長編、企画 | ナノ

望んでなどいないのに



そのままバスに揺られながら及川くんに"鈴木ちゃん改造計画"なるものを勝手に立てられていると、後ろでの話が終わったのか他の部員の方に話しかけられた。
確かさっき岩泉くんと話していたお二人だ。

私相手に丁寧に初めましての挨拶と自己紹介をしてくれたその花巻くんと松川くんが、興味津々と言った感じで及川くんと岩泉くんを交互に見る。

「んで?なんでまた鈴木さんは連れてこられてるワケ?」
「及川のお気に入りか、それとも気まぐれか…まぁどっちにしても可哀そうだけど。」
「何でそれが可哀そうになるのさ?!」

及川くんが二人の方に顔を向けて口を尖らせる。
ワーワーと続く3人のやりとりを黙って見ていた岩泉くんが、花巻くんと松川くんに向けて口を開いた。

「っつーかお前らもこないだ鈴木に会った時一緒に居ただろーが。休日の練習帰りに駅前ぶらついてた時。」
「え?…あ!岩泉が話しかけてた子?え?!」
「マジ?…そりゃ及川が気に入るわけだわ。」

なんだか二人からじっと見つめられているような気がして、顔をあげられない。
あぁもうお願いだから早く降ろしてください。

「そのまま及川が話しかけたらすげー早さで逃げてったよなー。」

そう言って二人に笑われたからか、及川くんが少しふてくされるように頬杖をつく。

「うるさいな。まぁ最近仲良しになったんだけど。今日はたまたま練習試合の場所が鈴木ちゃん家の近くだからだよ。」
「へぇー、随分遠くから通ってるな。」

花巻くんがしみじみと感心するような声を出すけど、何もスゴイ事なんてないんです、と心の中でだけ返す。
そしてその隣で考えるようなそぶりを見せた松川くんが、少しの間の後に口を開いた。

「…でもこのバス、途中下車なんてできないだろ。相手校まで連れてくのか?」
『え。』
「あ。」

松川くんの思いもよらない言葉にピシリと空気が固まる。
ギシギシと固い動きで及川くんの方に顔を向ければ、及川くんがハハハと乾いた笑いを見せた。

「…ごめんね、鈴木ちゃん。じゃあついでだし試合でも見てく?」

(冗談じゃない!)

ものすごく可愛らしく笑いかけてきた及川くんに私はそう言いたかったけど、あまりの事態にハクハクと口を上下に動かしただけで声が出なかった。


そうこうしているうちに、いつの間にかバスはどこかの学校の敷地内に入ってしまって。
とりあえず到着してしまったからには今さら何を言っても仕方ないと、私は腹を括ってバスを降りる。

やっぱり違う学校の人間が居るのは目立つんだろう。
先ほどからチラチラと下校中の生徒たちが皆を見ているような気がする。
私がシレッと帰るにも、この学校の敷地を抜けるまでは多少の目線は我慢しないといけないようだ。

「えーー鈴木ちゃん、本当に帰るの?見ていけばいいのに。」
『…いいです。とにかく校門らしき場所までダッシュします。』
「岩ちゃんがバレーやってるとこ、見た事ないでしょ?」
『……いいんです。』

前から思っていたが、及川くんはどこか確信的に岩泉くんの名前を出すけど何故私の気持ちがバレているんだろうか。
何となく否定も肯定もできずにいるが、その理由だけは知りたい気がする。…聞けないけど。

とりあえず気を取り直して、今の打開策のために多少情報をもらわねば。

『…あの、うちの方とは聞いてるんですが、ここ何高校ですか?知ってる場所ならいいんですけど…。』
「あぁごめん。言ってなかったっけ?えっとね、」

そして及川くんが続けて口にした学校名に、私は耳を疑った。
しかし頭はしっかりとその情報を理解してしまい、私は反射的にサッと青褪める。

それは、私が青城の前に進学先に選んでいた高校で。
…つまりそれは彼が進んだハズの高校で。

突然思い出した彼の顔と声に、膝が小さく震える。
目の前に立つ及川くんが、心配そうに私を覗き込んだ。

「ちょ、顔色悪いよ?!大丈夫?!」
『あの、私、帰りま−』
「−あ、青葉城西高校バレー部の皆さんですよね!遠くまでわざわざありがとうございます。」
『っ!!!』

タイミング悪く後ろから響いてきたのは、今しがた思い出したばかりの聞き覚えのある声。
出迎えに来たであろうバレー部員がよりによって彼だとは、なんという最悪の偶然。
振り向けずにその場に立ち尽くしていると気配と足音が近づいてくるのが解った。

「鈴木ちゃん?どうし−、」
「−鈴木、って…跳子?!」

どうしようどうしようどうしよう。
何の解決策もないまま、突然の望まぬ再会が訪れてしまった。
下を向いたままさらに目をギュッと瞑る。

「…跳子、か?何だよ、お前その髪。」

顔が上げられず彼の表情は見えなかったけど、その声に蔑みの色が混じっている気がして。
恥ずかしさやら何やらでカッと瞑った目を見開いたら、前髪に近づいてくる彼の手が見えた。
それを思わず払いのければ、同時に足も動けるようになっていた。

『ごめん、帰りますっ…!』

驚いている及川くんと岩泉くん、それに他のバレー部員の皆の方にバッとそれだけを伝え、踵を返すようにその場を離れた。
場所なんてわからないけど、とにかく必死で足を動かす。
大勢の生徒が向かっている方向に走れば、やがて校門が見えてきた。

やっぱり逃げることしかできない私は、結局何も成長していないんだ。

泣きながら走る他校の制服は予想以上に注目を浴びてしまったけど、もうそんなことに構ってなどいられなかった。



走り去る跳子の後ろ姿を茫然と見送る青城に、一緒に取り残される形となった相手校の男が声をかける。

「…あの、今のって鈴木跳子ッスよね…?アイツ、青城なんか行ったのかよ…。」

後半は質問というよりも呟きに近かった。
しかし及川はそれには答えず、冷たい目で彼を見下ろす。

「…そうだよ。誰かさんのせいで青城"なんか"に来たんだよ。」
「っ!や、そうじゃなくて、遠いって意味で言っただけで…!」

及川のただならぬ空気を感じたのか、慌てて弁明を始めた男の話を最後まで聞かずに、及川がフンと鼻を鳴らしてそのまま歩き始めた。
岩泉もそれに並び、青城の面々が黙ってそれに続く。
驚いた表情を見せた男が先導するように走って前にまわった。

「…及川。あの男って、もしや…。」
「鈴木ちゃんの反応見る限り、そうだろうね。…本当に悪いことしちゃったなぁ。」

後で謝らないと、と呟いた及川の口調はいつもの通りだったが、それとは裏腹に表情はどこまでも冷ややかだった。
岩泉が前を歩く男の背中を睨むように見つめる。

「負ける気なんて元より微塵もねぇし、私情をはさむつもりはねぇけどよ。…ぶっ潰すぞ。」
「岩ちゃん、それ思いっきし私情入ってるよ。…まぁでも気持ちはわかるけどね。」

怒りを鎮めるように大きく深呼吸をしながら、二人の闘志が静かに燃え上がった。


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