長編、企画 | ナノ

12:00 p.m.



チャイムが鳴れば教室中に広がる歓喜の声。
お昼を迎えるこのチャイムは、お腹をすかせた高校生にとってはさながら教会の祝福の鐘のよう。

「今日のところはテストに出るからなー。」

しかし最後に先生が大きな声でそう言えば、歓喜の声が急激に「えーっ」というブーイングに変わる。
私も同じように声を出したが、よく考えれば範囲を教えてくれる先生は優しいんじゃないか。
これはきっと"テスト"という単語に対する条件反射みたいなものだ。

何はともあれ、12時だ。
ガタガタと席を立って、皆それぞれ所定の位置につこうと動き始める。
後ろの扉が一際大きな音を立てたのは、購買組がパン争奪戦のためにダッシュで出ていったからだろう。

私もお弁当の入った大きなバッグを持って、いつも通り松川の席へ向かった。

『松川。今日はどこにする?』
「おー。天気もいいし、屋上にするか。」
『ん、いいね。』

席を立ちながら松川がヒョイと私の手にあったバッグを持ってから歩き始めた。
いつもの事ながら見事なくらい超自然で、私は一瞬お礼を言うのを忘れそうになる。

『ありがと。』
「おぉ。っていうか作ってもらってるのコッチだしな。跳子が礼を言うとこじゃねーよ。」

お礼を言われると照れくさいのか、背の高い彼がさらに視線を上にあげる。
目は合わないけど、むき出しの耳がちょっと赤くなっているのが見えて、私は我慢ができずにクスクスと笑った。
それに気付いた松川が、何も言わずに空いている方の手を私の頭に伸ばす。
その大きな手で髪の毛をわしゃわしゃっとされるが、私は何だか嬉しくて笑うのをやめられなかった。

松川と付き合い始めてから、私は彼のお昼ご飯をなるべく作るようにしている。
といっても料理が得意だから、なんて事は全くなくて、むしろ真逆だ。


きっかけは確か、去年の夏前だったか。場所はやっぱり屋上だった。
当時サッカー部の先輩と付き合っていた私は、突然その彼氏に「弁当作ってきて」と言われ、「下手だから」と必死で拒否したが先輩に押し切られて。
結局作ってみるも、結果は案の定散々なものだった。

それでもせっかく一生懸命頑張ったのだからと持ってきたが、蓋を開けた瞬間先輩がサーッと顔色を変えた。
ふるふると震える手でほんの一口卵焼きを食べて、グッと喉に詰まらせるような音を出す。

「…う、ん。うまい、よ。」

絞り出すようにそれだけ言った先輩は、もうそれ以上お弁当に箸をつけなかった。
私もそれが嘘だっていうのはわかりきっていたし無理強いするつもりもなかったが、先輩が気まずそうに「ちょっと腹の調子が悪くてさ…」とか言いながら、お昼休みも終わっていないのに先に教室へ戻っていくのを見送ると、急激に悲しくなった。

(…だから言ったのに。下手だって。)

不甲斐ない自分への腹立たしさが相まって、八つ当たりをするように全く減っていないお弁当に蓋をした。

美味しいと言ってくれる彼氏のそれを"優しさだ"と受け止める子もいると思う。
でも私にはとてもそうは思えなくて。
だからと言ってどうしてほしかったのかはわからない。

涙が出そうになって鼻水をずずーっと吸い込んだ時、貯水槽の上で「うぉっやべっ」という声が聞こえた。
ビックリして見上げてみると、背の高い男が焦ったようにひょっこりと顔を出した。
−それが松川だった。

(見たことある人だ。確か、隣のクラスの−…、)

壁に貼り付いたような梯子を、失敗したという表情でゆっくりと降りてくるその人の様子をつい見つめていたら、降りきった彼とばっちり目があってしまった。

「…随分でけー弁当だな。一人で全部食べんの?」

まさか話しかけられるとは思ってなかったからビックリしていると、彼はもう一度「それ」と蓋の閉まったお弁当箱を指さした。

『ち、違うよ!これはその…失敗作だから捨てようと思って…。』
「ふーん…。なら俺、食ってもいいか?」
『えっ!?いや、本当に美味しくないから!やめた方がいいよ!』
「寝ちまって昼飯買い損ねたし、いいだろ。あ、俺、松川。2年1組ね。」

