長編、企画 | ナノ

10:00 a.m.



この新学期から隣の席になった縁下くんはとっても面倒見がいい。
クラス中から頼りにされているどころか、その影響力は他クラスや先生までに及ぶ。
でも彼はそれを鼻にかけたりは全くしない。

『…縁下くん、スゴイね。』
「え?急にどうしたの、鈴木さん。何もスゴイことなんてしてないんだけど…。」

ちょっとした空き時間にも色々な人たちが彼を訪れ、それらに嫌な顔一つせずに笑っている姿をひたすら隣の席で見ていた私は、つい授業開始のチャイムと同時にそんな言葉を口にしてしまった。
唐突なそれに少し驚いた表情を浮かべた縁下くんが、不思議そうに答えてくれた。


最初に名前を見た時はちょっとビックリして「ことわざか!」なんて心の中で突っ込みを入れたけど、今となっては「名は体をあらわすとはよく言ったもんだな」なんて思う。

(なんつーか…謙虚。)

そう思いながらじっと縁下くんの顔を見つめていれば、「え?何?」とはてなマークを浮かべて私と目を合わせながら、彼の手は次の授業の準備を滞りなく進めている。
…器用だな、オイ。

先生が入ってきて、私も縁下くんも前を向き直る。
それに比べて、と先程の自分の言葉の続きを思い浮かべてため息をついた。

元来面倒くさがりな性分な上にどちらかと言えばちゃっかり者の私に、何かを頼もうなんて人はあまりいないが、もし私が彼のように何か頼まれたとしたら、きっと恩着せがましく"貸し"にする。
しかも相当な高利貸しだ。
さらに言えば、何事においても何かしら利点がないとやる気は出ないし、成果が少しでも出たらめっちゃ褒めて欲しい。

そんな私から見たら縁下くんがサラリとやってる事は本当にスゴイと思うし、ずっとニコニコしてて疲れたりしないのかな、なんて少し心配になるレベルだ。


−ねね、縁下くんってちょっとよくない?

ちょっと前に女友達とそんな話題になったことを思い出す。

一緒にお弁当を食べていた残りの二人も「わかるーっ!」とノリノリだった。

「苦手科目とかなさそうなくらい頭いいよねー。聞くとすごく親切丁寧に教えてくれるの。」
「それなのに運動部でしょ?スポーツもできるとかすごくない?」
「頼りがいもありすぎるくらいあるもんね。跳子、隣いいなぁ。」

うんうんと頷いていた彼女らが一斉に私を見る。
考えながらもぐもぐと動かしていた口の中身をごくんと飲み込み、私は首を傾げた。

『うーん、でも私的には"いい人"すぎてちょっとなぁ…。』

彼女たちの台詞は何一つ否定はしないし、個人的には顔だって好みだ。
ただ、勝手に妄想して申し訳ないが、もし彼と付き合えたとしても、何と言うか、ちょっと困る気がする。
私がこんなんなのでいい人すぎる人が相手だと私がさらに堕落してしまいそうなのだ。

そんな事を口にしてみれば、友達は「んな勝手な」と呆れた声を出しながらも、誰一人否定はしてくれない。
…ちょっとフォローしてよ。


ぼーっと思考の波の中を漂っていたら、いつの間にか最初の授業が終わった。
ハッと気づけばノートは真っ白。コイツはヤバイ。
慌てて黒板を見るが、今日の日直がさっさと文字を消し始めていた。

『……。』
「…鈴木さ、」
「縁下先生!」「力ぁ!」
「うわぁ!!」

呆然とする私の耳に教室の後ろから飛び込んできた聞き覚えのある声。
呼ばれた縁下くんも隣でかなり驚いて、肩を跳ねさせた。
そのままため息をついてそちらに向かう縁下くんを目で追っていれば、やはりそこにいたのは補習でよく一緒になる田中くんと西谷くん。
教科書を片手に何か一生懸命お願いしているようだ。

「お前ら…昨日手伝わないって言っただろ。」
「すすすスイマセン!」
「いや、一問だけ!頼む!」
「はぁ…。とりあえず一つだけすぐ野暮用すますから、俺の席で待ってろよ。」
「「ッサンキュー!」」

大きな声で縁下くんにお礼を言った二人がこちらにやってくるので、私はプラプラと右手を振った。

「おっ、鈴木。」
「そっか、お前力と同じクラスだっけか。」
『うん。今はお隣さんだよ。二人は、そっかバレー部か。』
「おうよ!」
『…部活での縁下くんってどんな感じなの?』

いそいそと教科書を広げて準備する二人に、ふとそんなことを聞いてみた。
理由は自分でもよくわからないけど。

「力はいいヤツだ!すげーたまに怖いけどな!」
『怖い?縁下くんが?』
「あぁ、なんつーかこう、笑顔で追い詰めるっつーか、一言でバッサリっつーか、」
「…二人とも、口動かしてるなんて余裕だな。」「「ほぎゃぁっ!!」」

いつの間にか戻っていた縁下くんの声に、田中くんと西谷くんが青ざめた。

(アレ?)

そして縁下くんのオーラが…黒いような気がする。
普段と変わらない笑顔なのにどことなく禍々しい。

とりあえずこの短い間にババッと一問だけ教えた縁下くんが、二人に昼休みにもう一度来るように伝える。
その様子をじっと見ていたら、縁下くんとバッチリ目が合ってしまった。

「…鈴木さんも一緒にやる?苦手だったよね、数学。」
『えー、うーんじゃあ…って何で知ってるの!?数学が苦手な事。』
「いや、ほら俺色々先生に頼まれたりするから。あ、でもやるなら鈴木さんでも手加減しないけどね。」
『っ!?』

にっこりと微笑んだ縁下くんの台詞は全く甘くはないのに、私の心臓はドキンと跳ね上がった。
優しいのに厳しくて、有無を言わせないモノを感じる。

「あ、オイ。田中、西谷。チャイム鳴るからもうクラス戻れよ。昼に飯持ってここな。」

田中くんと西谷くんが「おー」と元気な声をあげて教室から飛び出して行くと、彼の言葉通りそれからすぐに次の始業のチャイムが鳴った。
ガタガタと騒がしい教室に、すぐに先生がやってくる。

「…驚いた?」
『え?』
「ははっ、俺、本当はこんなヤツなんだよ。」

先生に見つからないよう小さな声で彼が笑う。
照れているような、困ったようなそんな顔で。

「なんか誤解してるみたいだったからさ。」

うん。
優しいのは誤解じゃないけど、確かに知らない一面だった。
しかもそれは表裏一体。
でもそのおかげで私の心臓がさっきからバクバクと鳴り続けているのを、彼は知る由もない。
後で友達に謝罪と報告をしないと。


眠気と戦う午前10:00−
でも今日の私の目はひたすら彼に釘づけだ。

彼のためならこんな私でも、少し頑張りたいななんて思った。


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