●●●道宮結の物語
(あーぁ、やっちゃった〜!)
休み時間に友達と遊んでたら、ちょっとよろけて膝をすりむいちゃった。
血は滲んでいるけどあんまり痛くはないから放っておこうかと思ってたら、友人が泣きそうになってたので慌てて保健室に行くことにした。
「遊んでて怪我とか男かよ!さすが道宮〜!」
「うるさいなぁもう!」
腹立つクラスの男子に、私は拳を振り上げる。
なんでいちいち男らしいとか女じゃないとか言われなきゃいけないのかなぁ。
まぁ確かに自分でも嫌になるくらい女子力ってものを持ち合わせてはいないんだけど。
昼休みは長そうで短い。
保健室に向かう近道の渡り廊下で、前方から澤村が歩いてくるのが見えた。
(あ!澤村だっ。)
近道してよかった!ラッキー。
ササっと手櫛で短い髪を撫でて整え、膝の痛みも忘れて手を振って駆け寄ろうとする。
『澤村先輩!ちょうどよかったです。』
「鈴木?おーどうした?」
(あ…。)
私はあげかけた手を慌てて下げた。
澤村の後ろから彼に走り寄る、可愛らしい1年生。
確か…鈴木跳子さん。
3年生の間でも噂になるくらいの彼女が男子バレー部のマネージャーになったと聞いた時、漠然とした不安を感じたのをすごい覚えてる。
その二人が並んでいるのを、こんなに近くで目の当たりにしたのは初めてだった。
(澤村、あんな顔、するんだ…。)
澤村は基本的にみんなに優しい。中学の時からずっとそうだった。
でも今の澤村は明らかに他とは違う、愛おしむような目で彼女を見ている。
私は胸が痛くなって、思わず制服を掴む。痛くて苦しい。
その場で立ちすくんでいたら、二人がこちらに気づいた。
保健室なんて行かずに引き返そうと思ったのと同時で、逃げることもできなくなってしまった。
「おー!道宮。」
澤村が笑顔で手を振りながらこちらに歩いてくる。
彼の後ろからペコリと会釈をしながらついてくる、鈴木さんも一緒だ。
私は痛みを隠すように満面の笑顔を作る。
「どうしたんだ?こんなところで。」
「なはー。遊んでたら膝やっちゃってさ〜。」
『あっ血が出てますよ!?』
「お前なぁ…。笑いごとじゃないだろ…。」
『あのっよかったらコレ、使ってください。』
鈴木さんが、持っていたポーチから絆創膏を1枚取って差し出してくれた。
可愛らしい絵柄じゃなくて実用的な絆創膏。
それがまた逆に彼女の魅力なんだと、何となく見せつけられた気がした。
『あ。でも保健室行かれるならいらないですかね?でもよければ予備としてでも…。』
「…ううん、ありがとう。スゴイね。私絆創膏どころかポーチなんて持ってないや〜。澤村、ナイスな彼女見つけたね〜〜!」
「なっ!おまっ、バカな事を言うな!」
赤くなりながらしどろもどろにマネージャーだと説明する澤村を見て、胸の痛みが頭にまで響く。
絆創膏を受け取る手が少し震えてしまった気がする。
(ヤバイ。なんで墓穴掘っちゃったんだろ…)
笑っていられなくなっちゃう。逃げなきゃ。
「−あ、りがとう。本当に。じゃあ私行くね〜!」
引き返すようにその場から逃げる。
保健室なんてもう行かなくていい。
かといって手の中にある絆創膏を使ったら、膝よりも胸の痛みがより悪化してしまいそうだ。
私は教室にも向かわず、人気の少ない特別教室棟へ走った。
(いい子、だった。すごく。)
それはわかってる。すごくよくわかった。でも…!
「−道宮!!」
後ろから、澤村の声がした。
(私を追いかけてきたの−?)
酷い顔はしているかもしれないが、まだかろうじて涙は出ていないはずだ。
私は立ち止まってゆっくりと振り向いた。
それなりに全速力で走ったのに、澤村は息も乱れていなかった。
こんな時にも頭の隅っこでかっこいいななんて思ってしまう。
「なんか様子がおかしかったから気になって…。何かあったのか?同じ主将のよしみだろ。俺でよければ力になるぞ。」
言葉にならない私を見てか「いや、無理にとは言わないが…」と焦りだす澤村の姿に、変わらないな、と思わず少し笑いがこぼれた。
私が好きになった、優しくて厳しい澤村だ。
(告白しようか…今ここで。)
何度も考えてその都度やめてきた選択。
中学から一緒で、それなりに仲は良かった方だと思っている。
それでも、バレンタインも誕生日も、今まで何一つ渡せなかった。
(告白−、したらきっと澤村は…困るんだろうな。)
−"できない"−
結局また同じ結論にたどりついてしまう。
『なはは〜。まーたそーやって甘やかす〜』
「…道宮。」
笑ってごまかそうとした私を、真剣な目で見る澤村。
優しくしないで。
そういう気持ちがないなら優しくなんてしないでほしいと思う。
でも、優しくして。
それでも好きだから、優しいあなたとまだ普通に話せる距離で居たいと願う。
相反する気持ちを抱えて、それでも共にいたいとひそかに想うのを許してください。
せめて澤村があの子のものになってしまうまでは。
「…澤村はさ、好きな子がいるのに他の子に告白されたら…どう思う?」
「うっ…そっち系の話か…!…まぁでも、気持ちには応えられないとしても自分のことを想ってくれたんなら、やっぱりそりゃ嬉しいだろ。」
「ふーん、そっか。…それならいい、やっ!!」
「ウッ!!」
バカやろーという気持ちと、それと同じくらい密かな愛も込めて、私は澤村のお腹にパンチを決める。
困らせても、それでも嬉しいって思ってくれるなら。
もう少し勇気をもてる日がきたら、ぶつけてみせるから。
(そのかわり、その日1日くらい私のことを考えてよね!!)
やれやれというようにお腹をさする澤村に、べーっと舌を出してから私はまた走り出した。
リクエストありがとうございました!
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