長編、企画 | ナノ

笑顔の陰に隠す


※澤村視点


金曜日の部活が終わり、自主練のために残る者もいるが一先ずは解散の挨拶を済ませる。
各々やるべき事をやるために散ろうとする中、珍しく鈴木が大きな声で皆を呼び止めた。

『あ、あの!!』
「「「??」」」

皆が不思議そうな顔で振り向くと、鈴木がしどろもどろに説明をする。

『両親の仕事の関係で今実家に大量のお野菜があって…よければ明日の部活帰りに皆さんで食べに来ませんか?実家の方なんでバスでちょっとかかるんですが…。』

鈴木が不安そうな表情で皆の方にチラリと視線をやるが、俺たちはもちろん…

「「「行きます!!!」」」

全員喜んで跳びあがっていた。


翌日の部活帰り、バスを降りた俺たちは鈴木に渡された地図を頼りに住宅街を歩く。
このあたりはちょっと有名な高級住宅街で、先ほどから続く右手の塀の途切れ目がまだ見えない。

鈴木は昨日から祖父母の家ではなく実家に帰っている。
今日も部活の後に準備をするからと、珍しく皆の自主練を待たずに後片付けを終えるとすぐに帰宅した。

それから1時間ほど自主練をしてから来ているので、腹の準備だけは万端だ。
皆涎を垂らしそうな勢いで足を進めた。


「「「…でかっ!!」」」

お城のような家を想定していたわけではないが、目の前には一般家庭より広めの庭が広がる洋風な家が建っていた。
もう一度表札を確認するが、どうやら間違えではなさそうだ。

(鈴木のおじいさん家は純和風な家だったから予想外だな…。まぁどちらも大きいが。)

俺がそんな事を考えている間に、空腹で倒れそうな日向がすぐさまインターホンを押す。
少しして鈴木の声が聞こえた。
違う人が出るかもしれないと少し緊張していたので、俺は安心して名乗った。

『澤村先輩!今開けますね!』

鈴木の言葉と同時に、目の前の門がカチリと音を立てた。
気づかなかったが、どうやらロックされていたようだ。
季節の花に彩られた庭をキョロキョロと物珍しげに見ながら、全員で玄関に向かう。

『皆さんいらっしゃいませ!!来てくれてありがとうございます!』
「いらっしゃいませ。」

鈴木と一人の年配の女性が玄関で出迎えてくれる。
廊下を歩く間に簡単に紹介してくれた。

『両親は仕事で不在がちなので、佐野さんが昔からおうちの事を手伝ってくれてるんです。』
「佐野です。跳子さんがお世話になっているそうで。どうぞ何かあれば気軽におっしゃってくださいな。」

全員でありがとうございますと挨拶をすれば、つい癖で出てしまう声の大きさに、佐野さんが一瞬ビクっとした後朗らかに笑った。

通されたのは広いリビング。
ダイニングテーブルにはすでに数々の料理がところせましと並んでいた。

「「「うひょぉお!!」」」

日向や田中が飛びつきそうになるのを抑え、とりあえず座らせる。
手土産なんて何も用意していないが、せめて自分たちの飲み物ぐらいはと坂ノ下商店でお茶やコーラなどの大きいペットボトルを買ってきていた。
そのうち2本ほどをスガに渡し、皆でテーブルに用意されたコップにつぐ。
俺は残りの未開封の飲み物冷蔵庫にしまわせてもらおうと鈴木に話しかける。

『あ、ちょっとこっちの冷蔵庫いっぱいなので。向こうのキッチンにしまいますね。』

リビングにカウンターキッチンもついているが、とりあえず今日は出来た物を温めたりするだけに使うようだ。
廊下の反対側にあるキッチン(というか厨房?)まで飲み物を運ぶ。

「鈴木、今日はありがとうな。」
『いえ、うちも本当に助かります。たくさん食べてくださいね!』


いただきますの挨拶と同時に、皆一斉に動き出す。
食べる物全部が美味かった。
佐野さんと鈴木がすごい勢いでなくなっていく食べ物を嬉しそうに見ながら、新しい物を次々に持ってきてくれる。

日向と影山が最後のハンバーグの取り合いをしている時、インターホンの音が響いた。
今度は佐野さんが出て何か言った後、パタパタと玄関へ向かっていく。

「跳子さん、もう一方来られましたよ?」
「「『??』」」

(もう一人?)

