長編、企画 | ナノ

8:00 a.m.



第二体育館の近くまで来れば、開けっ放しの扉からダムッとボールの弾む音が聞こえた。
今日も朝早くからバレー部は元気に活動中だ。
そして私がここにいる理由も、そこにいるうちの一人が目的で。

扉の影からそっと中を覗けば、真剣な表情のバレー部員たちがボールを必死で追っていた。
もう朝練も終了の時間だというのに、そんな気配は微塵も見えない。

「さっ来ーーい!!」

(いたっ!)

普段は爽やかで優しげな表情を終始絶やさない彼が、厳しい顔を見せる瞬間。
向かい合うネットの上からコーチが打った打球を真正面であげ、菅原くんが「ッシャ!」と小さくガッツポーズを見せた。
きっと今、私の黒目は昔のマンガのようにハートマークになっていると思う。

(か、かっこいい…!!)

毎度思うけど、あんな至近距離であんな早さで向かってくるボールをよくあげられるもんだ。
前にそんな事を彼に言ったら、「俺、セッターだからレシーブそんな得意じゃないんだけどな」なんて照れくさそうに笑いながらお礼を言われたっけ。
でもそのセッターだってスゴイと思う。
見よう見まねで体育の時間にトスをあげようとしてみたが、タイミングは全く合わないわ、手で持ったとかで反則とられるわ、挙句の果てには突き指までしてしまった。
菅原くんは簡単にやっのけてるように見えたけど、そもそもバレーボール自体思ったよりも固くて痛いし。
後程包帯の巻かれた私の手を見て、菅原くんに珍しく怒られてしまったのを未だに覚えている。


菅原くんとは残念ながらクラスは一緒になったことはないけれど、2年生の時に委員会で一緒になってから彼は私の心をわしづかみにしたまま離してくれない。
いや、勝手にわしづかまれたのは私なんだけど。
ちょいちょいやらかす私のフォローを、嫌な顔一つせずにしまくってくれた菅原くんに、惚れない理由なんてどこを探しても見つからなかった。

同じ委員会に所属していたのも1期だけだったから、その後は関わりは減ってしまったけど。
それでもたまに廊下や食堂で会えた時には、菅原くんは眩しすぎる微笑み付きで「鈴木!」と手を振ってくれて。
それだけで幸せ…!なんて思っていたのに、そのうちに毎日でも姿が見たくなって、結果私は毎朝この時間にひっそりとここからバレー部の練習を見るようになった。
人間とはかくも欲深き生き物だ。


そんな毎日を過ごすこと約一年。
私の菅原くんに対する"好き"っていう気持ちもいい加減パンパンに膨れ上がり、さらにはもともとモテる菅原くんの周囲がなんだかどんどん騒がしくなってきて。
好きで満杯のそこに不安まで注入されたら完全にキャパオーバー。
放っておいても溢れだしそうな気持ちを、とうとう彼に伝えようと決めた。


そう決めたんだけど…。
毎朝のようにチャレンジするのに、なんだかタイミングが合わなかったり、出だしで盛大にコケて話しかけられなかったり、練習してたらいつの間にか体育館に誰もいなかったりして告白どころか声をかけるに至っていない。

なんだか空回りしまくってるような気もするが、今日こそ!今日こそ!!告白をするんだ。


「集合ーっ!」

人知れず気合を入れる私の耳に、澤村くんの声が届いた。
どうやら朝練も終了したようなので、このまま出てくるのを待ってすぐに呼び止めよう。
授業が始まるまであまり時間もないから、迷惑をかけないようバッと伝えるんだ。

扉の外で深呼吸を繰り返していると、体育館の中の人の気配とざわめきがだんだんと近づいてくるのがわかった。
さらに柱の影に隠れて菅原くんの姿が見えるまで息をひそめるようにして待つ。
3年生が体育館を出るのは最後だと知っている。だてに毎日見ていないのだ。

オレンジと黒髪の子が競い合うように出て行けば、気怠いのっぽさんとそばかすの可愛い子がため息と共にそれに続く。
美人で有名な清水さんの後を坊主頭とツンツン頭の人が追いかけていき、それを呼び止める優しげな男の子。
星のヘアゴムで髪をくくった可愛い子が手にしていた荷物を男の子二人が持てば、その子は頭が地面に着くんじゃないかってくらい恐縮していた。

−うん、きっとこの後だ。
近づく笑い声に、飛び出そうな心臓を押さえるようにシャツの胸元を握りしめる。

澤村くんと東峰くんと並んで、菅原くんがタオルで汗を拭きながら出てきた。

(今だっ!)

『すっ、すすすすぎゃわらぐっ、ぐぇほっ!』
「うぉっ、鈴木大丈夫?!」


…またやってしまった。恥ずかしい…!

咳き込む私の背中を優しくポンポンと撫ぜてくれる菅原くんに、恥ずかしいなら情けないなら嬉しいやらでちょっと泣きそうになる。

いつもだったらここで走り去るところだけど、今日は負けない。
告白するって決めたんだから。


ようやく顔をあげてみれば、菅原くんがもう一度「大丈夫か?」と聞いた。

『だ、大丈夫。ごめんね。』
「ならよかったわ。」

そう言ってニッと笑った菅原くんが、隣にいた澤村くんと東峰くんの方を見て「な?」と一言言った。
澤村くんと東峰くんも何だか微笑ましいような暖かい視線で私を見てきて、よくわからないまま私は何となく頬を押さえた。
わからないけど、3人ともすごく楽しそうだ。

「…どもって、噛んで、むせたな。」
「なんというか、フルコースだね。」
「な?可愛いべ?」
『かわ…っ?!』

予想外の菅原くんの言葉に、顔の温度がさらに上昇したように感じる。
何の話か理解不能なのに、菅原くんの言葉が私に向かっているような気がしてならない。

(かかか可愛いって、一体何の事でしょうか?)

何も言えなくなって口を魚のようにパクパクさせる私を余所に、澤村くんが苦笑いを浮かべた。

「俺らが可愛いって思ってもいいのか?」
「あ、それはダメー。」
「スガ…。」

東峰くんの呆れるような目線を受けながらシシシッと笑って、菅原くんが頬を押さえる私の右手を取った。

「とりあえず一緒に戻ろうか、鈴木。大地も旭も、行ってていいよ。」
「アレ?スガ、着替えなくていいの?」
「おー。一限体育だからこのままでいいや。」
「わかった。先行くな。」

手を振って去っていく二人を茫然と見送り、一呼吸置いてから菅原くんが私の手を引く。
私は足がもつれそうになりながらも一緒に歩き始めた。
この手は一体どういうことでしょうか。

「鈴木、毎日観に来てくれてたよな。」
『えっ?!気付いて…?』
「当然。…なんか俺のためとかじゃないのに、おかげで勝手に気合入ってたわ。」

菅原くんの目が、声がすごく優しくて、ドキドキしすぎてるせいか私の言葉が喉に詰まる。

でもこんなチャンス、いまだかつてない。
今言わないと。
私はゴクリと色んなものを一気に飲み込んで、繋ぐ手をグッと引いて菅原くんの足を止めた。

『あの、』
「鈴木。」
『へ、ヘイッ!』

私の言葉を遮った菅原くんが、向かい合うようにして身体をこちらに向ける。
パニック状態で思わず変な返事をしてしまった私に、菅原くんがハハッとちょっと笑ってから照れくさそうに言った。

「俺、そんな君が好きなんだけど、どうですか?」


−膨れ上がった気持ちが、今破裂しました。

そんな午前8:00をお伝えします。


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