長編、企画 | ナノ

再び見始めた夢



青葉城西高校から私の家はかなり遠い方だと思う。
だからこそ同じ中学校の人がいないので選んだというのもあるんだけど。

同じ制服姿がすっかりいなくなった電車がようやく自宅の最寄駅に到着し、それと同時に私はトイレに駆け込む。

鏡の前で長ったらしい前髪をまとめあげ、ポケットに入れてあったピンで簡単に止めた。
途端に広がる視界。明るい世界。通常の自分の姿。
シパシパする目を強めに2・3度まばたきをしてから、持っていた目薬をさした。

自らやっている事ではあるし、だいぶ慣れてはきたけれど、やっぱり視界を塞がれているのはそれなりに疲れるのだ。
だからいつも駅のトイレで前髪をあげるようにしている。
ここから家までの短い距離でも耐えきれないというのもあるが、両親はこういう格好で通学している事を知らないからだ。


『はぁ〜今日もつっかれたー!』

玄関のカギを開けてそのまま部屋に駆け込み、制服を脱いでドサリと下着のままベッドにダイブする。
しかしすぐに寒くなってそばにある部屋着を手繰り寄せることになる。
モソモソと着替えているといきなり部屋のドアが開いた。
予想外のことにビックリする。

「あんた"ただいま"くらい言いなさいよねー。」
『お母さん!いたの?珍しいね!…というかそっちこそノックくらいしてよねー。』

そこに立っていたのは紛れもなく自分の母親だ。

「あら。生意気な事言うようになったわね。新作持ってきてあげたのに。」
『あぁぁごめんなさい!』
「リビングに置いてあるわ。今日は家に居れるから久しぶりにご飯作るわね。」
『ほんと!?嬉しい!ありがとう。』
「…ううん。むしろ、いつも居られなくてごめんね。」

少し申し訳なさそうにする母に、「それはそれで気楽だよ」と笑って伝えた。
複雑な表情を浮かべた母にクスリと笑って、一緒に階段を下りる。


『うわぁ!服・服・服〜!』
「こらっ!飛びこまないの!」

リビングに置かれた新作の服の数々が私の目に輝いて見える。

うちの父は実はちょっと名の知れた服飾デザイナーだ。自社ブランドのオーナーでもある。
母は元々モデルをやっていたが、私を妊娠したと同時に引退し、今はメイクアップアーティストをしている。
小さい頃は母が専業主婦として家にいた時期もあるが、今では二人とも家を空けることが多いくらいに忙しい。
二人とも帰ってくる度にそれを謝ってくるのだが、家事にも慣れているし気楽なのは本当だ。
二人が思うほど気にしてはいないし、両親の愛も疑ったことはない。

だからこそ両親は、私があの格好で学校へ行っていることも知らないのだ。
中学までは普通の格好をしていたし、両親が今の学校行事に参加できることはほぼない。
というか知らせることすらしていないのだから当然とも言えた。

『うわぁ〜!今季の色、いいねっ!』
「でしょう?絶対に跳子が気に入る色だってお父さんも言ってたもん。」

キレイなパステルグリーンのワンピースを手に、私は微笑みを浮かべた。
組み合わせの計算式が浮かんで消えてを繰り返す。

両親の仕事の影響で、小さい頃から服に囲まれて育った。
父親の手から描きだされるラフデッサンが色とりどりの服になっていくのを、昔は本当に魔法のようだと思っていた。

私にはそうして服を産み出すことはできなかったが、それらを組み合わせて魅せることに興味を覚えた。
算数の足し算・掛け算は苦手なのに、洋服のそれは大好きで。
だから私は自然と"スタイリストになりたい"と夢見るようになったのだ。

今は自分は魅せても無駄だと思っているが、それでも他の誰かがキレイになるのは幸せだった。


一時期は、そんな夢さえどうでもいいと思っていた。
夢どころか、全てどうでもいいと、自分などどうなってもいいと思い込んでいた。

−あの日岩泉くんに助けてもらうまでは。

岩泉くんに肩を引かれたあの日と今の自分。
長い前髪もそのままだし、人と目を合わせたり関わって傷つくのは今でも怖い。
だから何が変わったかなんて誰も知らないだろうけど、私はあの日から下を向いて歩くのはやめたんだ。
彼に助けられた事で、私は死にたいわけではないと心底感じたからだ。

それは、他の人にはたいしたことではなくても、その時の私にとってはかなり大きな一歩だった。

そうして毎日を過ごしていれば、やっぱり何も感じずに生きていけるはずはない。
消えかけた夢が再び再燃するのに、そうたいして時間はかからなかった。
もちろん今のままの自分には難しいというのは理解しているけれど、それでも叶えたい夢があるのは紛れもない事実で。


どんなに隠してもその世界が目に飛び込んでくるのは、やはりその世界に入りたいからなのだ。
羨望と憧れと、そこに映る過去の自分−。

壁は高い。けれど、岩泉くんのおかげで見失わずに済んだのだから。
少しずつでも登っていこうと、前に進もうと決めたんだ。


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