長編、企画 | ナノ

いつもと違う帰り道



体育館から飛び出して走る跳子の後ろ姿を見つけ、山口と一緒に部室棟から降りてきたばかりの月島が声をかけた。

「鈴木?ちょっと待ちなよ。今日は一人なの?」
『あ、月島くん。山口くんも。…うん。一人で帰る。』
「さすがにこんな暗いのに、いくら鈴木でも危ないでしょ。」

そして一言隣にいる山口に声をかけたかと思うと、そのまま自然と横に並ぶ。
そんな月島の憎まれ口に跳子はなぜかホッとした。

『…"いくら私でも"ってどういうことかな。』
「そのまんまの意味でしょ?ほら、帰るよ。」

クイッと行く方向を首で示す。
なんだかんだで優しい月島に、跳子が「ありがとう」と一言呟く。

「…で?一体どうしたの?一人で帰るなんて。」
『うん…。ちょっと澤村先輩に我儘言っちゃって…。』
「ふーん…いいんじゃないの、言ったって。普段言わなすぎなくらいなんだし。」
『私、それなのに勝手に怒って飛び出してきて…。あぁもうなんて謝ったらいいんだろう…!』

少し泣きそうな跳子を見て、月島が小さくため息をつく。

「…それって鈴木が絶対的に悪いの?怒ったのには理由があるんでしょ?その事態が解決してないのに謝る方が変。」
『そっか…そうだよね。確かにその方が失礼かも。…なんか月島くんらしい考えだね。』

弱々しくも笑みが自然とこぼれる。
それを見て今度は月島が少しだけ安心する。

「…そういえば、兄ちゃ…兄貴が鈴木にお礼言っといてって。」
『…?あっ!スポーツグラスの?でも私何もしてないよ。』
「お店教えたんでしょ。」
『それだけなんだけど…でも、どういたしまして。』

そう言いながら跳子がクスクスと笑う。

「…なに?」
『だってお礼を伝えるだけなのに、月島くん恥ずかしそうなんだもん。』

図星をつかれた月島が、ばつが悪そうに顔を背ける。

『でもお兄さん、さすがわかってるって感じだよね。ホントにすごい似合ってたし、月島くんかっこよかったよー。』
「…それはどーも。」

笑顔で恥ずかしげもなくそんな言葉を口にする跳子に、月島は耳が熱くなるのを感じる。
それを悟られないようぶっきらぼうに答えた。


『そういえばさ。できたら私、文化祭接客しようかなって思って。』
「…。」

澤村の言葉によって跳子が裏方にまわったということは、月島にも聞こえていた。
言われた相手は気に食わずとも、月島としてもそれは歓迎すべきことだったので黙っていたのだ。
この学校内だけでも手に負えないというのに、他校の連中の目に晒すのはゴメンだ。

「…でももう係も決まったし、今さら変更なんて迷惑でしょ。」

月島の言葉にコクリと首を縦に動かし、そうだよねぇと跳子が苦笑いを浮かべた。

隣を歩く、背の高い月島を見上げる。
いつもと同じ帰り道なのに、いつもと違う帰り道。

跳子はまた澤村との喧嘩の事を思い出しそうになり、慌てて頭を振って月島に話しかけた。

『…文化祭も楽しみだけど。春高もきっとあっという間だよね。頑張ってね。』
「…まぁ出来る限りはね。王様やちっちゃいのみたいに"勝てる"なんて簡単に思わないけど。」

月島の答えに跳子は少し驚く。
相変わらずひねた言い方ではあったが、前よりもずっと前向きな含みを感じて、フッと目を細めた。

『…私、烏野に来てよかったな。』
「は?急に何?」

跳子の突然の言葉の意味がわからず、月島は怪訝な顔で跳子を見る。
それに気づいた跳子が楽しそうに続けた。

『面白いなーって。あの二人みたいに他に目もくれずに突っ走れるのもスゴイと思うし、でも月島くんみたいに冷静な目だって必要だし。そしてその間を取り持つ山口くん。それでも互いに影響しあってるんだなぁって。…そう思えばいいバランスだと思わない?』
「…思わない。」

不愉快をその眉間でも表した月島に、「言うと思った」と跳子がもう一度笑う。

その後間もなく家に到着し、跳子が月島に丁寧にお礼を言って門の中に入っていく。
それを門の外で黙って見ていた月島に、少し考えてから跳子が呼び掛けた。

『…これだけ頑張ってるんだもん。勝ってももうマグレでも偶然でもないよ。だから、やれるところまでやってみたら何か見えてくるんじゃないかな?』

門灯の下でキレイに微笑んだ跳子の言葉に、月島は息を飲んだまま何も返せない。

じゃあね、と手を降って玄関に消えていく後ろ姿になぜだか少し月島は胸の痛みを覚えた。





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