長編、企画 | ナノ

RGBが混ざり合う



夏休みには約束通り、男子バレー部の合宿のお手伝いをした。
しかし話に聞くのと実際にやるのとでは雲泥の差があって。
岩泉くんや及川くんたちにフォローしてもらっちゃって、結局役に立てたのかは正直微妙だ。

ただ、合宿に参加させてもらって、初めて岩泉くんがバレーをやっている姿を目の当たりにした。
真剣な眼差しでボールを見つめる姿に、私の胸が熱くなる。

岩泉くんも充分背が高いと思っていたけど、こうしてバレー部の皆さんと一緒にいると特別高い方ではないことが素人目にもわかる。
でもそれをものともせずに飛ぶ彼は、誰よりも早く、高く、強かった。

岩泉くんは、まるで光の三原色のようだ。
真っ赤な情熱と、青く光る冷静さと、穏やかな優しさの緑色。
混ぜれば混ぜるほど白くなっていくそれと同じように、岩泉くんはどこまでも白く輝いて眩しかった。
私はそんな彼をずっと見ていたいのに、眩しすぎて目を開けていられなくて、何故か泣きたくなる。

好きになりすぎるとこんなにも苦しくなるのか。
手に持っていた新しいタオルに顔を埋めて少し呼吸を整えると、私は顔を上げて仕事に戻った。


皆より全然動いてないはずなのに、夜には私の体はバキバキで。
帰宅部の体力のなさといったら…、と情けなくなる。

お風呂にも入り終わって就寝までの短い自由時間の合間にコンビニに行こうとしたら、合宿所の玄関近くのロビーで寛いでいた岩泉くんたちに会った。

「アレ?跳子ちゃんどっか行くの?」
『ちょっとそこのコンビニまでね。スマホの充電器忘れちゃったし、ついでに何か買おうかと思って。』
「えーっ今から?もう暗いじゃん!危ないよ!」

及川くんが少し大げさな声を出して驚く。
心配してくれるのはありがたいが、そんなに遠いわけでもないから別に大丈夫だと思う。

『大丈夫だよ、すぐそこだし。』
「んー、でも、」
「…俺も行くわ。小腹減ったし。」

及川くんの渋る声を遮るように、隣にいた岩泉くんがそう言って立ち上がる。
私はビックリして、気を遣わせてしまったんじゃないかと申し訳なくなるが、それを伝える間もないまま岩泉くんはスタスタと歩きはじめていた。

「さすが岩ちゃん!かっこいいね〜!というわけでチョコモナ王子よろしく!」
「俺はパピ子で。」
「俺、スイカ棒頼むわー。」
「へぇへぇ。あとでちゃんと金払えよ。」

岩泉くんの背中を慌てて追いかけると、後ろから及川くんたちの調子のいい声が届く。
振り向かずに片手をブラブラと振ってそれに答えた岩泉くんに追いつき、隣に並んだ。

『あの、ありがとう。岩泉くん。』
「気にすんな。俺も行きたかっただけだし、夜になりゃ腹減るしな。」
『皆あんなにご飯食べたのに?』
「まぁな。もう消化してんじゃねーか?」

街灯は少ないけど、今日は月明かりがまぶしいくらいで。
月光に照らされ、グレーのアスファルトの夜道に私たちの影の部分だけがより濃い陰影を映し出した。
それを見れば岩泉くんと並んで歩いているのを実感して、ますます高鳴る心臓の音が彼に聞こえてしまわないよう、そっと間に一人分の隙間をあけた。

コンビニに着いてスマホの簡易充電器を手に取る。
岩泉くんはまっすぐ食べ物のコーナーに向かうかと思いきや、隣で私と同じように商品を手に取っていた。

「そういや鈴木のってどこの携帯だっけか?」
『えと、コレだよ。』

機種を確認しようと手に持っていた携帯を見せれば、それを見て「あぁ」と一つ頷いてくれた。

「これなら俺と同じ充電器使えるな。わざわざ買わなくても貸してやるよ。」
『えっ。』
「っつかさっき聞きゃよかったな。わりぃ。」
『いや、そんな全然!えと、本当にいいの?』
「そんかし、俺の分だけアイス奢れよ。」

ニッといたずらっこのように笑った岩泉くんに大きな声で「もちろん!」と答えた。

ダッツだろうとなんだろうと買うつもりだったのに、岩泉くんが選んだのは一番安価なゴリゴリ君で。
しかも皆の分と一緒に、岩泉くんが私の分のアイスを買ってくれた。

『待って待って岩泉くん。コレじゃ意味ないよ?!』
「そんな事ねーよ。俺の分はお前が買ってくれてんだろ。」

全然私の言い分を聞いてくれないまま連れ立って表に出ると、何ともシュールなアイス交換が交わされる。
結婚式の指輪交換と違って全然ロマンチックじゃないのに、一瞬触れた手に心臓が跳ね上がった。
その場でバリッと袋を破って食べ始めた岩泉くんに倣って、私も思い切って袋を開けた。
岩泉くんが買ってくれたアイスを食べてしまうのはもったいないけど、食べないと溶けてしまう。

結局私は岩泉くんのアイスを買っただけなので手ブラのまんま。
岩泉くんは皆から頼まれたアイスの他にパンやおにぎりも買っていて、本当にこの後食べるんだなぁと少し驚いてしまった。
でもあれだけ動けば当然なのかもしれない。

言葉数の少ないまま、二人でアイスを頬張りながら歩く。
シャクっと小気味いい音が時々隣から聞こえた。
8月の暑い空気の中、ドキドキしまくってすっかり熱くなった身体を冷ますような冷たいアイスが美味しくて心地よかった。

「…鈴木のソレ、うまいのか?」
『え?あ、うん。美味しいよ。岩泉くん食べたことない?』
「ふーん。なんか迷ったりもすっけど、結局いつもの食っちまうんだよな。」
『そうなんだ。私、結構新商品に弱くて冒険しちゃうからなぁ。』

半分くらい食べ進んだアイスをくるくるとまわしていると、横から岩泉くんからの視線を感じる。
何気なく見上げてみれば、岩泉くんとバッチリ目が合った。

「な、一口くれ。」
『えっ?いいけど、あの…、』

−私の食べかけだよ。

そう続けるつもりだったのに、すでに岩泉くんが腰を屈めて私の手元にあったアイスにかぶりついていて。
驚きで思わず落としそうになるのを慌てて持ち直した。
確かに片手には自分のアイス、もう片手にはビニール袋を持っているので両手が塞がっているのはわかるけど、だからって、だからって…!

「お、けっこイケるな。サンキュ。」
『〜〜〜っ!!』
「?どうした?鈴木?あ、こっちも一口食うか?」
『だだだ大丈夫!!』

どうしたもこうしたもないよ、岩泉くん。
そう言いたいけどそんな事言えるはずはない。

岩泉くんが一口かじったアイスの続きが食べられないでいると、私の熱にやられたのか、でろりと溶けはじめて手がべたべたになってしまった。

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