長編、企画 | ナノ

携帯が教えてくれる


※携帯のLINEアプリをやらない方には、わかりづらいと思われる描写があります。申し訳ありませんがご了承ください。


大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
家からここまで何度も繰り返してきた動作を、教室の扉に手をかけたままもう一度やってみる。

視線を感じるような気がするのはきっと私が意識しすぎているだけで。
目を瞑り、誰も自分を気にしていない休日の街中を思い出せば少し落ち着いたような気がしてきた。

(−よし!)

扉にかけていた手に力を入れ、思い切って横にスライドさせる。

『お…おはよう!』

まだ人もまばらな教室内に私の声が響いた。
条件反射のようにこちらを見たクラスメイトたちの目が私に向けられる。
反応はだいたい二つに分かれた。目を見開くか不思議そうな顔をするか。
自分の声がエコーしているように感じるほど教室内は静まり返ってしまった。

『…ご、ざ、います…。』

先ほどの勢いが恥ずかしくなって、しおしおと下を向きながら思わず語尾を付け足す。
すると奥の方から大きな声で返事をくれる声が聞こえた。

「おはよ!」

パッと顔をあげてみれば、すごく明るい笑顔でこちらに向かってくる梅木多さんが見えた。

「わぁぁ!鈴木さん!髪切ったんだね!やっぱ可愛いよー!」
『あ、ありがとう梅木多さん。風邪はもう大丈夫?』
「「「え?!鈴木さん?!!」」」

返ってきた挨拶にホッとしていると、その梅木多さんの声に連動するかのように、驚いた表情の皆が集まってきた。

「わー結構思い切ったねー!」
「一瞬誰かと思ったよー。この時期に今更教室間違えた人かと思った!」
「可愛い!いいなー私も切ろうかなー?鈴木さん、どこの美容院行ってるの?」
「マジで鈴木なのか?!うわ、全然わかんねー…!」
「なんだこれ、変身番組の企画とかか?」

あまりの勢いに扉の前から先に進めなくなってしまって。
挨拶から先の事はあまり考えてなかったので、私もこの事態にはちょっとびっくりだ。
ただこうしてみると、状況自体に驚いている男子と違って女の子は単純に"髪を切った事"にだけ反応しているようで。
それに気付いた男子の一人が、梅木多さんに話しかけた。

「っつか、なんか女子の受入れ態勢整いすぎじゃね?もっと驚くだろ、この鈴木の状況は!」
「ふふん。男子と違って私達はチラチラ前髪の奥が見える機会もあったのよ。」
「そうそう。体育の時とか結構普通に見えてる時もあったし。」
『えぇっ?!』
「うん。なんか理由があるんだろうし、あまり話しかけていいかわからなかったけど…。鈴木さん!これからはガンガン行っていい?!」
『えと、う、うん。あの、私こそよろしくね!』

女の子たちの答えに男子よりも私が一番驚いてしまって。なんだかすごく恥ずかしい。
でも本当に嬉しくて慌てて返事をしたら、女の子たちが「ヤッタ!」と喜んでくれた。

なんだろう。私は何を怖がっていたんだろう。
私を見守ってくれていた人はこんなにたくさん居たんだ。

その後も、泣きそうになるのを必死で堪えながら話しかけてくれる梅木多さんたちとおしゃべりをしていると、すぐ後ろで先ほど私が閉めた教室の扉がガラリと開いた。

「おはよー…ってうわ!なんでこんなとこにタムロって…、あー!!鈴木ちゃん!」
『わ、おはよう、及川くん。』
「うっす。お、髪切ったな。」
『おっ、おはよう。岩泉くん。うん、切ってみたよ。』

続けて入ってきた及川くんと岩泉くんとバッチリ目が合って、挨拶を交わす。
及川くんの声にビックリしたおかげで、堪えていた涙は引っ込んだ。
岩泉くんへの挨拶はちょっとドモってしまったけど、それはそれで仕方がない。
クリアな視界で見る岩泉くんにはまだそんなに慣れていないんだ。

私は岩泉くん効果でバクバクする心臓を落ち着かせるように、小さく息を吸って呼吸を整えた。
顔を上げてみると、何故か及川くんがちょっと不機嫌そうな表情をしているのに気づく。
その及川くんが、私の前に居るクラスメイトを手で軽くシッシッとするように追い払った。

「はーい、皆邪魔だよー。散った散ったー。鈴木ちゃんは席に着こうねー。」
「「「えぇー?」」」
『え?あ、う、うん。』

皆不満そうな声を出しつつも確かに場所的に邪魔だと思ったのか、大人しく席に着くために散らばり始めた。
私は背中を及川くんに押されて、自分の席まで慌てて足を動かす。

黙って後ろを歩いていた岩泉くんと3人で同時に着席すれば、及川くんが椅子に寄っかかりながら不満気な声を出した。

「あーぁ。俺らが一番に見たかったのにさー。」
『?何を?』
「新しい鈴木ちゃんの姿!昨日そう思って朝体育館に寄ってってもらおうと思ったのに、連絡先も知らなくて伝えられないし。」
『いや、そんな無茶な…。』

