長編、企画 | ナノ

遊び場のガキ大将たち



代表決定戦前の最後の東京遠征での練習を終え、それぞれが片づけに入る。
風が体育館に吹き込むと、動いて熱くなった身体を冷やそうと掻いたはずの汗が途端に冷える。
くしゃみをした日向に研磨が呆れるように窘めるが、日向は試合の事しか考えていないようだ。

「…最近、思うよ…。」
「何を??」
「翔陽は面白いから、翔陽達と練習じゃない試合やってみたいかもって。…負けたら−即ゲームオーバーの試合。」

驚く日向に対して、そう言って笑った研磨の目が珍しく好戦的に光った。
肌が粟立つ感覚を感じながら、日向も笑って答える。

「…やろう。"もう一回"が無い試合。」

色々なところで勝利の再会を誓い合う各校の部員たちの声が聞こえる。
月島も木兎に無理矢理勝利の約束をさせられる。
ウシワカへの対抗心という随分と自分勝手な理由ではあったが、それでも彼は月島との戦いを望んでいるのだ。

(簡単に言う…)

月島がその背中に迷惑そうにため息をつくが、無理だと鼻で笑うことはもうしなかった。


跳子が最後のドリンクボトルをしまい終え、武田にその報告を終えた。
戻る途中に通りかかった体育館から、聞き覚えのある声が二つ聞こえてきた。

「−"ゴミ捨て場の決戦"−」
「…俺達にはラストチャンスだ。」

黒尾と、澤村の声だ。
その台詞にキュッと胸が引き締まる思いに駆られ、出にくくなってしまった跳子は扉の影に隠れる。

「−東京体育館で会うぞ。」
「−おう。」

それはネコとカラスの間で幾度となく交わされた約束。
そしてその度に叶わなかった切なる願い。
虫の音が響く中、跳子は胸の痛みを抑えてキレイな月を見上げる。

(−今回こそ、叶えるんだ。皆で。)

月明かりに照らされた跳子の影が、体育館の入り口に伸びている事に澤村と黒尾が気付く。
顔を見合わせて小さくニヤリと笑った。

「−と、いうわけだ。鈴木も頼んだぞ。」
『っ!!あ、ひゃいッ!ごっ、ごめんなさい。』
「跳子ちゃんが謝る必要なんて全然ねぇよ。」
「そうだぞ。お前だって一緒に行くんだ。じゃないと意味ないだろ。」
『!…ハイッ!ありがとうございます。』

笑いかけてくれる二人の主将の優しい目に、跳子がお礼を返す。

「っつかお前ら勝つのに跳子ちゃんの力だって大きいだろ。」
「まぁその通りだな。」
『いや、そんなことはないですけど…頑張ります!』
「音駒のマネージャーでもあるしな。…全国での応援頼んだぜ?」

ニヤニヤする黒尾の言葉に、跳子が"もちろん"と言いながらにっこりと笑う。

『烏野に当たるまでは全力で応援しますよ。』
「…だよなー。あーぁ。」

ちぇっと子供のように口を尖らせた黒尾に、澤村が大きな声で笑い出した。


−来る10月25日。仙台市体育館。

入り口で一度足を止めた烏野メンバーが大きく息を吸い込んだ。
静かな闘志を燃やすように、体育館を見つめる。
すると日向が、気合いを爆発させるように突然走り出した。

「うおおおお!!」
「!フライングすんじゃねーボケェー!」

次いで追いかける影山を見て、皆がいつものように冷静さを取り戻す。
止めたり追いかけたりする気は最早ない。

「ギャッ」
「「「?」」」

しかし今回は日向が向かって行った入り口で、他校の誰かとぶつかりそうになったようだ。
慌てて止まった日向の声に振り向いたのは、見覚えのある刈上げ頭だった。

「あれっ。−ってことは−、」

条善寺高校の照島が日向に気付き、すぐさまパっと顔をあげて日向をグイと横にどかした。

「メガネちゃーん!跳子ちゃーん!今日こそ番号教えてねーっ。」

ブンブンと満面の笑みで清水と跳子に手を振るその見知らぬチャラ男の姿に、田中と西谷がカッと燃え上がる。
見事なスタートダッシュを決めて走り出した二人に、同じく一瞬イラっとしてた澤村は止めるのが遅れてしまった。

「あっコラッ!!」

しかし照島をどけて条善寺の美人マネージャーの三咲が二人の前に飛び出す。
必死に謝るその姿に、田中と西谷が空中でピタリと固まった。

…車は急には止まれなくても、田中と西谷は可愛い女の子の前には止まれるらしい。


今日は烏野の試合はAコートでの第3試合だ。
次にトーナメントで当たる扇商vs和久南はBコートでの第4試合となっている。
とりあえず跳子は1回戦はAコートの白鳥沢を観ることにした。
今日は全校1回戦のみなので、Bコート第1試合の青城戦が終わって女の子たちが減ったらBコート側の観覧席に移ろうと思う。

