長編、企画 | ナノ

6:00 p.m.



−文化祭実行委員会−

そう手書きで書かれたルーズリーフはもう随分とくたびれていて。
何度も貼り直した跡のある右上のセロテープが剥がれかけ、ペロンと項垂れたそれが貼られている扉が開けば、各クラスの委員会メンバー達が疲れた様子でぞろぞろと出て行く。
私は友人とその波が落ち着いた頃にようやくノロノロと立ち上がって歩き出し、ググッと背筋を伸ばせばすっかり固まっていた背中がパキポキと鳴った。
横であくびをしていた友人がそれに笑う。

「跳子、今すっごい音したけどどんだけ固いのよ。」
『いやぁ、もうこの1か月でだいぶガタガタになった気がするよ。』
「まぁそれもそっか。…やっと終わったね。」

先日、大盛況のうちに無事終わった伊達工文化祭。
今日はその最後の委員会だった。

文化祭は年に一回の開催だから、定期的に何か集まりがあるわけじゃない。
だからそれまでヒマだった分、この時期に凝縮され一気に忙しくなるのは仕方ないとわかっていたつもりだったが、やはり満身創痍というくらいに疲れてしまった。
もちろん直後にはその分やりきったという充実感もあったが、今はもうただの脱け殻のようだ。

「どうする?このまま一緒に帰る?と言ってもオマケつきなんだけど。」

優しい彼女の言葉に私は小さく笑った。
彼女はそんなつもりはないだろうが、オマケというなら確実に私の方だ。
だって一緒に帰る彼氏が待っているんだから。

『んー、でも私荷物教室に置いてあるから。ありがと。また明日ね。』
「了解、またね。」

そう言って友人に手を振って見送った後、一呼吸置いてから私はくるりと踵を返して慌てて走り出した。
教室の前に立ち寄るべきところがあるのだ。


(…やっぱないかー…。)

私の走りは結局空振りに終わった。
深いため息をつきながら教室に向かうために階段を上る。

ダメ元で行ったのは職員室で。
大事な物を落としてしまい、委員会が始まるまで散々教室を探したのだが見つからず、一縷の望みをかけて落とし物がないか確認しに行ったのだ。
しかし担当の先生には申し訳なさそうにふるふると首を横に振られてしまった。

荷物を手に時計を見れば18時になろうというところ。
文化祭の直前にはもっと遅くなることもあったが、普段帰宅部の私がこの時間に学校にいるのは珍しい方だ。
窓に目をやれば短くなった日もすっかり落ちて、ポツポツと外灯がつきはじめているのが見えた。

(仕方ない、諦めよう。)

もう一度つきかけたタメ息を逆に吸い込むように気合いを入れ、私は教室を出る。
ズンズンと大股で歩いてやってきた昇降口で靴を出したところで、後ろからプッとふきだす声が聞こえた。

「ずいぶん男らしい歩き方だな、跳子。」
『ふっ、二口…!』
「靴も叩きつけられて、すげー音したけど。」
『別に、怒ってるわけじゃ…。』

モゴモゴと口ごもる私の隣で、二口が口笛を吹きながら靴を出した。
私と違ってご機嫌のようだ。

『…部活、もう終わりなの?』
「おー、今日はちょっと早いんだよ。明日課外実習だからな。」
『そうなんだ。』

そのままなんとなく、自然と私たちは並んで歩き出す。
さっきまで厄日かとすら思っていたのに、私の足はふわふわと浮き足だって。
−あぁでもやっぱりこんなチャンスがあったのならなおさら、ともう一度沈み込む。

「そういやさ、」
『んー?』
「今日俺、誕生日なんだよな。」
『…っ。』

二口の言葉に、"ふーんそうなんだ"なんて素知らぬ顔でしらばっくれてみるけど、そんなの全然知っている。
11月10日。二口の誕生日。
だから私は今年こそ渡そうとプレゼントを用意していたのだ。
…そしてそれをどこかに落としてしまったんだけど。

