●●●逃げ道からの脱出
その日の放課後。
無事に一日を終えて帰ろうと校門に向かうと、敷地内にバスが止まっているのが見えた。
バスのサイドに書かれた文字から、うちの学校の部活動用のバスだと言うことがわかる。
いつもはそこに駐車されているわけではないので、今日これからこのバスを使う部活動があるのだろう。
私には関係ないので特に気にせずその横を通りすぎようとしたら、真上の窓が勢いよくバシンと開いて中からひょっこりと及川くんが顔を出した。
「鈴木ちゃん!今帰り?」
『はぁ。まぁそうですね。』
「まーた無理に敬語使わなくてもいいのに…。まいいや。今日さ、たまたま鈴木ちゃん家の方で練習試合なんだ。だからついでに乗っていきなよ。」
『え。』
私は思わず及川くんを見上げたままピタリと固まる。
(そういえばこの間の話の時に、流れで中学校名とか家の最寄りの駅名とか言ったんだっけ…。)
勢いで話し過ぎてあまり覚えていないが、うっすらとそんな記憶がある。
しかし及川くん的にはついでだという優しさからのお誘いなんだと思うけど、知らないバレー部員の人たちがたくさん乗るバスに無関係の自分が一人で乗るなんてできるわけがない。
むしろ今の自分じゃなく昔の自分だったとしても、そんな勇気はないと思う。
『…いえ、結構です。ありがとうございます。』
「えーーっ!遠慮しなくていいのに。今日の練習試合は1、2年だけだしさ。ね、岩ちゃん。」
『岩…?』
及川くんの目線を追って振り向いてみれば、いつのまにか後ろに岩泉くんが立っていて。
「というわけで岩ちゃん。鈴木ちゃん連れてきて。」
「は?鈴木も行くのか?」
岩泉くんが私を見て疑問符を浮かべるが、私は勢いよく首をブンブンと横に振って否定する。
「及川。なんか首もげそうなくらい振ってっけど。」
「えー、岩ちゃん無理なの?鈴木ちゃんが重くて無理とか?そんなひ弱だったっけ?」
「あぁ?」
あからさまにムカついているどころか、青筋が浮かんで見える顔で及川くんを睨みつける岩泉くん。
ちょっとその顔と空気が怖くて、何となく目を逸らして下を向く。
(というか、及川くん失礼だな…。)
よく考えてみれば重いとか結構な事を今言われていたような気がする。
まぁ確かに軽いわけじゃないけど、なんというか…標準なハズだ。
そんな事を一人で考えていたら、体がブワッと地面から離れた。
急な浮遊感に私は慌てて顔をあげると、私はガツッと岩泉くんに担がれて…、え、担がれてる?!
『??!!』
米俵のように岩泉くんの肩に持ち上げられて、そのまま彼に運ばれていく。
(何これ、何が起きてるの?!)
岩泉くんの動作に合わせて抱えられている私の体も動くが、不安定な感じは全くなくてものすごい安定感だ。
すごいな岩泉くん。いや、そうじゃなくて。
「お前軽りぃな。ちゃんと食ってんのか?」
岩泉くんの疑問の声に答える事もできずに唖然としたまま、私はバスの中に運び込まれ及川くんの横にストンと降ろされた。
「いらっしゃーい。鈴木ちゃん。」
「及川てめぇ、さっきの言葉訂正しやがれ!」
状況が飲みこめていないまま、岩泉くんとの先ほどの距離を思い出せば急激にドキドキしてきて。
ありえないくらいの動悸にくらりと眩暈を覚え、膝から力が抜けたようにそこにあった座席にストンと腰を落とした。
そのまま目の前の二人の喧嘩を茫然と見つめていたら…身体に感じるエンジン音。
(っ!しまった!)
そう思った時には既にバスが動き始め、慌てて私は立ち上がろうとする。
が、左腕をグイッと強く引かれて私はあえなく座席に戻された。
「危ないからちゃんと座っててね。教室と違って、隣が俺で申し訳ないけどさ。」
私の左腕を持ちながら、及川くんがニッコリと微笑んだ。
あぁまた目眩がぶり返してきそうだ。
息を止めるようにして存在感を消そうにも、全く知らない無関係な女が乗っていればそりゃ目立つ。
周囲の座席からチラチラと視線を感じるし、居心地的には最悪だ。
…隣にいる及川くんは何故か上機嫌で鼻歌なんか歌ってるけど。
「オイ、席変われ。」
聞こえてきた知っている声にちらっと視線を上げれば、反対側の隣に岩泉くんがやってきた。
これはこれで違う意味でドキドキするんですが。
「岩泉ー、この子どちらさん?」
「俺らのクラスメイトだ。あんまジロジロ見てやんなよ。」
「いや、そう言われても無理っしょ。」
岩泉くんが座った席の後ろから乗り出すように質問するのは、なんだかキレイな顔をした人とちょっと眠そうな顔をした人。
ますます肩身を狭くさせて限界まで縮めてみるが、どうしたって隠れようもない。
すると左隣で及川くんが大きな声を出した。
「ハーイ、皆静かにー。岩ちゃんの言う通り、鈴木ちゃんが緊張しちゃうからあんま見ないであげてねー。」
「…自分で無理矢理乗せといてよく言うわ。」
「うるさいまっつん!皆は後ろの席で今日のフォーメーション確認しといてね!」
及川くんの言葉に皆口々に文句を言いながらも、バスの後ろの方で何やら話し始めた。
残ったのは及川くんと、反対側の隣の岩泉くんだけ。
「ふぅー、これで少し落ち着いたねぇ。」
『…及川くん、一体何がしたいの…。』
「えー?お昼の続きというか、まぁゆっくり話したいなぁと。あとはまぁ、ショック療法も兼ねて?」
「…悪いな。連れてきちまって。」
あの時及川くんの言葉にのせられたのが恥ずかしくなってきたのか、岩泉くんが頭を掻きながら謝ってくれた。
…そんな見たことない顔は、かっこよくて可愛くて、困る。
私は結局もごもごと言葉を飲み込んでしまった。
『いえ…。』
「だってさー、鈴木ちゃんこのままなぁなぁにしそうなんだもん。岩ちゃんだって素の鈴木ちゃんをもっと見たいでしょ?」
「…俺はほんと、どっちでもいいぜ。鈴木は鈴木だしな。でもよ。」
そこで一旦言葉を止めた岩泉くんが、少し言いにくそうにしながらも私の方を見てハッキリと続けた。
「…鈴木、お前今の自分好きじゃないだろ。だったら確かにやめちまった方がいいんじゃねーかとは思うわ。」
そう、それは確かに紛れもない真実。
私は私を好きになるために、ここから脱け出さなくてはいけないんだ。
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