久しぶりに見る公式WUでの幼馴染の姿に、跳子は少し微笑む。

(若くん…調子よさそうだな。といってもあまり悪かったのは見た事ないけど。)

何かを感じたのか、牛島がバッと顔をあげて跳子の方を見た。
驚きながらも跳子が少しだけ手をあげると、牛島がコクリと一つ頷いた。
その後パッと見にはわからない普段との牛島の違いに、白鳥沢の部員たちだけが感じ取って疑問に思う。

(主将…なんだか機嫌いいな。何かあったのか?)

それもあってか終始ペースを乱すことなく、白鳥沢が新井川との初戦を制した。


強豪たちがちゃくちゃくと駒を進める中、始まったAコート第3試合。

烏野vs条善寺は試合開始早々ギャラリーがざわめく。
双方ともに高い運動能力から、色々と仕出かしてくるヤツらが多い。

「…どっちが最後まで遊び倒せるか、勝負だ。」

遊び場のガキ大将どもがペロリと舌を嘗めずるのを見ながら、条善寺のモットーを借りて、烏養が口にした。


そんな条善寺との対戦が始まる頃に、試合展開が早かったBコートの扇商vs和久南の公式WUが始まろうとしていた。
遠目に烏野の応援を心でしながら、跳子は観るべき目の前のコートを見据える。
注視すべきは、やはり烏養的今年の4強にも位置付けられている和久谷南だ。
事前情報通りさほど高さはない。

跳子がノートにペンを走らせ始めた時、ギャラリーの前方で大きな声が響いた。

「フレェーフレェー、たァーけェーるゥー!」

驚いて見ていたら、コートに居た一人の選手がガッツポーズでその応援に返す。

(これが噂の、"家族応援団"!ってことはこのご両親以外は全部この人の兄弟?…ふむ。つまり統率力はまず侮れなそう…。)

微笑ましく思いながらも、その頼もしく笑う和久南の主将・中島に、跳子が目を光らせた。


彼らは試合を"アソビ"と言うが、見た目には戯れているとはほど遠い。
ただ試合を楽しんでいることはわかる。
烏野を支える澤村を見て、そしてマネージャーの三咲の叱責を受けた事で、その遊び場の土台を彼らの先輩が作ったということを理解し考えるようになった時、目に見える物が変わってきた。

烏野のマッチポイントに対して条善寺がしかけてきたのは、…先ほどぶっつけ本番で失敗したばかりのシンクロ攻撃だ。

そのボールがアウトラインを超えて、烏野vs条善寺の試合が終了した。

「…らしいラストだ。」

呟く条善寺の監督の目の前で、真の楽しさを覚えた条善寺の選手の目が爛々と光る。
今はただずっと試合をしていたかった。


試合を終えて体育館から出てきた烏野を、伊達工の青根が待っていた。
何も言わずにただ日向を見つめる姿に、日向が戸惑う。

「…明日、お前を止める。」

一言静かにそう呟くと、ザッと背中を向けた。
伊達工業は明日、青城戦を控えているはずだ。

「絶対躱します!!」
「!」

日向の言葉に首だけ振り向いた青根が、何も言わずにそのまま立ち去って行く。
再戦の言葉は、つまり互いの二回戦突破のための応援の言葉だ。

興奮冷めやらぬ様子で意味をなさない言葉を叫ぶ日向を、影山が「うるせぇ!!」とたしなめた時、体育館から試合終了のホイッスルが響く。
この試合の勝者が明日の相手だ。皆それぞれの目で勝者を確認する。

笑っている勝者は−、和久谷南だ。


学校に戻って体育館で今日のミーティングを行う前に、いつも通り鳥養に報告をする。

『−とにかく、熟練度の高い隙がないチームでした。特に主将の中島さんは、技術が細かく正確です。』
「やっぱウチとの相性は悪そうだな。」
『そうですね…。ただ彼は周囲を広く見る目はあっても、日向くんのように瞬時に見えるというのとは違うと思います。』
「ふむ…。」

頭をぼりぼりと掻きながら烏養が武田に声をかけて選手を集める。
明日は勝てば2連戦という厳しいスケジュールだ。


「−よし。−必ず、明日も生き残る。」

澤村の言葉が、部員全員に静かに沁みていく。
全員で組んだ円陣。心は一つだ。

「烏野ファイ!」
「「「オース!!!」」」

体育館に声が響き渡った。




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