慌てる私をスルーして、松川くんとやらはがっつり隣に腰かけた。
大きいお弁当箱をパカリと開けて、何の躊躇もなくチキンを口に運ぶ。
顔色をかえることなくもぐもぐと口を動かして、やがてゴクンと大きく飲み込んだ。

「んー、確かにうまくはねーな。」
『う。だから無理しなくても…。』
「でも別に食えっけど。これなんてすげー米進むわ。多分味付け、塩かしょうゆどっちかでよかったんじゃね?」

褒めてはくれてないけど、松川くんは次のおかずに箸を伸ばす。
そしてなんともないようなシレッとした顔でご飯をかきこむ姿に私は釘付けになった。
美味しいわけはない。ただ味が濃いだけ。
でもその姿はとても美味しそうに食べているような錯覚に陥った。

『おぉ、美味しそうに食べ…。』
「いや、だからうまくはねーって。結構ポジティブだな、オイ。」

私がボソリと呟けば、松川くんがそう言ってプッと笑った。
私も悲しかったのなんてどこかへふっとんで笑ってしまう。
その後も一口毎にぐさりと刺さるような正直なコメントをもらうが、逆にそれに優しさを感じた。
そんな残り物のまずいお弁当だったのに、食べ終われば丁寧に「ごちそうさま」と手を合わせてくれたのも嬉しかった。


結局その後すぐに当然のように先輩とは別れることになった。
先輩が何だかとってつけたような理由を言っていたが、私ももう好きだなんて思えなかったからどうとも思わなかった。
どんなにキレイな理由をつけたって先輩が「マジありえねぇよ。くそまじぃし、あんな子だと思わなかった」と友人に文句を言ってたことだって知っているのだ。


その代わりというわけではないが、私はちょこちょこと松川と話すようになった。
廊下で会えば立ち止まって話したり、食堂で会えば同じテーブルの空き席に座ったり。
憎まれ口を叩くことも多かったけど、そんな風に話していれば松川の優しさに触れる機会も増えていく。

松川は素知らぬ顔をしていたが、あの日も屋上でしっかり私と先輩とのやり取りを聞いていたんじゃないか。
それがわかった上で、あんな風になぐさめてくれたんじゃないだろうか。そう思えた。
そんな期待をしてしまう時点で私は松川に惹かれていることは明らかだった。

神にも仏にもとにかく頼みまくった効果なのか、クラス替えで一緒になれた時は一人で叫びそうになったほど。
そして私の呼び名が"鈴木"から"跳子"に変わった頃、私たちは付き合い始めることになった。


途中の自販機で飲み物を買う。
これもいつもの通り。
お弁当のお礼と称して、松川がおごってくれるのだ。

屋上の扉を開ければ途端にひゅうっと風が通り抜ける。
一瞬それが少し肌寒いように感じるけど、日だまりに座ってみればポカポカと陽気が気持ちよくて、やはり屋上の選択はベストだと思えた。


「お、コレすげー美味い。」
『で、でしょ?!』
「っつかおばさんだろ?作ったの。」
『うっ、その通りです…。』

いつか本気で美味しいと言わせてみせる!と意気込んだものの、持ち合わせたセンスとかは磨くのに時間がかかるのだ。
しかし毎日お昼が美味しくないのは松川のモチベーションにも関わる重要事項。
…そう、だからたまにはこんなズルだってする。


『今日のお弁当は点数つけるとしたら何点?』
「んー…50点だな。」
『っあーもう!厳しいなぁ!』
「いや、甘々だろ?」
『えーっ?そんな!?』

まぁ確かにあのクオリティで"半分も取れた"のは松川が甘くしてくれてるのかもしれない。
私も最後の焦げたハンバーグを飲み込みながら松川の方にチラリと視線を向ければ、彼は優しい視線を私に向けていたから思わずドキッとしてしまった。

「50点満点かもしんないだろ?」
『えっ?』
「…俺だって好きな女には弱いんだよ。ソイツが自分のためだけに作ってくれるって、それだけでもすごくねぇ?」
『!!』
「ま、花嫁修業頑張ってくれよ。跳子。」

ごちそうさま、と軽くチュと触れるキスは二人きりの時だけの特別なサイン。
相変わらず松川の耳は赤いけど。


12:00pm 一日の折り返し地点
そんな大切な時間を、今日もアナタと。


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