長編、企画 | ナノ

残された選択肢は


休日には誰の目も気にせず、前髪をあげて好きな格好をして外に出る。
街中の人ごみに紛れてしまえば、誰も私には気にも留めない。
これだけたくさんの色が溢れているから、ちょっとくらい異質なモノが紛れたって誰も気にしないんだ。
たまに同じ学校の人を見かけて小さく息を飲む事もあるけど、誰一人私が私だと気づく人はいなかった。

お買い物は大好きだ。
迷って比べて結局最初に手にしたお店に戻ったり、運命的な出会いを感じて衝動買いしたり、高くて手が出せない物を「くぅ〜」と唸りながらただ見ているのも全部好き。

(そういえば梅木多さんがお買い物、誘ってくれたな…。)

ちょっと気になるバッグを手にしながら、ボーッとそんな考えにふける。
こうして一人でゆっくり見て回るのもいいけれど、以前のように友達と回ってアレコレ言う方がやっぱり楽しい。
だから誘ってくれた時には、即答する事はできなかったけど本当に嬉しかった。
躊躇してばかりじゃダメだと思うから、踏み出すいい機会かもしれない。

(…週明けに、自分から言ってみようかな。)

そんな風に決意をして顔をあげれば、バッチリと店員のお姉さんと目が合った。
どうやらボーッとしている間にずっと話しかけられていたみたいで。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、結局見ていたバッグと同じデザインの小さなポーチだけ買って外に出た。


少しだけ歩いてお店から離れてから、次にどうするか考える。選択肢は今のところ二つ。
この春から新規で出店してきたお店も気になるし、でも少し乾いた喉を潤したいような気もする。

(新しいお店はまだまだ混んでるかもしれないな。)

先にカフェにしようと結論づけた私は、足を向ける方向をくるりと変えた。

すると途端に前方から、見覚えのあるジャージを着た背の高い集団が歩いてくるのが見えて、思わず目を見張った。
その先頭を歩くのは、確かに岩泉くんと及川くんだ。
足を止めているのに彼らはこちらに向かってきているので、どんどんと距離が縮まっていく。

(…バレるはずないから、大丈夫…!)

私はバクバクと音を立てている胸を押さえてそう言い聞かせた。
そう、よくよく考えてみれば気づかれるわけはないんだ。
となれば休日に岩泉くんの姿を見れてラッキーとさえ言える。
引き返すのも不自然だしこのまま難なくすれ違ってやり過ごそうと、彼らの方に向かって歩き始めたと同時に、岩泉くんと目が合ったような気がした。

「鈴木。偶然だな。」
『っ!?』

当然のように片手をあげた岩泉くんに声をかけられて、思わずピタリと足を止めてしまった。

すぐに自分じゃないんじゃないかと周囲を見回してみるが彼の視線は真っ直ぐ私を見ていて。
固まってしまったために図らずもお互いに見つめ合うような形になってしまう。

「鈴木?どうした?」
『…どうしたも何も…、よくわかりましたね。』
「は?よくわかったって…何がだよ。」

本当に"何を言っているのかわからない"と言った顔をする岩泉くんに、私は二の句が告げなくなる。
実は自分が思っているほどあの前髪には隠れる効果がないんだろうか?

そんな風に呆然としていたら、岩泉くんの隣にいる及川くんにじーっと見つめられていた事に気づいた。

「…あ!鈴木って、あの鈴木ちゃんっ?!」
『!』
「うわ、全然わかんなかったよ!岩ちゃんなんでわかったの?」
「いや、普通に鈴木だろ。」
「普通って…。岩ちゃんの認識方法、どうなってんのさ。」

目の前で繰り広げられるやり取りを、他の部員さんたちは不思議そうに見ていて。
慌てて止めようと手を伸ばした時、及川くんがもう一度こちらを向いた。

「鈴木ちゃん、可愛いじゃん!そっちの方が全然いいよ。目、隠すのやめたらー?」
『…っ。』

及川くんに他意はないのも、普通にお世辞込みで褒めてくれているのは解っている。
解っているけど、苦しくなる。

ぐるぐると頭の中を回りだすのは目の前の"今"とフラッシュバックした"過去"。


「えっ?鈴木ちゃん?!」
「鈴木?!」

気付けば私はその場から走り出していて。後ろから二人の驚いたような声だけが聞こえた。


−結局私は何も言うことができないまま、突如出てきた"逃げ帰る"という選択肢しか選ぶことはできなかったんだ。


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