長編、企画 | ナノ

調子がいいのは百も承知



あれから日々順調で、すごく楽しい毎日を過ごせている。

梅木多さんたちと何度もお買い物も行っているし、敬語もすっかり消えていろんな子たちと仲良くなった。

岩泉くんや及川くんも何ら変わらず話しかけてくれるし、授業中の後ろからのからかい攻撃に巻き込まれて先生に怒られてしまうのもいい思い出と言えるかもしれない。
今ではスッカリ及川くんの標的の一人にされてしまっているような気がするけど、まぁ(そこには大抵岩泉くんも一緒なので)それもよしとしよう。


ただ一つだけ微妙な事があって。


「−鈴木の事、俺前から好きだったんだ。」
『…あの、ありがとう。でも、ごめんなさい。』


…こんな風に告白される事が増えた。

増えたも何も前には全くなかった事だったので、最初は本当にただただ驚いてしまって。
もちろん気持ちが本当ならすごく嬉しいけれど、どうにもそれが私には信じ難いのだ。
物珍しさというか、前の姿との振り幅で言われているだけのような気がして、そこに気持ちがあるようにはどうしても思えなかった。

だって"前から"なんて言葉が前に付いているけど、このクラスメイトは岩泉くんにあの日"私にノートを渡すという選択肢はあり得ない"と言って笑っていた男子だし。
つい1ヶ月程前にそう言って自分を嘲笑していた人の告白をそのまんま受け取るのは、プチ人間不信を卒業したばかりの私には至難の技だ。

それだったらまだこの間の知らない他クラスの男子のように、「髪切ったら思ったよりいいじゃんって思ってさ。だから付き合ってやってもいいけど」という上から目線の告白(?)の方がまだ素直に受け止められるような気がする。
…いや、あれはあれでちょっとイヤだったけど。
でもそれは正直な気持ちだとは思えた。

どちらにしても岩泉くんへの気持ちが揺らぐことはないので、お断りをするだけなんだけど。
それでもどうにもモヤっとしたモノが心のどこかに残ってしまうのだ。


「−跳子ちゃん、アイツの告白断ったんだって?」
『!?なんで及川くんがそんな事知ってるの…?』

昼休み終了のチャイムと共に一緒にご飯を食べていた梅木多さんたちと離れて自席に戻り、次の授業の準備をしていたらニヤニヤしている及川くんから声をかけられた。
及川くんの声は小さかったけど、内容が内容だけに思わず周囲を見回す。
岩泉くんはどこかに行っているらしく、隣の席は空いていて少しだけホッとした。
別に彼に関係がある話ではないのだけど、何となく知られたくはない。

「いや、本人が体育の時に"ダメだったわー"って言ってたからさ。」
『…そうなんだ。』
「…言われるの、迷惑だったりするの?あんま嬉しそうじゃないね。」
『迷惑、とかじゃないけど…。嬉しいけど、言われる言葉をそのまんま信じる事が難しくて、ね。』

苦笑いを浮かべた私を見つめたまま、及川くんが「ふーん」と小さく呟く。
及川くんと話すために後ろを向いていた私の目に、教室後方の扉から入ってきた岩泉くんの姿が見えた。
途端にわかりやすく高鳴る自分の心臓。

「…まぁわからなくもないけど。どちらにしても跳子ちゃんには岩ちゃんがい、」
『及川くん、ストップ!!』
「?どうした?鈴木。」
『ななななんでもないの、岩泉くん。』

…及川くんが、相変わらず確信的なところをつこうとするのは変わっていなくて。
慌てて誤魔化しながら及川くんを睨みつければ、素知らぬ顔して笑っているからちょっと腹が立つ。


そのまま本鈴が鳴っても担当教科の先生はやってこなくて、教室がざわつき始めた頃にやってきた副担任の先生から「諸事情により自習」という事が告げられた。

一応形だけ教科書とノートを開いてみるが、もちろん勉強なんて進むハズもなくて。
しかし席を立つことは禁じられているので皆そのままの席で周囲の子たちとおしゃべりをしている。
私もチラリと隣に視線を向ければ、岩泉くんは既に机に突っ伏して睡眠をとり始めていた。
少し残念なような、でも微笑ましいような気持ちで早くも規則的に上下し始めた背中をそっと見つめる。

(毎日部活、頑張ってるんだなぁ。)

私も好きなことやなりたいモノはあるけれど、岩泉くんたちのように一生懸命になったことはないように思える。
彼らの夢中で一途な必死さが少し、羨ましかった。

「いやぁ、跳子ちゃん。もうすぐ夏休みだねぇ。」

おもむろにそんな言葉を口にした及川くんの声に、私は慌てて岩泉くんから視線を外して振り向く。

『そうだね?バレー部はやっぱり休日なし?』
「ないってことはないけど。まぁ普段みたいに毎週月曜日ってわけではないかな?長期合宿もあるし。」
『そうなんだ。大変だね。』

会話の最中も何か訴えるようにチラチラと私を見てくる及川くん。しかし何が言いたいのかさっぱり私にはわからなくて。

「…跳子ちゃん、休み中俺らに会えなくて寂しくない?」
『ん??』
「…ハイハイごめんね。間違えた。"俺ら"じゃなくて"岩ちゃん"に会えなくて寂しくない?」
『ちょ!!やめっ!!』

慌てて横目で岩泉くんの様子を確認するが、彼の動きに変化はない。
「ごめんごめん」と軽く謝罪の言葉を口にする及川くんに、呆れたような視線を戻した。

「というわけで。跳子ちゃん、合宿だけでも手伝ってくんない?うちマネさんいなくてさ。」
『え、やだ。』
「即答なの?!」
『私じゃなくたって手伝ってくれそうな子たくさんいるんじゃない?』
「でもほら、俺ってばモテるからゴタゴタしても困るんだよねぇ。」

及川くんは笑って冗談っぽく言っているけど、実際にありそうだし大変だななんて思う。でもやだ。

少しの間「お願い!」「無理」の問答を繰り返していたら、岩泉くんがモゾモゾと起き上がって「んんー」と大きく伸びをした。
欠伸のせいで涙が浮かんだ目が少しトロンと微睡んでいて、それだけでちょっとドキッとしてしまう。

「んぁ、ちょっと寝ちまった。鈴木、はよス。」
『おはよう、ってお昼過ぎだけどね。そんなに経ってないから大丈夫だよ。』
「そうか。また及川に何か絡まれてんのか?」

岩泉くんが身体ごと及川くんの方に向けると、及川くんが不満気な目を岩泉くんに返す。

「ヒドイな岩ちゃん!絡むって何さ!跳子ちゃんに合宿の手伝い頼んだんだけどさー。」
「お?やってくれんのか鈴木。」
『ハイ!頑張ります!』
「ありがとな!悪いけど頼むわ。」
「…ちょっと、跳子ちゃん?」

しまった。思わず即答してしまった。

だって岩泉くんがあんなパッと明るい表情を向けてくれるなんて思ってなくて。

ジト目で見つめてくる及川くんから必死で目をそらしつつ、何だかんだで合宿だけ手伝うことが決定してしまった。
その後ゆっくりと日程や場所、手伝う内容なんかを教えてもらう。


「…思惑通りっちゃ思惑通りなんだけど、なんとなくちょっと気に入らないな。」
「あ?なんだ、及川。」
「…何でもないよ。」

…そんな及川くんの言葉も私には聞こえていないことにした。
調子がいいのは百も承知なんですけど、岩泉くんのお願いなんて貴重なものは断れる気がしないんだ。


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