長編、企画 | ナノ

未完成のおまじない



大会2日目。勝ち残った8校がぞくぞくと集まってくる。

会場についた烏野も緊張した面持ちでそれぞれ身体をほぐしていると、跳子が影からちょいちょいと澤村を手招きする。
澤村が疑問に思いながらもそちらへ向かうと、人気の少ない階段脇へ誘導された。

「…?どうした鈴木。」
『あのっ、昨日もどうしようか迷ってたんですけど、やっぱり一応やっておきたくて。…友達に聞いたんです。勝利のおまじない。』
「おまじない?」

少し恥ずかしそうにする跳子の言葉に、澤村が小さく笑った。

「そんなのあるのか。じゃあ頼むよ。」
『私なんかで効果があるかわからないけど…気持ちはすごいこもってますから。…あの、もし嫌でもできたら我慢してくださいね。』

そう言って跳子が澤村の手をそっと取り、その両方の掌を順番に指でなぞる。
どうやらそれぞれに勝利と書いているようだ。

("勝利"を手に、ね。なるほど。)

くすぐったさに少し笑っていた澤村が、次の瞬間驚きで目を見開く。
書き終わったその掌に、跳子が真っ赤になりながらそっとキスをしたからだ。

声も出す間もないまますぐに離れた唇を思わず目で追う。
まだ柔らかい感触が残る澤村の拳を握らせて、跳子が祈るようにさらに自身の小さい手で包み込んだ。
跳子と同じくらい赤くなった澤村が、今度は跳子のつむじを見つめる。

『…絶対に、勝てます。』
「鈴木…。サンキュ。」
『あの、あと、最後に…、』
「澤村ー?って、おわっ。」
「えっ!?」『キャッ!』

握りしめた手をそのままに跳子が顔を上げた時、澤村を呼びに来た烏養がその現場に遭遇する。
「邪魔して悪いな」と慌てて引き返そうとする烏養を二人が必死で追いかけながら引き止め、そのまま烏養の横に並んで戻って行くことになった。
澤村の後ろについていきながら、跳子はその背中を見上げる。

(…最後に拳の外側からもキスすればケガからも守れるって言われてたんだけど、途中で終わっちゃった。…まぁけど大丈夫だよね?)

そう思いながら、跳子が熱くなった頬を掌で冷やそうとするが、先程まで握っていた澤村のぬくもりが残っていて効果はあまりなかった。


烏野が勝利した場合、次に当たるのは青城vs伊達工の試合の勝者だ。
烏野の試合の方が先に始まるが、跳子はそれを観ることなくもう一つのコートのギャラリーに居る事にした。
青城vs伊達工戦の前に行われるもう一つの準々決勝である白鳥沢vs白水館の試合も見ておくべきだと思ったのと、次の好カードの試合にギャラリーが増えると想定したからだ。

跳子が目の前の試合のT.O.の合間に遠目に奥のコートに目をやれば、ちょうど烏野と和久谷南の試合がスタートするのが見えた。
例の家族応援団(一人増えてる!)の声も響き渡る。


コートに並ぶ選手たちを見た鳥養がすぅっと息を吸い込んで武田に話しかけた。

「…気合い入れるぜ先生…」
「え?」
「…単なる俺の感覚の話だけど−この和久南てチーム−多分うちと相性悪いから。」

驚いた顔をした武田を余所に試合開始のホイッスルが鳴る。

和久南のサーブから、まずは先手必勝とばかりに影山と日向の変人速攻が決まり、先制点を入れる。
ギャラリー達が驚くも、和久南の選手たちにその様子が見えず落ち着いている。

日向が何かモヤっとした物を感じ押し黙るが、隣で澤村が声をかける。

「日向、お前強豪校に警戒されてんじゃないか〜?」
「!!」
「きっとお前の研究とかしてるんだぞ。」

(強豪に研究される…おれ。)

その言葉に日向の自尊心がくすぐられたのを見て、お次はもう一人とばかりに澤村が言葉を続けた。

「いやー俺達霞むなァー。」

その言葉にピクリとプライドをゆさぶられたのは田中だ。
そんな二人が和久南に負けじとネット越しにヤル気に満ち溢れたのを見て、鳥養と武田が思う。

((…さすが主将。選手のヤル気のツボを心得ている。))

そんな武田の視線の先で、澤村が掌をジッと確認してから握りしめるのが見えた。

「…あれ?澤村くん、なんだか手を見て気合いいれましたね。珍しくないですか?」
「…あぁ。ちょっとさっきな…」

鳥養の話を聞き、武田が再び思う。

(…さすが鈴木さん。無意識で主将のスイッチを操作しまくっている。)

誰も皆気合いは十分だ。気負ってる感じもない。
何はともあれ、まだ試合は始まったばかりだ。


1点差のじりじりとした攻防が続く中、川渡のバックアタックを月島のブロックが止める。
この試合初めての2点差だ。
この勢いに乗ろうと澤村が声をあげるが、中島も負けじと皆を引き締める。

次の流れが大事なのはどちらも重々わかっていた。
長いラリーを制そうと、中島がまたブロックのはじにあててブロックアウトをとろうとした。

(またブロックアウト…!)

させるかと田中・西谷・澤村が追い、澤村が片手ぎりぎりで拾う。
それを滑り込んで西谷が返した直後−

ドガ ガッ

その目の前で衝撃音が響いた。

ボールはネットに当たり、静かに和久南のコートにかろうじて落ちる。

流れを引き寄せる、長いラリーからの烏野の得点。
しかし歓声が響き渡ることはなかった。

皆の目が烏野のコートに集まる。

「大地さん…?」

田中の呼びかけが小さくコートに落ちる。


−そこには、烏野の主将・澤村大地が倒れ込む姿があった。


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