長編、企画 | ナノ

天国で地獄


東京遠征の休憩中、俺は鈴木を探すために遠征先である梟谷を出た。

(なんでアイツはこんな慣れてない土地で買い出しに…)

ため息を吐きつつ、軽く小走りで聞いた店に向かう。
梟谷のマネージャーによれば、そんなに時間がかかる場所でもないそうだ。
それなのに少し帰りが遅くて…、と彼女らも心配している様子だった。
過保護だとまたスガに笑われそうだが、どうも悪い予感しかしない。

数分も歩けば現場に到着する。
確かに女の子の足だとしてもそんなにかかるとは思えない。
店に入らずに少しきょろきょろとあたりを見回すと、店の出口付近で鈴木が困った様子で誰かと話しているのが見えた。
ここからだと相手は柱の影になって見えないが、これは多分…

「何をしてるんだ!?」
『あ!澤村先輩!』

あえて名前も呼ばず走り寄ってみると、案の定数人の男に足止めをくらっていたようだ。
睨みつけてやると相手が少し顔を歪めて舌打ちするのが見えた。

『ちょっと道を聞かれたんですけど、私わからなくて…。でも困ってる様子で一緒に探して欲しいって…。』
「道、って言ったって地元じゃないんだからわかるはずないだろう。」

鈴木と話しながらもう一度上から見下ろすように相手の男どもを見やると、フイと目を逸らした。
わからないと言ってるのに、解放しなかったということか。
俺は笑顔を作って丁寧な口調で告げる。

「…道がわからないなら、中でお店の人にでも聞いてください。コイツがジャージ姿の時点で暇ではないことはおわかりですよね?」

相手がブツブツと何か言っているように見えたが、俺は鈴木の手を引いて早々にその場を離れた。

『あの、ありがとうございます。』
「…。」
『こんなに遅くなっちゃって…。あっ、わざわざ休憩中に来てくれたんですか!?ごめんなさい!…あの、先輩、怒ってますか?』

俺の様子を伺うように、横から上目遣いで見上げてくる。
(部活に遅れて)俺が怒っていると思っているためか、その大きな目が潤みはじめている。

今回こそは注意して…やろうと…思って…、たんだが…。

… 降 参 だ 。

俺は引いていた手を離し、鈴木と向かい合う。

「わかった!怒ってないから!だから作為的ではないとわかってはいるが、まずその目で見上げるのはやめてくれ…!」
『…?はい。よかったです。でも、本当にごめんなさい。』

言葉の意味はわかってないんだろうが、それでも本当に悪いと思っているんだろう。
鈴木がもう一度深々と頭を下げる。
ただ確実に"部活に遅れ、俺に足を運ばせた事"を反省している鈴木に、本当に反省すべき点について何と説明すればわかるのか。
…なんだか子育て中の父親みたいな悩みで、非常に不本意だ。

思わず苦笑いが漏れた俺を見て安心したのか、鈴木が嬉しそうに笑った。
これを見てしまえば、だめ押しだ。
もう怒れるはずもない。

帰ろうと口にしようとした時、俺の後ろから少し強めの風が吹いた。

『いたっ』

鈴木は正面からまとも風を受けてしまい、どうやら左目にゴミが入って開けられなくなってしまったようだった。
擦って取ろうとするが、眼球に傷がつきでもしたら大変だ。

「あぁぁ擦るな。来る途中に公園があったよな。水道で目を洗おう。…少し、我慢してくれ。」

先ほどは勢いで取った手を、今度は少し緊張しながら改めて繋ぐ。
ゆっくり歩を進めていると、手を引かれて歩く鈴木が後ろで何か言ったように聞こえた。
少し早かったのかと焦った俺が立ち止まって振り向くと、どうやら笑っているようだ。

『ふふっ。』
「?どうした?」
『澤村先輩の手、すごく安心します。両目瞑って歩いても大丈夫そうですもん。ホラ。』

そう言って目を瞑り、ほほえみながら俺の方に顔を上げる。
この、体制は…!

「〜〜〜!!!」
『?先輩?』

(なんでこの子はまたこういう事を〜〜っ!)

目を瞑ったまま見上げた首を傾げる鈴木に、俺はもはや声が出ない。
このまま顔を近づけたら−。

(頼むから、何もわかっていなければ安全だと思わないでくれ!)

昼間で、外で、部活中で、しかも遠征先で、鈴木が何もわかっていない事を充分理解しているが、それでもヤバい!

「…ちょっと、待ってくれ…。」
『??』

3回、大きく深呼吸を繰り返す。

(落ち着け、落ち着け…!俺!)

自己暗示にかけるように言い聞かせ、落ち着かせる。
最後に息を吐き出した後、握った手にグッと軽く力を込めた。

「…鈴木、もう休憩も終わる頃だから目ぇ洗ったら急いで戻るぞ。」
『わっ!大変です!わかりました!』

…成功だ。よくやった俺。

少し急ぎ足で公園に向かい、目を洗う鈴木を見ながら一息つく。


『澤村先輩、お待たせしました。…なんだか疲れてますか…?』
「ははっ。大丈夫だよ。」

ある意味、練習やペナルティよりも精神力は鍛えられた気がする。
まぁ可愛かっただけに嬉しいと紙一重でもあるんだが…。

『あっ!じゃあ後でマッサージしますね、私!結構得意なんですよ。』
「…。」

鈴木に…マッサージ…。天国で地獄な展開が容易に想像できる。

「いや、本当に大丈夫だから…!」

もう、勘弁してくれ…!!


リクエストありがとうございました!
(…これは小悪魔…なんでしょうか…?力量不足でスミマセン!)


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