「"そうなんだ"って、冷てーなぁ。」
『…すいませんね。』

せめておめでとうと伝えるチャンスだというのに、自分のバカさ加減がちょっと嫌になって思わず言葉に棘が含まれる。
…二口は何も悪くないのに。

その二口が少しだけ顔を歪ませて"可愛くねー…"と呟いた。
そんなの、わかってる。
そう思いながら自分勝手に傷ついていると、二口が立ち止まってカバンをごそごそと漁った。

「…お前には、こういう可愛らしい心はねーのかよ。」
『…あっ!』

二口が取り出したのは−、私のプレゼントが入った小さなショップバッグ。

(ななっ、何で?!何で二口が持ってんの?!)

口を開けたまま二の句が告げないでいる私を横目に、二口がそれを掌に乗せた。

「廊下に落ちてたって青根が部室に持ってきたんだけど。まぁ確かについてるカードの宛名は俺の名前なんだけど、俺、もらった覚えねーんだよな。」
『えっと、でも、二口の名前書いてあるなら、プレゼントなんじゃない、かなぁ?』
「ふーん、跳子は受け取ってもいいと思うか?」
『いい!…と、思う。』

驚きすぎて我ながら訳のわからないことを言っていると思う。
でもだって諦めかけていたプレゼントが知らぬ間に当人に渡っているなんて、思ってもみなかった。
青根くん、なんてGJなんだ!

そのまま"へぇ"なんてプレゼントを指に引っ掻けながら、二口がガードレールに腰をおとした。
長い足をもて余すように投げ出すから、ちょっとかっこよすぎて腹が立つ。
プレゼントの袋を弄びながら、二口がこちらを見てニヤリと笑った。

「…俺さー。実はこの袋持ってたヤツ、一人知ってんだよな。」
『!!』
「朝教室でソイツに挨拶した時にさ、鞄からちょっと覗いてて。俺の好きなショップの限定バッグだったからつい"何か買ったのか"って聞いたら、すげー勢いで隠されたんだけど。あれによく似てんなぁ。」
『う…!』

ニヤニヤと意地悪い表情を浮かべながらが二口が言うのは、明らかに今朝の私とのやりとり。
これは、どう考えても…バレている。

「それにこの"二口へ"って書かれた、ひねくれた字。どっかで見覚えねー?」
『ぐっ。』

とどめとばかりに宛名カードを取り出して、私の目の前に突きつけてくる二口は、なんて楽しそうなんだ。

「んで?跳子、俺に何か言うことあるんじゃねー?」
『…お誕生日、おめでとうございます。』
「サンキュ。でもそれだけじゃないだろ?もう一個。ほら、言ってみ?」
『うぅぅ。』

明らかに言わせようとしている二口の前に、私は降参寸前で。
ぐるんぐるんと考えすぎて回る視界に、少しだけ真面目な色を宿した二口の視線が飛び込んでくる。

「…多分それ、俺の一番欲しいヤツだから。」
『ひぇっ?!』
「それに今なら色々誕生日特典がつくんだけど?」
『二口が、好き!です!』

私の一番好きな二口の笑顔があまりにも近くて、私は思い切ってそう言葉に出した。
だって特典、超欲しい!

その瞬間、二口の手が私の腕をひく。
ガードレールに座っているせいで同じ高さにある二口の唇が、"跳子"と呟いてから、ちゅ、と私のそれをかすめた。

「特典その一、な。」

二口が言ったと同時に、切れていると思っていた真上の外灯がパッと急についたら、自分からしたくせに彼は赤くなっていて。


夕闇照らす18:00
街には夕餉の香りが漂い始める。
気持ちとは裏腹に私のお腹がぐーっと音と立てれば、アナタが声を上げて笑った。

「じゃあ特典その二は、飯でも食いに行くか。」
『えっ!ちょっとその前に返事は?!』
「それは…、特典その100くらいだな。」
『えーっ?!』

二口の後ろを追いかけながらブーブーと文句をつけるが、その前に特典を99個ももらえる事に気付いた私は一人でまた赤くなってしまった。


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