長編、企画 | ナノ

罪な男に罰はない



この席になって受ける授業は、私にとって幸せと驚きの連続だ。
岩泉くんが数学得意な事を知ったり、授業中に及川くんにちょっかいを出されて怒る姿もなんだか悪いとは思いつつも面白くて。

そして今は、教科書の後ろで早弁する岩泉くんの姿が見えてしまった。

(うわぁ、食べるの早い…!)

あんなに箸にご飯って乗っかるのかと思うほどのただでさえ大きい一口を、彼は連続で口に詰め込む。
今先生に名指しされたら一体どうするんだろう?

思わずそんな風に見つめていたら、視線を感じたのか岩泉くんがこちらを見てバチッと目が合ってしまった。

「ん?」
『っ!』

見つめるなんて悪いことをしてしまったとおたおたとしていたら、岩泉くんが箸を持っていない方の手を彼の口元に置いた。
どうやら"お願い"のポーズみたい。

「わり、内緒な。腹減って仕方ねんだわ。」

小声で口をパクパクさせてそう言う彼にコクコクと私が二回縦に頷けば、岩泉くんが教科書の後ろに隠れたまま目元を和らげる。

「サンキュ。」

あまりのカッコ良さに見ていられなくて、私は慌てて目をそらして前を向く。
しかしそれと同時に小さくお腹が鳴ってしまった。

(うわ、恥ずかしい。だって美味しそうなんだもん!)

見えるだけじゃなく、隣りのせいかお弁当のいい匂いも漂ってくる。
視覚と嗅覚を同時に攻められては、お昼前の授業ではひとたまりもない。
聞こえてないフリをされても逆に恥ずかしくて、私は先に小さく謝罪をする。

『ご、めんなさい…。』
「プッ、仕方ねぇな。…っつか食ってる俺が悪いのか。んじゃ口止め料だ。ホラよ。」

そう言って岩泉くんが、お弁当に入っていたミートボールをグサリと箸に刺して、私の方へ向ける。

え、っと。これは一体…?

「おら、鈴木。早くしろよ。見つかんだろ。」
『え、え?』

さらに口元に近づけられて、私はよくわからないまま口を開く。
するとグィッとミートボールが私の口の中に入ってきた。

『んっ?!』

どうしよう何コレ。白昼夢?それとも授業中に私、眠りこけてるのかな?
目をぐるぐるさせながらも岩泉くんの方を確認すれば、口を動かす私をジッと見ていた。
これはもしかして、"感想待ち"、なのかな。

『あの、おいしい、です。』
「だろ?」

小声で話しながらニッと笑う岩泉くん。
ドキドキしすぎて正直味なんて全然わからなかったけど、こんなに貴重な食べ物は他にない。

授業中、教科書の裏、二人の秘密。

ミートボールをようやく飲み込んだ私の目に、再びお弁当を口に運び出した岩泉くんの背中をつつく手が見えた。

「…全然俺にも見えてるからねー。」
『!!』
「あ?」

ハッ。そうだ、及川くんがいたんだった。
つまり残念ながら二人だけの秘密、というわけにはいかないんだ。

「うるせーよ及川。朝からあんなハードな練習させやがって。」
「そうじゃないでしょ。女の子相手にあんな…。」
「??何がだよ。俺が何かしたか?」
「…岩ちゃん、無意識って罪だよ。」


−今日改めて知ったのは、岩泉くんは結構天然だ、という事だ。


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