長編、企画 | ナノ

月島蛍



ぜっっったいに嫌な顔をするというのはわかっていたけど、名前を呼ばれた瞬間に彼の眉間には深い皺が一本刻まれた。

「ちゃんと連れてってやんなさいよ。」

澤村先輩に笑いながら言われた月島くんがぶつぶつと何かを呟いたけど、その声は私には聞き取れなくて。
せっかくのチャンスだから言ってはみたけど、こりゃダメだなぁと私は諦めのため息をついた。

でも部活終わりに外に出てみれば、予想とは裏腹にそこに立つ背の高い彼の姿。

「…跳子。遅いよ。」
『えっ?!月島くん、待っててくれたの?本当にいいの?』
「何なのその驚き。…じゃあやめようか。」
『いやいやいや行きます行きます。』
「…なら早くしてよね。」

マフラーに顔を埋めながら言う彼の言葉は聞き取りづらいし、唯一見えてる目より上は機嫌の悪さが漂っているようだ。
皺の深さも相変わらずで。

それでもクリスマスの夜に一緒に歩けるなんて、と幸せを噛み締めながら私は彼の一歩後ろを歩く。
たまにチラリと目線だけ確認するように振り返ってくれるあたり、やっぱり優しいなぁと勝手に思った。
言ったら絶対怒るし置いていかれるくらいにスピードアップされそうだから、私は自分のマフラーの下でほくそ笑むだけにとどめる。

暫く歩いていると、しんと静まり返る夜道に月島くんの声がポツリと落ちた。

「…で。クリスマスっぽいって何するの。」
『…なんだろ。』
「何。何も考えてないわけ?」

足を止めてちゃんと振り返ってくれたのに、その声には苛立ちが含まれ出して。

「このままじゃもうすぐ普通に跳子の家につくだけなんだけど。」
『あ、でも送ってもらえただけでも嬉しかったなぁなんて…。』
「は?」

あぁぁもう見下ろされる視線が怖い。
だってそれが本音なんだもん、仕方ないじゃないか。

「そんなんでいいなんて…ショボ。」

呆れたような月島くんがそう言えば、真っ白い吐息が見えた。
ちょっと今ため息つきました?
私の超幸せにたいして"ショボい"とは何たる言い種!

『ショボいって…!じゃあ月島くんが知ってる楽しいクリスマスイベントって何なの?』
「……ケー、」
『言っとくけどケーキ食べる日じゃないからね!』

何でこんな言葉を吐いているのか自分でもよくわからないが、何故か私は勝ち誇ったようにふんっと鼻を鳴らした。

私とにらみ合いながら、月島くんが少し考える素振りを見せる。
そして次には、まだ辛うじて開いていた角の花屋さんに黙って向かっていってしまった。

(??)

彼の行動の意図が掴めないでいると、思ったよりも早く月島くんが帰ってきて。
その手に持っているのは…ラッピングもされず、ただリボンで縛られただけの緑の葉っぱに見えた。

『?お花じゃないの?』

いや、そんなもしかして花束をくれるんじゃないかなんて期待してたわけじゃないけど。
してたわけじゃないけど、私の声には明らかに落胆の色が含まれていて。

彼はそれを私たちの間に高く掲げた。
ますます月島くんのやりたいことがわからない。

『???』
「…これ、宿り木。」
『宿り木…、!ってもしかして…!』

気付いて肩を跳ねさせた時には、もう目の前には月島くんの顔。
ひやりとする顔は痛いくらいに冷たいと言うのに、彼が触れた唇だけものすごく熱い。

ほんの数秒間の後、離れていく月島くんの唇を浮かれるように目で追えば、勝ち誇ったような意地悪な笑顔と視線が合った。

「…宿り木の下ではキスしていいんでしょ?というか、拒んだらダメなんだっけ。」

…何だかんだ言って、知ってるじゃないか。

真っ赤な顔で睨み付けるが、彼にはどうにも効かないみたいだ。

「これで満足?」
『うー…。』
「ほら、もう帰るよ。跳子。」

そして月島くんは、宿り木を持つ手と反対の手で私の手を引いた。

『…私、宿り木って初めて見た。』
「…僕も本当に売ってるとは思わなかったよ。」

それにしても、自分の手で持っちゃうあたりちょっと違うような気がするけど、まぁいいか。

『…澤村先輩に感謝しないとなぁ。』

ぼそりと呟いた声はしっかりと聞こえてしまったらしく、月島くんの手にぎゅっと力が入った。

「…別に主将や君に何とかしてもらわなくても、自分で誘うし。」
『えー?そうかなぁ。』
「…うるさいな。」

そして私は、もう一度月島くんに口を塞がれる。
さっきよりも短いキス。
宿り木の下でなくても、私には拒否なんてできるはずない。

「…跳子、メリークリスマス。」


−宿り木の下で幸せになろう

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