朝のバレー部の体育館なんて、無関係の私が行けるわけがないのに。
先日のバスに乗せてもらったおかげで少し見知った顔は増えたけど、だからといってそんなハードル、越えられるどころか挑戦しようとすら思えない。

引きつった顔で首を振れば、逆に及川くんは椅子から背中を離して急にパッと明るい顔を見せた。

「というわけで、鈴木ちゃんのLINE教えて!」
『えぇっ?!私の?!』
「はい、いいから携帯用意!LINEの画面開いてー、はい、ここ押してー、そして携帯を互いにふるふるー!」
『えっ?えっ?ふ、ふるふるー…?』
「…ふるふるー。」
「ってなんで岩ちゃんまで振ってるの!?」

てきぱきとした及川くんの指示に言われるがままに携帯をふるふると振っていたら、隣の岩泉くんの口からまさかの単語が飛び出た。
思わずそちらに視線を向けてしまうが、その隙に振っていた携帯からピローンと音が響く。

表示されていたのは…なんと岩泉くんの名前。

「あ。来た。わり。横取りしちまった。」
「ちょ、岩ちゃんのせいで俺の画面ずっと探し中のままなんだけど!」
「まぁ俺も聞こうと思ってたし。このまま登録していいか?」

岩泉くんが怒る及川くんを片手で器用に諌めながら、私の方に顔をあげた。
まさかの言葉に驚きの色を隠せないまま、ただコクコクと縦に首を動かせば岩泉くんがくしゃりと笑った。

「ハハッ。さんきゅ。俺のも登録しとけよ。」
『!!い、いいの?ありがとう。』

登録ボタンを押す指が震えそうになったものの、この画面が消えてしまったらもうこんなチャンスはきっと二度とない。
私はすかさず画面をタッチして確実に岩泉くんの連絡先をモノにする。
あぁ私ったら浅ましい…!けど、嬉しい。

その間ずっとブーイングをしていた及川くんと、気を取り直してもう一回ふるふるをしてみたら、今度は梅木多さんの名前が表示されて驚く。
顔をくるりと梅木多さんの方に向ければ、いつの間にか携帯を振りながら目の前にいて。
どうやら傍目に様子を見ていた梅木多さんも連絡先を交換しようと思ってやってきていたみたい。
横取りはどうやら確信犯のようで、及川くんに向けて挑戦的なドヤ顔を決めていたからちょっと笑ってしまった。

そのまま流れで何人か女の子の連絡先をゲットすることになって嬉しくてホクホクしていたら、とうとう及川くんがいじけだしてしまったので、ふるふるよりも確実なID交換をさせてもらった。


一日で急に増えた友達の名前。
私の望んでいた世界がここにある。

チャイムが鳴って皆が席に着いてから、その画面をこっそり見ていたら思わず頬が緩んでしまう。
慌てて手で引き締めようとするが、隣の席の岩泉くんにはバッチリ見られてしまっていたみたいで。

「…鈴木。なんか笑いがエロいぞ。」
『えぇっ?!』

そんな事を言われてどう誤解を解こうかと慌てていれば、ガラリと扉が開いて先生登場。
「うー…」と小さく唸りながらしぶしぶ前を向けば、岩泉くんが小さく吹き出したのが聞こえた。

「冗談に決まってんだろ。…あ、鈴木。」
『ん?』
「髪、似合ってる。笑ってんのが見えるってのはいいな。」

ちょんちょんと自分の頭を指さしながら岩泉くんがそう言ってくれて。
嬉しくて嬉しくて小さな声で「ありがとう」と言ったら、それを聞いていたらしい及川くんが後ろから声をかけてくる。

「…岩ちゃーん。そこは素直に"可愛いぜ"でいいんじゃないの?」
「かわ…、…そんなんお前じゃねーんだから言えっかよ!」
「まだまだだなぁ。ねぇ鈴木ちゃん、可愛いよ。」
『ひぇっ?ど、どうも…。』


何だか今日は一生分の"可愛い"を言われている気がする。
お世辞だとはわかっているけれど、ここで否定してもまた及川くんにダメ出しされるんだろうとお礼を言ってみるが、きっと顔は真っ赤だ。

隠す前髪もないから丸見えだろうし、咄嗟に手で頬を隠してみるけど効果はどれほどのものか。
とにかく、私がこの状況にはまだまだ慣れそうにないことだけは確かだった。


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