烏野バレー部はここに揃っているので、皆不思議な顔でリビングの扉に注視する。
そこに顔を出したのは…

「跳子。邪魔をする。」
『若くん?』
「「「う、ウシワカ!?」」」
「ジャパン!!」

(ゲッ…)

『どうしたの??』

パタパタと嬉しそうに牛島に駆け寄る鈴木を、皆唖然と見つめる。
少し話した後、こちらの視線に気づくように鈴木が振り向いた。
恐る恐る田中が皆を代表して疑問を口にする。

「あの…どういったご関係で…?」
『あ、皆さんには言ってませんでしたっけ?幼馴染みなんです。』

皆の口があんぐりと開いたまま閉じない。
そういえば白鳥沢出身な事も皆知らなかった気がする。

『若くん、こちら烏野バレー部の皆さんです。』
「…ヒナタショウヨウに、カゲヤマトビオ。そして澤村か。」
「…よぉ。」
『あれ?日向くんたち知り合いなの?あ、じゃあ若くんも食べてく?』
「む…いただこう。」


(((何この状況…!)))

まさか白鳥沢のウシワカと同じテーブルを囲むことになろうとは誰も思っていなかった。

(なんか、軍隊にいるみたいだ…。)

誰しもが思う厳格な雰囲気の中、牛島が料理に手をつける。

「む、うまいな。これは跳子が作ったのか?」
『あ、それは私だよー。』
「跳子は昔から料理が上手かったな。…俺と結婚するために頑張ってくれたと聞いている。」

ピ シ ッ

空気が一瞬で凍った。

『わ、若くん!!』
「む?どうした?」
『どうしたじゃないよ!それは小さい頃の話でしょ!〜もう知らない!』

鈴木が焦ってリビングから出ていくが、牛島には理由がわからないようだ。
俺はその話も聞いてはいるが、イラだちを隠すこともできずについ冷たい口調になる。
ずっと黙っていた月島も冷やかな笑いを浮かべる。

「…もうそれは時効でいいんじゃないか?」
「…小さい頃の話を本気にしちゃうのってイタいですよね。」
「?俺は今でもそのつもりだが?」

他の者は発言さえできない程のブリザード。
それすら牛島にはどこ吹く風のようだ。

「そういえば」と呟いて、席をはずした牛島がもう一つのキッチンにいるらしい鈴木に声をかける。

「跳子。うちの祖母がおじさんに借りていた本を返しに来たんだ。おじさんの部屋に運んでいいか?」
『わざわざありがとう!』

牛島が居なくなったリビングで、俺はふぅーと大きく息を吐く。
小さな頃の話なのはわかっているが、それでも心穏やかではいられない。
入る事のできない二人の空気に嫉妬心を煽られ、知らなかった自分のどす黒い部分が見え隠れしてくるようだ。
気がつけば、喉がカラカラに乾いていた。
飲み物に手を伸ばすも、コップもペットボトルもいつの間にか空になっていた。

俺は向かいのキッチンにしまってある飲み物を取りに、リビングを出た。

「鈴木、飲み物持って行っていいか?」
『あ、気づかないでごめんなさい。もちろんどうぞ。』

ペットボトルを取り出す前に、俺はコンロの前にいる鈴木に近づく。

「…何を作ってるんだ?」
『ブリ大根をあっためてるだけです。昨日の夜の残り物なんですけど、みんなまだまだ食べれそうなので出しちゃおうかと。』
「うまそうだな…。」
『あはっ!ありがとうございます。なんかおしゃれなおもてなし料理とかできなくてごめんなさい。昔から地味な家庭料理というかざっくりしたものしかできないんです。』

そう言ってはにかんだ鈴木に、俺の頭の中で考えたくない言葉が形になる。

(…それも、あいつのためか…?)

再び黒い感情が襲ってきて、飲み込まれそうになる。
コンロの前に立つ、鈴木の背中が目に入る。

(ヤ、バイ…!)

とっさに抱きしめそうになった腕をしまうように組んで、俺は鈴木の小さな左肩に自分のおでこをコツンと当てがった。

『せっ、先輩?!』
「悪い。…ちょっとだけ、このままでいさせてくれ…。」
『…は、はい…!』

緊張で固くなった鈴木の肩に、俺は声に出さないように祈る。

(…あまり見せつけないでくれ。無理矢理にでも奪い去りたくなる。)

ドアの向こうから騒ぐ部員たちの声が聞こえる。
近いような遠いような不思議な感覚。
自分がだんだんと落ち着いてくるのがわかった。

(…充電完了、だ。)

ゆっくりと離れる。
鈴木は不思議そうな顔をして振り向いたが、俺は何事もなかったように笑顔を浮かべる。

「…いいな、家庭料理。俺はその方が好きだよ。…今度は俺のために作ってくれ。」
『?はい、私でよければ!』

今はまだその笑顔を守っていたい−

俺は嫉妬心を押し隠して、鈴木にありがとうと伝えた。


リクエストありがとうございました!


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