイングで空振りした。
結果的に"彼に遠回しは通用しない"という事だけは身に染みてわかったから、それだけでもよしとしよう。
その時勉強したことを生かして、今日こそ澤村先輩からのパス(意図的なものかはわからないけど)を無駄にしないように決めてやるんだ。
そんな意気込みで仕事に励んでいるうちに、本日の部活が終わった。
私はボトルを回収しながら、影山くんに話しかける。
『か、影山くん。えっと今日、帰り本当に大丈夫?』
「あぁ。別に何もねーしいいけど…、何するんだ?」
バチリとぶつかった目線に私は思わず口ごもる。
何する…って何も考えていないんだけど。
しかしこのまっすぐに突き刺さる視線にそうは言えない雰囲気を感じる。
(どうしよう。クリスマスで影山くんで夜遅くて帰り道で…、)
頭の中はプチパニックで計算中。
計算結果なんて出てもいないのに、その時には口からは勝手に答えが飛び出していて。
『えっと…、その、チ、チキン!チキン食べに行こう!』
「おぉいいな。なんだ。鈴木、腹減ってただけか。」
ちょっと呆気にとられたようなキョトン顔で呟く彼を見て、私はつい固まる。
(あれ、これちょっと選択ミスった…?)
肉、からの告白ってどういうルートを辿ればいいのだ。
しかしそんな私とは対照的に、影山くんは「肉…」と目を爛々と輝かせ始めていた。
…まぁ影山くんが嬉しそうなら、とりあえずセーフってことで。
後は後で考えよう。ビバ前向き。
帰り道。今までも何度か一緒に帰ったことはあるけれど、二人きりというのはいつも緊張する。
でもそれでも今日ほどドキドキしたことはなかったと思う。
クリスマスの電飾に彩られたコンビニに立ち寄り、二人でチキンとコーヒーを買った。
イートインスペースがあったので、そのまま温かい店内ではふはふとお肉にかぶりつく。
最近のコンビニって侮れないくらいに美味しいなぁと実感。
色気なんてどこにもないけど、これが私達らしいクリスマス。
一本のチキンをペロリと平らげた影山くんが、ちまちまと食べ進める私の方をじっと見つめる。
もっと食べたいのだろうか?
首を傾げて言葉を促せば、彼はおもむろに口を開いた。
「−で、何で俺なんだ?」
『ぶっ。な、何急に!』
「菅原さんに、ちゃんとそれを確かめろって言われて。」
おぉぉ菅原先輩、なんてことを…!
いや、告白はしたいと思ってたからナイスな手助けなのか?!
しかしこのコンビニの一角でとかちょっと無理なんですけど!!
私の答えを待つように見続ける影山くん。
答えに詰まって視線を逸らしたら、コンビニの窓に描かれたサンタクロースと目が合う。
そうだ、今日はクリスマスだ。特別な日にもらったせっかくのチャンス。
場所がどうこうなんて言ってられない。告白、しないと。
『何で、というか…その、かっ、影山くん!好き、』
「あ?」
『…な人とかいないの?』
うわぁぁ何だか耐えられなくて最後に付け足してしまった!
そこまで言ったのに!というか影山くんに対してこの質問だって個人的に気まずい。
(まぁどうせ"いない"と言われるんだろうけど…。)
しかし私のそんな予想を裏切り、ふてくされたようにそっぽを向いた影山くんがボソリと意外な言葉を呟いた。
「…いる。」
『!え、えぇぇ?!』
「自分で聞いたくせになんでそんな驚くんだよ。」
ムッとした表情のまま影山くんはそう言うけれど、いやだってそりゃ驚くでしょう!
あのバレー馬鹿な影山くんに好きな人がいるなんて!
え、いやちょっと待って、影山くんに好きな人、って…。
(…好きな人、いるんだ…。)
ふと我に返ると、なんてことを聞いてしまったんだと思い始めた。
影山くんに好きな人がいる。彼が好きでもない子の告白を受けるとは思えない。
つまり、私が告白しても可能性はゼロ、ということだ。
告白するって決めていたのに、フラれてもいいなんて思っていたハズなのに、その気持ちが自分の中でしおしおと絞んでいくのがわかる。
「…鈴木は?好きなヤツ。いねーのか?」
『いやぁ、まぁ。いるような、いないような…。』
「何だそれ。」
多分私が聞いたから同じことを返してくれたんだろうけど、今の私にはその質問は酷過ぎる。
ハハハと苦笑いを浮かべた後、思わずため息と共に本音が小さく漏れ出した。
『…告白とか、もう絶対無理。私なんて所詮この"チキン"みたいな弱虫なんですよ…。』
「あ゙ぁ゙?!」
『?!』
食べ終えたチキンの残骸を見つめながら言った独り言のような私の呟きに、影山くんが想定外の反応を見せて立ち上がった。
「…っ、俺は弱くねぇ。」
『ハイ?あ、いや、別に影山くんのことを言ったわけじゃ…、』
「鈴木。」
『え、』
グッと握られる手と、近づく影山くんの顔。
唇に与えられた柔らかい熱とコーヒーの香り。
状況を理解しないまま目だけは自然と閉じていて、離れていくと同時にゆっくりを瞼を開けた。
そんなに長い時間じゃなかったハズなのに私はそのままポーッとしてしまう。
(夢とか、かな?だって今影山くんと−…?)
自動ドアが開く音と通り過ぎるような冷気にようやくハッとした。
いや、今影山くんとキスしたよね?!というかされたよね?!
まだ立ち上がったままの影山くんに照準を合わせれば、真っ赤な顔で怒っているような表情。
「先走っちまったけど…ちゃんと、好きだからな。」
怖い顔をしながら目の前でそう言った影山くんの声に、幸せのキャパ越えをした私の視界がぐるぐると回り始める。
視界の隅をかすめたサンタクロースに、何だか笑いかけられたような気がした。
−七面鳥は無理だけど
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