長編、企画 | ナノ

厄日



『先輩のクラスは何をやられるんですか?』
「うちのクラスは甘味処とか言ってたな。」
『わっ!いいですね!』
「まぁでも鈴木と違って料理もできないし、すっかり役立たずだよ。俺もスガも当日だけ接客して終わりらしい。」

そんな風に澤村が跳子に笑って答えていたのはつい昨日の帰りの話で。
しかし状況はそんな簡単な話ではなかったのだ。

お昼をすませた澤村と菅原が食堂から教室に戻ったところに、クラス委員長が文化祭実行委員を引き連れてやってきた。
そしてサラリと甘味処の接客について説明をする。

それによると当日は、和服着用で希望者(別料金)にはポーズつきで写真撮影有。
さらに菅原に至っては女形と判明したのだ。

「…というわけで、今日サイズの採寸だけさせてね。モノはこっちで選んでおくから。」
「ちょっと待て委員長!そんなの聞いてないぞ?!」
「しかも女形って何!?なんで俺女装なの!?」
「だから今言ってるんじゃない!何のための甘味処だと思ってるのよ!和服萌えよ!!」

目をカッと見開いて力の限り言い切る委員長に少し二人がたじろぐ。
それに気付いたのか気を取り直すようにコホンッと一つ咳払いをし、委員長は優しげに言葉を続けた。

「中井さんのおうちが服のレンタルとかやってて格安で貸してくれるのよ。二人が部活頑張ってるの、よぉくわかってるし応援してるわ。でも準備にあんまり参加できないのを皆でフォローするんだから、それくらいできるわよね?」

ニッコリをほほ笑むその姿に二人が思わずゴクリと息を飲む。
黒属性、ここにも降臨。

「いや、それは確かに悪いと思ってるが…。」
「だとしても女装はないべ!俺の質問はスルーかよ!?」
「…〜そんなの似合いそうだからよ!…菅原、やるからにはなりきってよね。あと澤村は筋肉のチラリズム需要担当だから。出し惜しみしないでよね。」
「はっ!?なんだ筋肉って。」
「リクエスト次第じゃ肌見せありでしょ。」
「はぁ!!?」
「…女装…なんで女子がいるのに俺が…」

できるかできないか、じゃない。これは強制だ。
取り繕うことをやめた委員長の目が、そう語っている。
それでも二人が事態を飲みこめずに唖然としていると、今まで黙っていた文化祭実行委員が申し訳なさそうにそっと近づき耳打ちした。

「…言う事聞いておいた方がいいぞ。バスケ部のヤツらなんて反抗したら、自由時間も宣伝のために着物着用したまま看板サンドイッチってことになってたからな。」

それによりしぶしぶと頷いた二人を見て、フンッと鼻を鳴らし委員長とそのお伴が立ち去る。
澤村は菅原と共にどんよりと影を背負い、頭を抱えた。
他にも部活があって準備に参加できない連中がいるはずだが、あの委員長に逆らう猛者は今やいないだろう。

澤村がため息をつきながら独り言のように口を開いた。
向かいに座る菅原の表情は見えない。

「…参ったな、スガ。まさかこんな事になるとは…」
「…大地なんてまだマシだべ…。俺なんて…女装…どこにそんな需要があるんだよ…。」
「オ、オイ、スガ…?」
「…なんで俺が…!誰得だよ!?ちくしょう大地のアホ〜!!」
「俺かよ!?」

菅原、ご乱心。
思わぬ方向から回ってきた矛先に、澤村は必死に宥める他に方法はなかった。



その日の部活と自主練を終え、跳子が着替えていつも澤村がいる部室の方に向かっていると、lineの呼び出し音が鳴った。
見ると澤村からで、"ちょっと待っててくれ"と書かれている。
顔をあげてみれば、体育館にまだ灯りがついているのがわかった。

そっと覗いてみると、澤村がまだ部活着のままモップを手にしていた。
どうやら携帯だけ部室から誰かに持ってきてもらったようだ。

「あ、悪い!鈴木!実は最後の最後にスポドリぶちまけちゃって…。」
『そうなんですね。私は全然大丈夫ですよ。あ、私じゃあ雑巾持ってきます。』

澤村と一緒に手を動かしながら、ふと跳子は聞こうと思っていたことを思い出した。

『文化祭、楽しみですね!先輩たちの甘味処も行きたいので、担当時間教えてくだ…』
「〜っダメだ!絶対来るな!」
『え…、何でですか…?』

想定外の強い拒絶に跳子が驚く。
理由を聞いてもそれには答えてくれず、澤村はダメだの一点張りだった。
それでも跳子は絶対に行きたいと思う。

(先輩と一緒の文化祭は、これが最初で最後なのに…。)

悲しそうに顔を歪ませた跳子が、珍しく折れずに話に食らいつく。
そして話は勢いで変な方向に進んでいってしまった。

『…理由もわからないんじゃ、私も納得できません!』
「いや…とにかくだな、俺が鈴木のクラスに見に行くから…!」
『そういう話じゃないです!それに、来てくださっても、私調理室ですもん…!』
「うっ…!」

返す言葉を失った澤村が、返事に詰まる。

(少しでも一緒の文化祭を楽しみたいだけなのに…。なんでダメなの…!?)

跳子は泣きそうになるのを必死に堪える。

『…もういいです。じゃあ私も裏方やめます。接客、やりますから!』
「なっ…」
『今日は送っていただかなくて結構です!!お先に失礼します!』
「オイ!鈴木…!」

澤村が咄嗟に右手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。
一人残った体育館で澤村が行き場のなくした手をモップの柄に戻し、その上に額をのっけた。

「…なんでこんなことになるんだ…!」

短い髪をガシガシとかきむしった頭に、ふと今朝のニュースの合間に流れていた占いの声が甦る。

【残念!今日最下位なのは…やぎ座のあなた!今日は正に厄日!ショッキングなニュースが飛び込んできそう…!大切な人との喧嘩にも注意だよ!】


…普段あまり気にすることなく見流しているが、明日からもう少し気にかけてみようと、澤村は苛立つ思考の隅でそう思った。


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