長編、企画 | ナノ

6:00 a.m.



委員会の仕事で早めに登校しないといけなくて、いつもよりかなり早く家を出る。
目を覚ますために冷たい水で顔を洗ったというのにまだまだ眠たくて、玄関を開けながら本日5度目のあくびをした。

『ふぁ…、あ。』

すると目つきの悪い幼馴染がちょうど目の前の家の玄関から出てきて、私は思わずそのまま声を出した。
そんな私の声が聞こえたのか、靴ひもを結び直していた飛雄も顔をあげ、ボソリと私の名前を口にする。

「跳子。」

ずいぶんと久しぶりな気がして、目が合ったまま少し固まってしまった。
中学までは一緒だったけど、高校が別になってからはこんなにご近所なのになかなか会う事はなくて。
きっと飛雄は部活に忙しいんだろう。

妙に気まずいような照れくさいような感覚でいたけど、私達は自然と並んで歩き始めた。
途中までは一緒だし別にそれはおかしな事じゃないハズなのに、何故か緊張してそこだけは不自然にぎこちない。
そんな風に色々考えていたがそういえば挨拶すらしていない事にふと気づいた。

『あの、おはよ。』
「あぁ、はよす。…久しぶりだな。」

ぶっきらぼうな口調でそう言った飛雄の顔が少し赤いような気がして、あぁもしかしてコイツも同じ感覚なのかもしれないなんて思った。
そう思ったら少し笑えてきて、クックッと喉を鳴らせば二人の間の空気が少し軽くなる。

『そうだね。飛雄は朝練?いつもこんな早いの?』
「まぁだいたい。跳子は珍しいよな。」
『すごいね。私は今日は委員会。起きれてよかったよ。いつもまだ寝てるもん。』
「お前朝ダメだもんな。」

今度は飛雄が小さく笑う番だった。
バカにされた事にムッとして睨みつけてみるも、久しぶりに見た彼の素の笑顔にそのまま思わず釘づけになる。

−そうか。笑えるようになったんだ。

『…高校、楽しそうだね。』
「んあ?…あぁ。跳子はどうなんだ。青城。」
『んー?楽しいよもちろん!』

私の言葉に思い当たるフシがあるのか、少し気まずそうに飛雄が言葉を濁したのが解った。
私はそれに気付かないフリをして明るく答える。


思い出したのは、飛雄の中学最後の試合。

天才と呼ばれる飛雄は実際に強いし、スゴい。
それに努力家で。
ただ自分と同じモノを皆に求めてしまうところがあるみたいで、チームメイトとちょいちょいもめているというのを聞いてはいた。

私も観に行ったその大会でも何度も仲間とぶつかっていて。
よくも悪くも自分の気持ちに真っ直ぐで、偽ることを知らない飛雄は話す言葉も端的というか直情的だ。
だから人によってはかなりきつく感じるだろう。
しかもその時の飛雄はかなり焦って苛立っているように見えた。

そして、結局最後に飛雄があげたトスの先には、誰も飛んでいなかった。
ボールがただ空を通りすぎ、ポンポンとコートに転がる。
その瞬間、私の目に映る飛雄の世界に、亀裂が入ったようだった。

私は、何も言えなかった。
その日の帰り道も、ただ黙ってこの道を二人で歩いただけ。
黙々と一人でボールを叩いている時も、青城行きをやめたと聞いた時も、「そっか」とだけ口にして隣にいるだけだった。


飛雄が笑えるようになった事。
それはつまり、飛雄が楽しくバレーができているって事だ。
とにかくひたすらにバレーまっしぐらのバカだから、それさえ出来ていれば彼の生活は安泰なのだ。

それはすごく嬉しいし、安心した。
でも心のどこかで、彼をそうさせたのが自分じゃない事が喉にささった小骨のように引っかかる。
自分ではただ静かに傷ついて戦う彼の何の力にもなれなかった。

そんな自分勝手な想いを胸の奥にしまい込んで私は笑う。
…朝からちょっと切なくなってしまったじゃないか。


『じゃあ、私こっちだから。』

青城に続く道を指さして言えば、飛雄は無言でコクリと頷いて別の道を進む。
単純な通学路の別れ道なだけなのに、私には何故か違う意味に感じてしまって。
そんな解りきっていた答えにチクリと痛む胸をグッと押さえて、私も足を一歩踏み出した。


「−跳子!」

歩き始めた私の耳に飛雄の声が聞こえて、私は勢いよく振り向く。

「あーっと…ありがとな。お前が居たから俺、今バレーできてる。」

予想外の言葉に目を見開いていると、飛雄が眉に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。

「…気に食わねーヤツもいるし、思い通りにならねー事も多いけど…でも俺今"チーム"にいる。最強のチームだ。」

最後にニッと強気に笑った飛雄が空に向かってグッと腕を伸ばす。
飛雄の拳が逆光の朝日に照らされて、まるで太陽を掴んでるみたいで、それが眩しくて眩しくて、私は思わず少し泣きそうになった。

「青城との試合、観に来いよ。ただし俺の応援な。」
『っそれ、絶対私学校で怒られるじゃん!』
「そんなん関係ねーよ!じゃあな。」

もう一度笑って走り去る飛雄の背中を見て、私は目を擦った。

皆が自分の学校を応援している中、私に対戦校の応援をしろとはどんだけ鬼なんだ。

それでも飛雄の応援ができることが嬉しくて仕方ない私は、結局その通りにしてしまうんだろうな。


あくびを噛み殺す早朝6:00−
浮かんだ涙はあくびのせいという事にしておこう。


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